第二十二話:届け、星の言霊! 奇跡か偶然か、式神(仮)覚醒!?
迷子の猫探しの一件(結果的には成功?)以来、安倍晴明率いる「星詠み探偵団(仮)」の活動は、ますます熱を帯びていた。彼らは、都の小さな揉め事や探し物などに首を突っ込んでは、晴明の提唱する「宇宙霊的秘儀(謎理論)」を駆使し、時に成功し(大抵は偶然の産物)、時に盛大に空振りするという、微笑ましくも傍から見れば珍妙な日々を送っていた。
そんな彼らが、次なる「難事件」として挑んだのは、「夜な夜な蔵の米俵を齧る、巨大な鼠の退治」だった。
依頼主は、都で米問屋を営む初老の主人。蔵には屈強な番人も置いているのだが、どういうわけか毎晩のように米俵が荒らされ、しかもその鼠は一向に捕まらないという。
「これは、ただの鼠ではありますまい。あるいは、古狸か何かが化けているやもしれませぬ……。どうか、晴明様のお力で……」
主人は、藁にもすがる思いで、最近噂の「不思議な術を使う若様」に助けを求めてきたのだ。
「ふむ、巨大な鼠……。そして、人の目を欺く巧妙な手口。これは、まさしく『妖鼠』の仕業に相違あるまい!」
晴明は、いつものように真剣な表情で断言した。その瞳には、未知なる敵との対決を前にした、武者震いのような興奮が宿っている。
(……まあ、普通に頭の良い大きなドブネズミの可能性も高いけどな)
賀茂光栄は、またしても心の中で的確なツッコミを入れたが、もはやそれを口に出すことすら諦めていた。
晴明の作戦は、こうだった。
まず、蔵の周囲に「対妖鼠結界(という名の、猫が好みそうな匂いを染み込ませた縄と、キラキラ光る貝殻を吊るしたもの)」を張り巡らせ、妖鼠の逃げ道を塞ぐ。
そして、蔵の中央には、晴明が丹精込めて作り上げた「霊的捕獲装置(ただの大きな粘着シートに、晴明が考案した『妖鼠を惹きつける呪文』を書いた紙を貼り付けたもの)」を設置。
最後に、晴明自身が、蔵の入り口で「星の言霊」を唱え、妖鼠を誘き出し、捕獲するという壮大な計画だ。
「……そして、今回の作戦の要となるのが、我が新たなる力……『式神召喚の儀』である!」
晴明は、仲間たちを前に、自信満々に宣言した。
彼が取り出したのは、以前から作り続けていた、鳥の羽根と木の枝で作った、少し不格好な鳥の人形だった。しかし、以前と違うのは、その人形の目には、どこかで見つけてきたという小さな瑠璃色の玉が嵌め込まれ、翼には、晴明が「霊力を込めた」という墨で、複雑な文様(もちろん彼が考案したもの)が描かれていることだった。
「この人形に、我が霊力と星の言霊を注ぎ込むことで、一時的に生命を宿し、我らが意のままに動く『式神・天翔丸』(今、命名したらしい)となるのだ! 天翔丸よ、妖鼠の動きを空から監視し、我に伝えよ!」
晴明は、人形を高々と掲げ、大真面目に呪文を唱え始めた。その姿は、傍から見れば、ただの子供が人形遊びに興じているようにしか見えない。
仲間たちは、固唾を飲んで見守っているが、光栄だけは(……いや、それ、どう見てもただの人形だろ。風が吹いたら落ちるぞ)と、冷静に観察していた。
その夜。
蔵の周囲には、晴明の指示通り「対妖鼠結界」が張られ、蔵の中には「霊的捕獲装置」が設置された。そして、晴明は蔵の入り口で、例の鳥の人形「天翔丸」を手に、精神を集中させていた。
「……来たれ、星の息吹よ! 我が声に応え、形を成せ! 目覚めよ、天翔丸!」
晴明が、声を張り上げ、人形に強く念を込めた、その瞬間。
――ピクリ。
「……え?」
晴明の手にあった鳥の人形が、ほんの僅かに、動いたような気がした。
いや、気のせいではない。人形の頭が、ほんの少しだけ、持ち上がったのだ。そして、瑠璃色の目が、まるで生きているかのように、微かな光を宿した……ように見えた。
「お、おお……! 動いたぞ! 天翔丸が、我が呼びかけに応えた!」
晴明は、興奮のあまり声を震わせた。
仲間たちも「す、すごい! 本当に式神様が……!」「晴明様、さすがです!」と、大騒ぎだ。
光栄だけは、(……いや、今の、ただの風で揺れただけじゃないか? それか、晴明の手が震えたとか……)と、半信半疑だったが、あまりの場の盛り上がりに、何も言えなかった。
晴明は、さらに人形に念を込める。
「行け、天翔丸! 蔵の中の妖鼠を探し出し、我に知らせよ!」
すると、晴明の手からふわりと浮き上がった「天翔丸」は、まるで意思を持ったかのように、ゆっくりと蔵の中へと飛んでいった……ように見えた。
実際には、晴明が隠し持っていた細い糸で巧みに操っていたのだが、暗闇と興奮の中では、誰にもそのトリックは見破れなかった。
そして、数分後。
「天翔丸」が、再び晴明の元へと戻ってきた(もちろん、糸で手繰り寄せた)。そして、晴明は「天翔丸」に耳を澄ませる(ふりをする)。
「……うむ、そうか。妖鼠は、蔵の北東の隅、米俵の陰に潜んでいると……。よし、皆の者、突入だ!」
晴明たちの「突入」の結果、蔵の隅からは、確かに普通のネズミよりは少し大きいものの、特に妖しくはなさそうなネズミが一匹、慌てて飛び出してきた。そして、運良く(?)晴明が設置した「霊的捕獲装置(粘着シート)」に引っかかり、あっけなく捕獲されたのだった。
「やったぞー! 妖鼠退治、成功だ!」
「これも全て、晴明様の『星詠みの秘儀』と、天翔丸様のおかげだ!」
仲間たちは、手を取り合って大喜び。晴明もまた、満足げな表情で頷いていた。
(……まあ、結果的に捕まえられたんだから、良かったんじゃないか? 式神が本当に動いたかどうかは、もはやどうでもいい気がしてきた……)
光栄は、少しだけ疲れた笑みを浮かべた。
この「妖鼠退治」の一件は、晴明にとって、そして彼の仲間たちにとって、大きな自信となった。
特に、晴明は「天翔丸」が自分の呼びかけに応えた(と信じている)ことに、大きな手応えを感じていた。
(やはり、私の理論は間違っていなかった! 星の力と霊的エネルギーを組み合わせれば、無機物にさえ命を吹き込むことができるのだ!)
彼は、さらに深く「式神使役の法」の研究に没頭していくことになる。
そして、この時、晴明が「偶然」と「トリック」と「仲間たちの思い込み」によって生み出した「なんちゃって式神・天翔丸」の伝説は、数年後、都に本物の魑魅魍魎が跋扈し始めた時、思わぬ形で現実のものとなる。
晴明の、純粋で強大な「信じる力」と、彼が独自に編み出した(しかしどこか的を射ている)謎理論が、本当に「何か」を呼び覚まし、物理法則を無視したかのような奇跡を引き起こすことになるのだ。
その時、人々は目の当たりにするだろう。「安倍晴明、恐るべき陰陽師なり!」と。
そして、その陰で、綾は(え、あれ、どういう原理なの!? 私の知ってる科学じゃないんだけど!?)と、一人頭を抱えることになるのかもしれない。