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陰陽前夜(おんみょうぜんや) ~綾と失われた超文明~  作者: 輝夜
第一章:星影の姫、密やかなる胎動

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第三話:秘密の隠れ家、最初の礎


目星をつけた古い書庫は、綾の期待通り、誰からも忘れ去られた場所だった。

父の書庫とは別に、先々代、あるいはそれ以前の当主が集めたであろう古びた巻物や木簡が、無造作に棚に積まれ、埃を被っていた。かび臭い匂いと、湿った土の匂いが混じり合い、陽の光もほとんど差し込まない薄暗い空間。しかし、綾にとっては、これ以上ないほど魅力的な場所だった。


最初の課題は、この場所に自由に出入りする方法を確立することだった。

書庫の扉は古く、かんぬきも錆び付いていたが、それでも三歳の綾の力で簡単に開けられるものではない。しかし、綾の脳裏には、様々な道具の設計図が浮かんでいた。

梃子てこの原理、滑車かっしゃの応用……小さな力でも、効果的に伝える方法はある)


綾はまず、自分の部屋にある小さな玩具や、庭で見つけた木の枝、石ころなどを使い、簡単な仕掛けを試作し始めた。侍女たちの目を盗んで、帳台の陰や押し入れの隅でこっそりと作業を進める。

指先ほどの大きさの木の歯車を組み合わせ、細い紐を通す。それは、記憶の中の技術者が扱っていた精密機械とは比べ物にならないほど原始的なものだったが、その「原理」は同じだった。

試行錯誤を繰り返し、ようやく小さな力を増幅させる簡単な装置を作り上げた時、綾は初めて、この世界で「創造」する喜びを感じた。それは、太古の記憶がもたらす受動的な知識とは違う、能動的な手応えだった。


数日後、綾は侍女に「古い巻物に絵が描いてあると聞きました。見てみたいのです」と、再び無邪気さを装ってねだった。一度「物知りな姫様」という印象を与えていたため、侍女はさほど疑うこともなく、綾を例の古い書庫へと連れて行った。

侍女が扉の閂に手をかけ、ぎしぎしと音を立てて開ける様子を、綾は注意深く観察した。閂の構造、扉の重さ、必要な力。全てを記憶に刻み込む。


侍女が「姫様、あまり長居はなさいませんように」と言い残して書庫を後にすると、綾はすぐに動き出した。

懐から取り出したのは、事前に庭の隅に隠しておいた、小さな木の棒と丈夫なかずらつる。そして、自作の小さな歯車仕掛け。

それらを巧みに組み合わせ、扉の閂と柱の隙間に固定する。計算通り、小さな木の棒を軽く押し下げるだけで、重い閂がゆっくりと持ち上がり、扉が開いた。

(成功……!)

綾は息を殺して周囲の気配を窺った。誰もいない。扉を閉め、今度は内側から同じ仕掛けで閂を下ろす。完璧だった。


これで、誰にも知られずにこの場所へ出入りできるようになった。

綾は、まず書庫の掃除から始めた。もちろん、侍女に気づかれない範囲で、少しずつ。埃を払い、蜘蛛の巣を取り、床を拭く。それは三歳児には重労働だったが、秘密基地を手に入れた喜びが綾を突き動かした。

記憶の中には、空気清浄や温度管理の技術もあったが、今の綾にはそれを再現する術はない。それでも、換気を良くし、湿気を取り除く工夫を凝らすことで、書庫の環境は少しずつ改善されていった。


そして、綾は「人避けの仕掛け」の試作に取り掛かった。

太古の技術には、特定の周波数の音や光、あるいは微弱なエネルギー場を用いて、人間の認知を僅かに歪ませ、特定の場所を「意識させなくする」ものがあった。綾はそれを、この世界の自然現象や素材を利用して再現しようと考えた。

(人の意識は、些細なことで逸れる。気配、音、光の加減……それらを制御できれば)

綾は、書庫の床や壁に、指で目に見えないほどの細かな模様を描き始めた。それは、記憶の中にあるエネルギー回路図を簡略化したものではなく、むしろ、風の流れや光の屈折を計算し、人の視線や意識が自然と逸れるように配置された、巧妙な「目くらまし」に近いものだった。特定の場所に音を反響させやすい素材を置いたり、光が妙な影を作るように物を配置したりと、地道な工夫を重ねた。

最初は何も起こらなかった。しかし、何度も調整を繰り返すうちに、書庫の入口付近に立つと、何となく「入る気が失せる」「特に用は無い」と感じさせるような、不思議な雰囲気が醸し出されるようになった。

(まだ不完全だけど……方向性は間違っていないはず)


この「人避けの仕掛け」は、物理的な侵入を防ぐものではない。しかし、人の心理に働きかけ、無意識の内に「ここには何も無い」「入る必要は無い」と感じさせる効果があった。それは、後の世に「結界」や「人払い」と呼ばれるようになる技術の、ごく原始的な萌芽と言えるものだった。

綾は、それを「朧なる守り」と名付けた。自分の存在を朧にし、周囲の認識を朧にする。今の綾にできる、最大限の防御策だった。


こうして、綾の秘密の隠れ家は、少しずつ形を成していった。

昼間は物静かな姫君として振る舞い、夜や侍女たちの目が届かない僅かな時間に、綾はこの書庫で太古の知識を探求し、それをこの世界で再現するための試行錯誤を繰り返した。

それは、孤独な作業だった。しかし、綾は不思議と寂しさを感じなかった。頭の中には常に、あの優しい声の女性技術者がいて、まるで綾の探求を導いてくれているかのようだった。


ある日、綾が書庫で古い木簡を整理していると、その一つに興味深い記述を見つけた。

「西の大陸より伝わる書によれば、万物には目に見えぬ『精気』が宿り、その調和が世界のことわりを成すという。また、遠き異国には、星の運行を読み、未来を占う術に長けた賢者がいるとも……」

それは、ごく僅かな記述だったが、綾の心を強く捉えた。

(精気……星の運行……もしかしたら、私の知識と繋がるものが、この世界のどこかにもあるのかもしれない)

まだ見ぬ異国の知識や、未知の「理」という言葉が、綾の胸に新たな興味の種を蒔いた。それは、彼女の技術が、やがて訪れるであろう世界の変革の中で、何らかの形で理解され、受け入れられる可能性を示唆していたのかもしれない。


三歳の秋。綾の秘密基地は、着実にその機能を高めつつあった。そして、彼女の探求は、新たな方向へと舵を切り始めようとしていた。

周囲の大人たちは、相変わらず綾の「異常」に気づかない。彼らの目には、綾が時折、古い書物に興味を示し、物思いに耽る姿が、「いかにも藤原の姫君らしい風雅な子供」と映るだけだった。その微笑みの裏で、世界を変えるほどの力が静かに育まれていることなど、誰も想像だにしていなかった。


はいどーもー! 作者の〜かぐや〜でーす!

まずは、この「序章」にお付き合いいただき、本当にありがとうございました! いやー、ついに綾ちゃんの「目覚め」から「秘密基地完成(仮)」までをお届けできました。長かったような、短かったような……って、まだ主人公、本格的に活躍してないじゃん! これからじゃん!

えーっと、まずこの序章を書き終えて思うのは……綾ちゃん、ごめん。君がまだちびっこなのに、頭の中は超文明の知識でパンパンとかいうハードモード設定にしちゃって。おかげで母上の「普通にしなさい」プレッシャーが半端ないよね。うん、でもそのギャップがたまらないんだ、作者的には!(ニヤリ)

あと、屋敷の皆さん、ごめん。綾ちゃんの秘密の書庫とか「朧なる守り」とか、そんなファンタジーな代物がすぐそばにあるのに、誰も気づかない鈍感力、最高です。君たちのその「普通センサー」のおかげで、綾ちゃんはのびのび(こっそり)成長できました。ある意味、感謝!

さてさて、この序章では、我らが主人公・綾ちゃんが、いかにしてそのチートな頭脳と引きこもりスキルを駆使して、快適な秘密の研究ライフを手に入れたか、というお話でした。

「ふぅ、これで誰にも邪魔されず、思う存分、太古のテクノロジーをイジイジできるぞー!」なんて綾ちゃんが思っていたかは定かではありませんが、作者はそう思って書いてました。

でもね、皆さん。平和な時間は、そう長くは続かないのがお約束ってもんですよ……(遠い目)。

この後、綾ちゃんが7歳になる頃、世界はとんでもないことになっちゃいますから! 魑魅魍魎? え、何それ、新しいお菓子? みたいな平和な日常は、もうすぐバイバイです。

さあ、この「序章」でしっかりと準備運動を終えた(はずの)綾ちゃん。

彼女が築き上げた秘密の知識と技術は、これから訪れる大混乱の中で、一体どんな風に花開くのか?

そして、チラッと顔を見せたあの少年は、今後どう絡んでくるのか……こないのか……!?

……なーんて、気になる引きで今回はおしまい!

この序章で「お、この子、なんかやらかしそうだな?」と少しでも思っていただけたら、作者としてはガッツポーズです!

ぜひぜひ、この後の本編で、綾ちゃんの(たぶん)華麗なる(でも秘密の)活躍にご期待ください!

それでは、また本編でお会いできるのを楽しみにしてまーす!

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