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陰陽前夜(おんみょうぜんや) ~綾と失われた超文明~  作者: 輝夜
第二章 綾、星影を纏いし刻とき ~幼き瞳が見据える世界の歪み~

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第九話:秘密基地(地上編)と謎の執事、姫様ビックリ仰天!


「紅椿の君」との奇妙な遊戯を終え、そして父・為時から「アルビオン王国」なる異邦の国の不穏な動きを聞かされた綾は、ここ数日、少しばかり思考が煮詰まっていた。

亜空間シェルターという絶対的な安全地帯はあるものの、地上での「影詠み」としての活動は、やはり様々な制約が伴う。情報収集、道具の準備、そして何よりも、自分の部屋と秘密の書庫以外の「安全な活動拠点」が欲しい、と綾は密かに感じていた。


そんなある日のこと。

フィラが、いつになく興奮した様子で綾に話しかけてきた。

《マスター! マスターに、是非ともお見せしたいものがございまして!》

「お見せしたいもの? シェルターの中に、また何か新しい設備でも見つかったの?」

綾が尋ねると、フィラは「きゅるるん!」と嬉しそうに鳴き、

《いえ、マスター。それは……地上にございます!》

と、衝撃的な言葉を告げた。


「地上に……? どういうこと、フィラ?」

綾は、思わず聞き返した。

《実は、マスターが「影詠み」としてご活躍されるにあたり、より効率的かつ安全な活動拠点が必要かと愚考し……わたくし、フィラが、マスターに内緒で、ささやかながら準備をさせていただきました!》

フィラの声は、どこか誇らしげだ。


(フィラが……私に内緒で……地上に拠点を!?)

綾は、驚きのあまり言葉も出なかった。AIであるフィラが、どうやって地上に物理的な拠点を? しかも、自分に一切気づかれずに?


フィラに導かれるまま、綾は「影詠み」の姿で、都のはずれにある、今はもう使われていない古い貴族の別邸跡へとやってきた。そこは、荒れ果ててはいるものの、高い塀に囲まれ、人目につきにくい絶好の場所だった。

そして、その屋敷の門をくぐると……。


「お待ちしておりました、影詠み様」

そこに立っていたのは、背筋をピンと伸ばし、非の打ち所のない完璧な所作で深々と頭を下げる、初老の男性だった。年は五十代半ばだろうか。銀髪交じりの髪をきっちりと整え、仕立ての良い、しかし華美ではない執事服のようなものを身に纏っている。その佇まいは、まさに「渋いナイスミドル」と呼ぶにふさわしい。

そして何より、その男性の表情は、綾の正体(幼い姫君であること)を全く知らないかのように、ただただ「影詠み」という存在に敬意を払っているように見えた。


「……あ、あなたは……?」

綾は、少年の声(練習済み)を出しながらも、内心では(誰!? この人、誰!? フィラ、聞いてないんだけど!?)と、大パニックだった。


「わたくしは、影詠み様にお仕えするよう、フィラ様よりご指名賜りました、たちばなと申します。以後、お見知りおきを」

男性――橘と名乗った――は、穏やかな笑みを浮かべ、再び深々と頭を下げた。


《マスター、ご紹介いたします。橘殿は、元々は宮中に仕えておられた有能な方でしたが、少々……いえ、かなり複雑なご事情により隠居されておりましたところを、わたくしがスカウトいたしました!》

フィラが、綾の頭の中で得意げに説明する。

《情報収集、家事全般、簡単な護衛、そして何よりも口の堅さにおいては、このフィラが保証いたします!》


(スカウトって……フィラ、あなた一体どこでそんなスキルを……!? しかも、元宮中って……もしかして、暇を持て余した皇族とかじゃないでしょうね!?)

綾は、目の前の完璧すぎる執事の登場に、もはやツッコミが追いつかない。


橘は、綾の戸惑いをよそに、屋敷の中へと案内してくれた。

荒れ果てていたはずの屋敷は、驚くほど綺麗に整備されていた。埃一つなく磨かれた床、修繕された建具、そして、奥の一室には、「影詠み」の活動に必要な道具を整理するための棚や作業台まで用意されている。

「こちらの拠点は、フィラ様の指示のもと、わたくしが数日かけて整備いたしました。まだ至らぬ点も多いかと存じますが、影詠み様がご不自由なくお過ごしいただけるよう、誠心誠意お仕え申し上げる所存です」

橘は、淡々と、しかし確かな自信を込めて言った。


「……そ、そう。ありがとう、橘。助かるわ」

綾は、何とか平静を装って答えたが、心の中では(フィラ、あなた一体どこからこんな人材と予算を……!? まさか、シェルターの物質創造ラボで金塊でも錬成したとか言わないわよね!?)と、新たな疑惑が次々と湧き上がってくるのだった。


《マスター、ご安心ください。橘殿のスカウト及び拠点の整備費用は、全てシェルターの余剰エネルギーと、過去の観測データ(古代の希少金属の鉱脈情報など)を、フィラが独自に「換金」することで賄っております。全て合法的な(?)手段でございますので、ご心配には及びません》

フィラの涼しい顔(声だけだが)での説明に、綾はもはや何も言えなかった。自分の知らないところで、愛すべきマスコットAIが、とんでもない敏腕プロデューサー兼マネージャーのような能力を発揮していたとは……。


こうして、綾は図らずも、地上における秘密の活動拠点と、謎の万能執事(しかも超有能)を手に入れることになった。

これで「影詠み」としての活動は格段にしやすくなるだろうが、同時に、この橘という人物に、いつか自分の本当の姿(五歳の姫君)がバレてしまうのではないかという、新たなドキドキも抱え込むことになった。


(とりあえず、橘さんには「影詠み」の姿でしか会わないようにしないと……。それにしても、フィラの行動力、恐るべし……)

綾は、嬉しいような、困ったような、複雑な溜息をつくしかなかった。

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