第七話:予告状と紅椿、華麗なる大泥棒(?)を追え!
(前回までのあらすじ:夜鷹の囁きと消えた子供たちの噂を追っていた綾だったが、どうやらそれは人ならざるものの気配が濃厚……。しかし、その本格的な登場はまだ少し先のお話。都には、もっと分かりやすい「人間の悪」も蔓延っていた!)
さて、夜鷹事件の調査は一旦保留とし、綾の「影詠み」としての次なるターゲットは、近頃都を騒がせている、少々風変わりな盗賊だった。
その名は、「紅椿の君」。
高価な美術品や宝飾品ばかりを狙い、犯行前には必ず被害者の元へ、椿の花を一輪添えた雅な予告状を送り付けるという、何とも芝居がかった手口の盗賊だ。盗みは鮮やかで、決して人を傷つけることはないというが、その大胆不敵なやり口に、貴族たちは肝を冷やし、庶民は「義賊か、ただの大泥棒か」と噂しきりだった。
「また紅椿の君から予告状が届いたらしいわよ、今度は中納言様のお屋敷ですって」
「まあ、あのお屋敷には、唐渡りの素晴らしい白磁の花瓶があると評判じゃありませんか」
侍女たちの井戸端会議でも、この話題は持ちきりだ。
綾は、そんな噂を聞きながら、(予告状を出すなんて、ずいぶんと自信家なのね……。でも、それだけ腕に覚えがあるということかしら)と、その手口に興味を抱いていた。
父・為時も、この「紅椿の君」の件には頭を悩ませているようだった。
「検非違使も躍起になっているが、全く尻尾を掴めないらしい。まるで煙のように現れて、煙のように消えるとか……。警備をいくら固めても、するりとかわされてしまうそうだ」
書斎での独り言ともつかない呟きを、綾は聞き逃さなかった。
(煙のように……ね。面白いじゃない)
綾の「影詠み」としての探究心と、ほんの少しの対抗心に火がついた。
「フィラ、その『紅椿の君』の予告状と、これまでの犯行手口を詳しく分析して。何かパターンが見つかるかもしれないわ」
《了解しました、マスター。関連情報を収集し、行動アルゴリズムの解析を開始します》
フィラの分析によると、「紅椿の君」の犯行は常に満月の夜に行われ、予告状に記された時刻ぴったりに宝を盗み出すという、極めて正確なものだった。そして、侵入経路は常に警備の最も手薄な場所を狙い、脱出経路も複数用意されているなど、周到な計画性が伺える。
(これは、相当な手練れね……。でも、完璧すぎる計画には、必ずどこかに驕りや油断が生じるものよ)
予告された犯行時刻は、三日後の満月の夜。
綾は、「影詠み」として、この華麗なる大泥棒(?)との知恵比べに挑むことを決意した。
目的は、盗みを阻止すること。そして、可能ならばその正体を暴くこと。ただし、相手を傷つけることなく、だ。
犯行当日。
中納言の屋敷は、普段の数倍もの警備兵で固められ、まさに蟻の這い出る隙もないように見えた。屋敷の主人である中納言は、自慢の白磁の花瓶が置かれた一室に陣取り、目を光らせている。
(これだけの警備……いくら紅椿の君でも、そう簡単には……)
誰もがそう思っていた。
しかし、綾だけは違った。
彼女は、フィラの広域センサーと「夜目(フクロウ型ドローン)」を駆使し、屋敷全体の警備配置と、そこに潜む「死角」を正確に把握していた。そして、「紅椿の君」が最も利用しやすいであろう、屋根裏からの侵入経路を予測していたのだ。
(おそらく、あの天窓から……。そして、脱出は庭の古井戸に繋がる秘密の通路ね)
綾の予測は、太古の記憶にある潜入・脱出のセオリーに基づいていた。
そして、予告時刻ぴったり。
月の光が白磁の花瓶を照らし出す中、どこからともなく、ふわりと黒い影が舞い降りた。
黒い絹の装束に身を包み、顔には深紅の椿の模様が描かれた白い面をつけた、しなやかな人影。それが「紅椿の君」だった。
その動きは、まるで舞を舞うように優雅で、音もなく花瓶へと近づいていく。
(……来たわね)
屋敷の梁の影に潜んでいた綾――「影詠み」は、静かにその時を待った。
紅椿の君が花瓶に手を伸ばした、その瞬間。
「そこまでよ、紅椿の君」
凛とした少年の声(もちろん綾の声)が、静寂を破った。
紅椿の君は、驚いたように動きを止め、声のした方を見上げる。そこには、同じく黒衣に身を包み、鳥の面をつけた小さな影が立っていた。
「……何者だ? 私の邪魔をするとは、良い度胸だな」
紅椿の君の声は、意外にも若々しく、そしてどこか楽しんでいるような響きがあった。
「都を騒がせる大泥棒を見過ごすわけにはいかないわ。その花瓶は、諦めてもらいましょう」
「ふん、面白い。この私から宝を奪い返せるとでも?」
紅椿の君は、そう言うと、目にも留まらぬ速さで花瓶を抱え、窓から飛び出そうとした。
しかし、綾は既にその動きを読んでいた。
「甘いわ!」
綾の手から放たれた「式符」が、紅椿の君の足元に吸い寄せられるように貼り付く。次の瞬間、紅椿の君の足がもつれ、危うく花瓶を落としそうになる。
(これは……!? 足が重い……!?)
紅椿の君は、驚愕の表情を浮かべた(面の下で)。綾の式符は、微弱な重力フィールドを発生させ、対象の動きを鈍らせる機能を持っていたのだ。
「くっ……! なかなかやるな、小僧!」
紅椿の君は、体勢を立て直すと、今度は煙玉を投げつけ、その煙に紛れて逃走を図る。
しかし、綾はフィラの赤外線センサーで煙の中の紅椿の君の動きを正確に捉え、先回りして脱出経路を塞ぐ。
「あなたの逃げ道は、もうないわ」
そこからは、まるで影絵のような、黒衣の二人の追跡劇が繰り広げられた。
紅椿の君の華麗な身のこなしと、綾の予測不能な「術」。屋敷の中を縦横無尽に駆け回り、時に屋根の上で月光を浴びながら対峙する。
それは、傍から見れば、まるで芝居の一幕のようだった。
やがて、追い詰められた紅椿の君は、ついに観念したかのように動きを止めた。
「……降参だ。まさか、この私が捕らえられるとはな。お前の名は?」
「名乗るほどの者ではないわ。ただの『影詠み』よ」
綾は、そう言って紅椿の君に近づいた。
そして、綾が紅椿の君の面に手をかけようとした、その時。
「おっと、それはさせないぜ!」
紅椿の君は、最後の力を振り絞るように綾の手を払い、懐から何かを取り出すと、それを地面に叩きつけた。眩い光と共に、再び煙が立ち込める。
綾が煙を払った時には、もう紅椿の君の姿はどこにもなく、ただ床には一輪の紅い椿の花と、「今宵は君の勝ちだ。だが、この勝負、まだ終わりではない。影詠み殿」と書かれた小さな文だけが残されていた。
「……逃げられたわね」
綾は、少し悔しそうに呟いた。
しかし、盗みは阻止できたし、何よりも、あの「紅椿の君」に一泡吹かせることができた。それは、大きな成果と言えるだろう。
そして、綾の胸には、これまで感じたことのない、奇妙な「好敵手」と出会ったような、不思議な高揚感が生まれていた。
翌日、中納言の屋敷から宝が盗まれなかったこと、そして「影詠み」が「紅椿の君」と渡り合ったらしいという噂は、あっという間に都中に広まった。
「影詠み様、ついにあの大泥棒まで追い詰めたのか!」
「いやはや、大したお方だ!」
庶民はますます「影詠み」を称賛し、貴族たちはその謎めいた力に、さらなる警戒と興味を抱くようになった。
そして、綾は……。
(紅椿の君……何者なのかしら。あの身のこなし、ただの盗賊とは思えない。それに、あの声……どこかで聞いたことがあるような……?)
新たな謎と、そして新たな「楽しみ」を見つけた綾は、次なる「影詠み」としての活動に、静かな闘志を燃やすのだった。
都の闇は、まだまだ奥が深いようだ。




