第十八話:星の盾の謎、古文書と太古の記憶の交差点
獣牙の荒野で、ヴォルフラムが「大いなる狩り」の開始を宣言し、その軍勢が都へと迫りつつある、まさにその頃。
綾は、亜空間シェルターの最深部、「禁断の書庫」とも呼ばれる場所にいた。そこには、創造主たちが遺した情報の中でも、特に重要かつ危険な知識が封印されており、通常はフィラでさえアクセスが制限されている領域だった。
しかし、今の綾には、そんな悠長なことを言っている暇はない。彼女は、フィラの全サポートを受け、そして自らの太古の記憶を総動員して、あのヴォルフラムでさえも執着する「星の盾」の謎を解き明かそうとしていた。
「……フィラ、この古文書の、この部分……。以前、お父様が宮中から持ち帰った、例の『異界の災厄に関する記述』と、奇妙なほど一致している箇所があるわ」
綾は、ホログラムスクリーンに映し出された、複雑な文様と古代文字で埋め尽くされた書物のページを指さした。それは、シェルターのデータベースの奥底から、フィラがようやく探し出した、数千年前にこの地に存在したという、謎の古代文明に関する記録の断片だった。
そして、為時が宮中で発見した古文書もまた、その古代文明が遺した警告の書の一部である可能性が高いと、綾は推測していた。
《はい、マスター。照合の結果、両者の記述には、極めて高い相関性が見られます。特に、この『天より降り注ぐ、星々の涙を防ぎし、大いなる盾』という表現……。そして、こちらのシェルターの記録にある、『アストラル・デフレクター・システム(星間規模防御障壁網)』の概念図……。これらは、同一のものを指している可能性が濃厚です》
フィラが、二つの記録を重ね合わせ、その共通点と相違点を分析していく。
「アストラル・デフレクター・システム……『星の盾』……。やはり、それは、異次元からの侵略や、宇宙規模の災厄から、この惑星そのものを守るための、超巨大な防御システムだったのね……」
綾は、ゴクリと唾を飲んだ。太古の記憶の中にも、これほど壮大なスケールの兵器(あるいは守護装置)の記録は、ほとんど存在しなかった。
「でも、なぜ、そんなものがこの都の地下深くに……? そして、どうすればそれを起動できるの……?」
フィラは、さらに解析を進め、衝撃的な事実を綾に告げた。
《マスター……この『星の盾』は、どうやら、この亜空間シェルターそのものが、その『制御中枢』の一部として機能するように設計されているようです。そして、その起動には、二つの『鍵』が必要であると……》
「二つの鍵……!?」
《はい。一つは、このシェルターのセントラルコアに秘匿された『マスターコード』の解放。これは、マスターの生体認証と、特定の『意志の波動』によってのみ可能となります。そして、もう一つの鍵は……》
フィラは、そこで一度言葉を区切り、スクリーンに、ある特定の遺伝子配列パターンと、それに対応する古代の血統図のようなものを表示した。
《……『星詠みの巫女』と呼ばれる、特殊な霊的資質を持つ人間の、魂の力……その『共鳴』が必要であると記されています》
「星詠みの巫女……魂の共鳴……」
綾は、その言葉に、雷に打たれたような衝撃を受けた。
(まさか……安倍晴明くん……!? 彼が、朱雀門で見せたあの五色の光……あれは、偶然ではなかったの……? 彼こそが、『星詠みの巫女』の血を引く者……?)
これまでの、晴明の不可解な「奇跡」の数々が、綾の頭の中で一つの線として繋がり始める。彼の「謎理論」や「なんちゃって陰陽術」が、なぜか時折、本物の「力」を発揮したように見えたのは、彼自身も気づかないうちに、その血に宿る「星詠みの力」が、励起光子と共鳴していたからなのかもしれない……!
「フィラ、晴明くんの……いえ、安倍晴明という人物の、家系や血統に関する情報は?」
《……申し訳ありません、マスター。そこまでの詳細な個人情報は、現在のシェルターのデータベースには……。しかし、彼が『宮廷陰陽寮(仮)』の長として、異例の抜擢を受けたという事実、そして、彼が時折見せる、励起光子への特異な反応パターンから推測するに、その可能性は極めて高いと言わざるを得ません》
綾は、しばし言葉を失った。
「星の盾」を起動し、この世界を救うための、最後の希望。その鍵の一つを、あの、ちょっぴり残念で、でもどこか憎めない、星詠みの少年が握っているかもしれないというのか……。
運命とは、かくも皮肉で、そして奇妙な形で人を繋ぐものなのか。
「……フィラ、もし、私が『マスターコード』を解放し、そして晴明くんが『魂の共鳴』を果たせたとすれば……本当に『星の盾』は起動するの?」
《……理論上は、可能でございます。しかし、マスター。それには、あまりにも大きなリスクが伴います。『星の盾』は、この惑星全体の励起光子の流れを制御し、異次元からの干渉を遮断する、文字通り『神の力』にも等しいシステム。その起動と制御には、マスターと、そして安倍晴明殿の、精神力と生命エネルギーの全てを、文字通り『捧げる』覚悟が必要となるやもしれません。最悪の場合、お二方とも……》
フィラの言葉は、そこで途切れた。その先を、彼女は口にすることができなかった。
「……分かっているわ、フィラ。でも、他に道はないのでしょう?」
綾の表情は、穏やかだった。しかし、その瞳の奥には、もはや揺らぐことのない、絶対的な決意が宿っていた。
「私と、晴明くん……。二人の力を合わせなければ、この世界は救えない。そして、そのためなら……私は、何だってするわ」
太古の記憶が、綾に囁きかける。
――星の盾は、希望の光。しかし、それは同時に、大きな犠牲を求める、非情なる剣でもある、と。
綾は、その声に、静かに頷いた。
「フィラ、シェルターの全機能を、『星の盾』起動準備モードへと移行して。そして、橘さんに連絡を。私と……安倍晴明殿との『会談』の場を、極秘裏に設営するように、と」
綾の、最後の戦いが、今、本当に始まろうとしていた。
それは、この世界の運命を賭けた、そして彼女自身の全てを賭けた、壮絶なる戦いの序曲。
そして、その戦いの鍵を握るのは、太古の超科学と、星詠みの血筋という、二つの、あまりにもかけ離れた「力」の融合。
物語は、ついにその核心へと迫る。
「星の盾」の謎が解き明かされ、綾と晴明の運命が、否応なく交差しようとしていた。
彼らは、この世界の未来を、その手で掴み取ることができるのだろうか。