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陰陽前夜(おんみょうぜんや) ~綾と失われた超文明~  作者: 輝夜
第四章 獣牙の咆哮、星影の覚醒 ~綾と晴明、七歳の試練~
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第十六話:影と星、初めての「共闘」?~解毒薬を巡る攻防戦~


「眠り病」の解毒薬(という名の鎮魂香)の完成は、綾たちにとって大きな喜びだった。しかし、その喜びも束の間、事態は予期せぬ方向へと動き出す。

獣牙の荒野から潜入していた斥候部隊のリーダー、影狼かげろうのフェンリルが、この「眠り病」と、その治療法に関する情報を、どこからか嗅ぎつけたのだ。

彼らにとって、この世界の人間が持つ「未知の病を治す力」は、非常に興味深いものであり、同時に、自分たちの計画にとって障害となり得る「脅威」でもあった。


「……あの『影詠み』とかいう小童、どうやら病を治す奇妙な『草』の知識も持っているらしいな。もし、それが我らの世界にない『力』であるならば……それを手に入れる価値はあるかもしれん」

フェンリルは、月明かりの下、朧月邸の屋根を遠巻きに眺めながら、低い声で呟いた。彼の目的は、解毒薬そのものを奪うこと、そして可能ならば、その製法や、それを作り出した「影詠み」の正体を探ることだった。


その夜、綾は朧月邸の秘密の研究室(シェルターとの連絡通路も兼ねている)で、完成したばかりの解毒薬の最終チェックと、量産の準備を進めていた。芳子もまた、その手伝いをしている。香子は、体調を崩した人々への配布準備のために、別の部屋で待機していた。

「……これで、ひとまず都の人々は安心できるわね、芳子様」

「はい、綾姫様……いえ、影詠み様のおかげでございます」

二人が、ほっと胸を撫で下ろした、その時だった。


ドガアアアアン!!!

突如として、朧月邸の堅牢なはずの塀の一部が、轟音と共に爆破された!

そして、そこから数人の獣牙の斥候たちが、獣のような俊敏さで屋敷の敷地内へと雪崩れ込んできたのだ!

「なっ!? 何事ですの!?」

芳子が、悲鳴に近い声を上げる。

「……来たわね。思ったよりも早かったわ」

綾は、冷静に状況を判断し、即座に指示を出す。

「芳子様は、香子様と一緒に、シェルターへの秘密通路へ! 解毒薬のサンプルと処方データも一緒に! 橘! 影向衆ようごうしゅうは、敵の侵入を全力で阻止して! 私も出る!」


朧月邸は、一瞬にして戦場と化した。

橘率いる影向衆は、綾が開発した「ハイテク装備」を身に着け、屋敷の各所で斥候たちと激しい攻防を繰り広げる。弥助の「千里眼の眼鏡」が敵の位置を特定し、小吉の「聞き耳頭巾」が敵の連携を察知し、疾風の「韋駄天の足袋」が縦横無尽に駆け巡り、お蝶の「光学迷彩」が敵を翻弄する!

しかし、獣牙の斥候たちもまた、ヴォルフラムから選りすぐられた精鋭だ。彼らの野性的な戦闘能力と、こちらの世界の常識を超えた身体能力は、影向衆を徐々に追い詰めていく。


「くそっ! こいつら、動きが読めねえ!」

弥助が、獣人の鋭い爪を辛うじてかわしながら叫ぶ。

「姫様! ここは我々にお任せを! どうかご無事で!」

橘もまた、額に汗を滲ませながら、必死で綾を守ろうとする。


綾は、研究室から飛び出し、気の刃を構えて応戦する。

「橘! 無理はしないで! 皆、連携を保って!」

しかし、敵の数は多く、しかもそのリーダーであるフェンリルは、まるで影のように捉えどころがなく、綾の攻撃を巧みにかわしていく。

(……まずいわ、このままではジリ貧だわ……! 解毒薬を守りきれないかもしれない……!)

綾の心に、焦りが生まれる。


その時、朧月邸の外から、聞き覚えのある、しかしどこかいつもと違う、切羽詰まったような声が響き渡った。

「――そこまでだ、異形の者どもよ! 我ら宮廷陰陽寮が、その悪行、見過ごさん!」

安倍晴明と、賀茂光栄、そして「天狐の眼」の仲間たちが、それぞれの「霊的兵装(?)」を手に、駆けつけてきたのだ!

どうやら、彼らは、北の森での「結界設置作業」を終え、都へ戻る途中で、この朧月邸の騒ぎを察知したらしい。香子が、事前に「影詠み様が、北の森の件で、この辺りで何か調べておられるかもしれない」と、それとなく情報を流していたのが功を奏したのかもしれない。


「晴明くん!?」

綾は、思わず素の声が出そうになるのを、必死でこらえた。

「ほう……。あれが、噂の『星詠みの小僧』か。面白い、まとめて始末してくれるわ」

フェンリルは、新たな獲物の出現に、不気味な笑みを浮かべる。


「皆の者、怯むな! 我らが『星霜の霊墨・対妖魔結界陣(ただの大きな円陣に、大量の護符を貼り付けたもの)』で、奴らの動きを封じるのだ!」

晴明の号令一下、天狐の眼のメンバーたちが、斥候たちを取り囲むように陣形を組む!

「くらえ! 我が秘術、『天地混沌・五行逆転の呪(ただの大声と、手当たり次第に五色の紙吹雪を撒き散らすだけ)』!」

(……晴明くん、お願いだから、余計なことしないで……! それ、絶対効果ないから!)

綾は、内心で絶叫した。


しかし、その時、奇跡が起こった。

晴明たちが撒き散らした五色の紙吹雪が、月明かりと、そして朧月邸の庭に咲いていた夜光花(綾がこっそりシェルターから持ち込んで植えた、微弱な励起光子を発する植物)の光を乱反射させ、獣牙の斥候たちの目を眩ませたのだ!

そして、晴明の「大声」は、斥候たちの鋭敏な聴覚を混乱させ、彼らの連携を一瞬だけ乱した!


(……今よ!)

綾は、その一瞬の隙を見逃さなかった。

「フィラ、カミカゼくん、全機出撃! 目標、敵の指揮官、フェンリル!」

綾の号令と共に、朧月邸の屋根裏から、数十体の改良型カミカゼくんが、一斉に飛び出し、フェンリルへと襲いかかる!

「なっ!? なんだこの紙人形どもは!?」

フェンリルも、この予想外の数の暴力(?)には、さすがに面食らった。


そして、綾は、気の刃に全エネルギーを集中させ、晴明に向かって叫んだ!(もちろん、声は変えている)

「星詠みの少年よ! あなたのその『光』を、今一度、見せてみなさい! 私のこの『刃』と、あなたの『星』が共鳴するならば、あるいは……!」

綾は、賭けに出た。晴明の、あの朱雀門で見せた五色の光の奔流。あれが、もし励起光子と何らかの形で共鳴するのなら……!


「……影詠み殿……! 分かった、やってみよう!」

晴明もまた、綾の言葉に何かを感じ取ったのか、折れた聖杖(まだ使っていたらしい)を天に掲げ、再びあの呪文を唱え始めた!

「天に満ちる星々の煌めきよ! 地に眠る龍脈の息吹よ! 我が魂の叫びに共鳴し、今こそ、奇跡を……!」


そして、綾の気の刃と、晴明の放つ五色の光が、まるで引き寄せられるように、朧月邸の上空で交錯した瞬間――!

ズオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!!!

これまでにないほどの、眩いばかりの光の奔流が、夜空を切り裂き、獣牙の斥候たちを直撃した!

その光は、暖かく、しかし抗いがたい力を持っており、斥候たちの体を包み込み、彼らの戦意を根こそぎ奪い去っていくかのようだった。

「ぐ……ああ……! こ、この光は……! 我らの『力』が……消えていく……!」

フェンリルをはじめとする斥候たちは、その場に膝をつき、もはや抵抗する力も残っていない。


「……やった……のかしら……?」

綾は、息を切らしながら、その光景を見つめていた。

晴明もまた、力を使い果たし、光栄に支えられながら、呆然と立ち尽くしている。

二人は、互いの正体を知らぬまま、しかし確かに、初めて「共闘」し、そして勝利を掴んだのだ。


朧月邸の庭には、戦意を喪失した獣牙の斥候たちが、ぐったりと倒れている。

解毒薬は、無事に守られた。

そして、綾と晴明の間には、言葉にはできない、しかし確かな「何か」が芽生え始めていた。

それは、ライバル意識であり、共感であり、そして、まだ名もなき「絆」の始まりなのかもしれない。

都の影で繰り広げられた、小さな、しかし重要な攻防戦。

それは、二人の若き星の運命を、そしてこの世界の未来を、新たな方向へと導く、大きな転換点となるのかもしれない。

(そして、晴明くんの「謎理論」が、またしても奇跡を呼んだ件については……もはや、誰もツッコめない領域に達しつつある……)

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