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陰陽前夜(おんみょうぜんや) ~綾と失われた超文明~  作者: 輝夜
第四章 獣牙の咆哮、星影の覚醒 ~綾と晴明、七歳の試練~
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第十一話:灰燼の朱雀、残された傷跡と新たなる誓い


空の「門」が閉じ、獣牙の荒野の者たちが一時的に姿を消してから数日が経過した。

しかし、朱雀門周辺に残された爪痕はあまりにも深く、都は未だ混乱と悲しみの底に沈んでいた。

倒壊した家屋、焼け焦げた柱、そして、あちこちに残るおぞましい怪異の痕跡。それは、平和だったはずの日常が、いかに脆く、そして容易く破壊されうるかを、人々にまざまざと見せつけていた。


負傷者の数は多く、身内を失った者たちの嘆き悲しむ声は、都の空に重く響き渡る。食料や薬も不足し始め、治安も悪化の兆しを見せていた。

藤原為時はじめ、宮中の者たちは、不眠不休で事態の収拾と民の救済に奔走していたが、その顔には疲労と絶望の色が濃く浮かんでいた。

「……これほどの被害が出るとは……。我々は、あまりにも無力だった……」

為時は、自らの執務室で、山と積まれた被害報告の木簡を前に、力なく呟いた。


綾は、そんな父の姿を、そして打ちひしがれる都の人々の姿を、胸を痛めながら見つめていた。

「影詠み」として、そして「藤原綾」として、自分にできることは全てやったつもりだった。しかし、それでも多くのものを守りきれなかったという現実に、彼女は打ちのめされそうになっていた。

(……私の力は、まだ全然足りない。あのヴォルフラムという指揮官……彼を止められなければ、この都は、本当に滅んでしまうかもしれない……)

朧月邸の自室で、綾は固く拳を握りしめた。その小さな肩には、七歳の少女が背負うにはあまりにも重すぎる責任が、のしかかっている。


「……姫様、お茶をお持ちいたしました」

橘が、静かに声をかけ、そっと綾の傍らに熱い茶を置いた。彼は、綾の苦悩を痛いほど理解しつつも、今はただ黙って見守ることしかできない。

「……ありがとう、橘」

綾は、力なく微笑んだ。

「橘……私は、もっと強くならなければならないわ。あのヴォルフラムを、そして獣牙の荒野の脅威を、今度こそ完全に打ち破るために。そのためなら、どんなことでもする覚悟よ」

その瞳には、悲しみを乗り越えた、鋼のような決意の光が宿っていた。


一方、安倍晴明もまた、今回の戦いで多くのものを失い、そして多くのことを学んでいた。

彼の「天狐の眼」の仲間たちの中にも、重傷を負い、再起不能となった者が出た。そして何よりも、彼自身の「力」――あの五色の光の奔流――が、全く制御不能な、そして危険なものであることを、彼は痛感していた。

(……あれは、僕の力ではない。何かの偶然か、あるいは……僕自身も気づいていない、別の何かが作用した結果だ。あのような不安定な力に頼っていては、本当に都を守ることはできない……!)

晴明は、宮廷陰陽局(仮)の薄暗い執務室で、一人、深く懊悩していた。


そこへ、賀茂光栄がやってきた。

「晴明、まだそんなところにいたのか。少しは休んだ方がいい。お前の顔、酷い色だぞ」

「……光栄か」

晴明は、力なく顔を上げた。

「……僕は、無力だ。多くの仲間を危険に晒し、そして結局、何もできなかった……。『影詠み』様のような、真の力があれば……」

その声は、いつもの自信に満ちたものではなく、弱々しく震えていた。


「馬鹿を言うな、晴明」

光栄は、そんな親友の肩を強く掴んだ。

「お前がいなかったら、もっと酷いことになっていたはずだ。あの五色の光が、多くの者を救ったのを、俺はこの目で見た。それは、偶然なんかじゃない。お前の、都を守りたいという強い想いが引き起こした、奇跡だったんだ」

光栄の言葉は、不器用だが、誠実だった。

「……それに、お前には俺たちがいるじゃないか。一人で抱え込むな。これからは、俺も本気で陰陽の道を学ぶ。そして、お前と一緒に、この都を守る。……だから、諦めるなよ、晴明」


光栄の言葉に、晴明の瞳に、ほんの少しだけ光が戻った。

「……光栄……。ありがとう……」

二人の間には、言葉以上の、確かな友情の絆が結ばれていた。

彼らは、それぞれの方法で、この絶望的な状況に立ち向かう決意を、新たにするのだった。


そして、遥か獣牙の荒野。

「門」の奥へと退いた隻角の魔将ヴォルフラムは、玉座に腰を下ろし、今回の「斥候戦」の結果を冷静に分析していた。

「……ゴルデアとセツナを、あれほどまでに追い詰めるとはな。あの黒衣の小童……そして、奇妙な術を使う人間の小僧……。興味深い。実に興味深いぞ、この星の『可能性』は」

彼の口元には、冷徹な笑みが浮かんでいる。

「だが、所詮は小細工。次なる『狩り』では、我ら獣牙の真の力を見せつけてくれるわ。あの世界の『歪み』は、我らにとっても都合が良い。励起光子……いや、『魂の炎』が満ちれば満ちるほど、我らの力もまた増大するのだからな」

ヴォルフラムは、配下の一人に命じた。

「……偵察部隊を再編し、再びかの世界へ送り込め。ただし、今回は直接的な戦闘は避け、かの世界の『力の源』……特に、あの黒衣の小童が操るエネルギーの正体と、その『拠点』と思しき場所を、徹底的に探り出せ。そして、可能ならば……『協力者』を見つけ出すのだ。この世界の人間の中にも、我らの『力』に魅せられる者がいるやもしれんからな……」

ヴォルフラムの次なる一手は、より巧妙で、そして陰湿なものとなりそうだった。


都の傷跡は、まだ生々しく残っている。

人々の心も、簡単には癒えないだろう。

しかし、絶望の中にも、新たな誓いを胸に立ち上がる者たちがいた。

綾と晴明、二人の若き星。そして、彼らを支える仲間たち。

彼らの戦いは、まだ終わらない。むしろ、これからが本当の始まりなのかもしれない。

世界の歪みは、容赦なく彼らに襲いかかるだろう。しかし、彼らは決して屈しない。

なぜなら、彼らの胸には、守るべき都と、そして愛する人々への想いが、熱く燃えているのだから。



灰燼の中から、新たな希望の芽が生まれようとしている。

しかし、その芽を育むには、あまりにも過酷な試練が待ち受けている。

綾と晴明、そしてヴォルフラム。三者の思惑が交錯し、物語はさらに深淵へと進んでいく。

次なる戦いの舞台は、どこになるのか。そして、彼らの運命は――。

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