第十話:怪異たちの受難 ~なんだこの星!?理解不能な恐怖と謎の悪臭~
一方その頃、朱雀門周辺で破壊の限りを尽くしていた(つもりの)獣牙の荒野の先遣隊――主に自我を失った雑魚怪異たち――は、生まれて初めて体験する「理解不能な恐怖」に、その原始的な本能ですら震え上がっていた。
「グルルル……ギャウッ!?」
一体の、猪に似た突進型の怪異が、黒衣の小童(綾)の不可解な動きに翻弄され、怒りの咆哮を上げた。その黒衣は、実体があるのかないのか、掴もうとすれば霧のように消え、油断すれば背後から鋭い痛み(気の刃)が走る。時折投げつけられる「光る札(ハイテク式符)」は、目に痛い閃光を発し、体が痺れるような奇妙な感覚を引き起こす。
(コイツ、ナニ……!? ツカマエラレナイ! イタイ! コワイ!)
怪異の本能が、警鐘を鳴らしていた。目の前の小さな存在は、これまでの獲物とは明らかに何かが違う、と。
別の場所では、狼に似た姿だが、その体は不気味な緑色の燐光を発する怪異の群れが、安倍晴明率いる「天狐の眼」の面々と対峙し、これまた別の意味で混乱の極みにあった。
「グオオオ……クシュン! グルルル……(臭い! 目が! 鼻が!)」
晴明が「星霜の霊墨・超悪臭バージョンEX・対怪異用濃縮タイプ(最近さらにヤバい何かが追加されたらしい)」で描いた護符が、風に乗って怪異たちの鋭敏な嗅覚を直撃する。それは、彼らの原始的な脳髄にさえ「危険!逃げろ!」という信号を叩き込むほどの、強烈な不快臭だった。
さらに、晴明たちが一斉に唱え始めた「対妖魔用・超不協和音祝詞(という名の、聞く者の精神を確実に削るデタラメな絶叫)」は、怪異たちの聴覚を容赦なく刺激し、彼らをパニック状態へと陥れていた。
(ナンダコレ……!? アタマイタイ! ニオイクサイ! ニゲル! ニゲナイト!)
怪異たちは、もはや戦うどころではなく、ただただこの「理解不能な苦行の空間」から逃れたい一心で、右往左往するばかりだった。
そして、極めつけは、都の北側、比較的安全とされた避難所周辺で、なぜか高らかに響き渡る、謎の「歌」と「太鼓の音」だった。
「……キシャアアア……(ナンダ、アノオト……? コワイ……コワイ……)」
斥候として、本能的に音のする方向へ引き寄せられてしまった、翼を持つトカゲのような小型の怪異が、その「影詠み様音頭・戦場絶叫バージョンwith乙女たちの必勝祈願コーラス」の、ある意味で強力すぎる「精神汚染攻撃」に晒され、平衡感覚を失い、木の枝からボトボトと落ちていく。
(……アタマ……グルグルスル……。モウ、タベラレナクテモイイ……。ネムリタイ……)
その怪異は、戦う前に、戦意そのものを完全に奪われてしまったようだ。
これらの「理解不能な現象」の報告(というよりは、雑魚怪異たちの混乱しきったエネルギー波動の断片)は、空の「門」の近くで戦況を静観していた「隻角の魔将」ヴォルフラムの元へも、微弱ながら届いていた。
「……ほう。我が尖兵どもが、奇妙な術(?)に苦しめられている、か。黒衣の小童は幻術と光の術を、もう一方の人間の小僧は悪臭と奇声を用いる、と。そして、遠くからは、何やら『呪いの歌』のようなものも聞こえてくる……」
ヴォルフラムは、部下であるゴルデアとセツナが、それぞれその「黒衣の小童」と「奇声の小僧」と交戦し、苦戦している様子を視認しながら、その黒曜石のような瞳を、興味深そうに細めた。
(……この世界の人間、なかなかどうして、我らの常識では測れぬ、奇妙な抵抗を見せるものよ。力だけが全てではない、ということか。あるいは、我らが忘れ去ってしまった、純粋な『混沌』の力とでも言うべきか……。面白い。実に面白いぞ、この星の『可能性』というやつは……)
彼は、この世界の「理解不能さ」に、恐怖ではなく、むしろ新たな「戦略的価値」を見出し始めていた。そして、その「価値」が、彼の今後の計画に、思わぬ影響を与えることになるのかもしれない。
その頃、朱雀門の戦場から、命からがら「門」へと逃げ帰ってきた、一体の雑魚怪異(元は獣牙の荒野の、ちょっと足の速い草食獣だった)は、故郷の仲間たちに、魂の底からの恐怖を込めて、こう伝えたという。
「……あ、アノホシ、ダメ、ゼッタイ……。メニミエナイカベ、アル。イキナリ、ピカッテ、シビレル。ヘンナニオイ、スル。ソシテ、ズーット、『エーンヤーコーラー♪』ッテ、コワイウタ、キコエル……。モウ、ニドト、イキタクナイ……! オウチカエリタイ……!」
その悲痛な証言は、獣牙の荒野の一部の、特に感受性の強い(そして臆病な)雑魚怪異たちの間で、新たな「異世界トラウマ体験談」として、まことしやかに語り継がれることになったとか、ならなかったとか……。そして、一部の怪異は、その「えんやこら節」が頭から離れなくなり、夜な夜な魘されるようになったという。
獣牙の荒野の雑魚怪異たちにとって、この世界の戦いは、あまりにも理解不能で、そして理不尽なものだった。
彼らの原始的な本能と、限られた知性は、綾の超科学と、晴明の謎理論(と偶然の産物)、そして乙女たちの純粋な愛(と、それゆえの無自覚な精神攻撃)の前に、為す術もなく打ち砕かれようとしていたのかもしれない。
……ただし、それはあくまで「雑魚」レベルの話。
本当の脅威であるヴォルフラム、そして辛うじて退いたゴルデアとセツナは、まだその牙を研ぎ澄ませている。そして、彼らがこの世界の「おふざけ」を、いつまで微笑ましく(あるいは興味深く)見守ってくれるのか……それは、神のみぞ知る、といったところだろう。
敵サイドから見たら、そりゃもう、綾ちゃんたちのやってることは「何だこれ!?」の連続ですよね!パート2!
この「理解不能な恐怖」が、彼らの戦意を少しでも削いでくれることを祈りつつ……。
次回からは、いよいよシリアスモード(の予定は未定)! 荒れた都の状況と、次なる一手にご期待ください!
(そして、獣牙の荒野の雑魚怪異くん、早くトラウマを克服できるといいね……無理か!)