第三話:紅蓮の爪痕、朱雀門の死闘と星影の共鳴
晴明と光栄が偶然(?)発動させた「五行循環防御陣(仮)」は、赤き爪の猟姫セツナの動きを確かに一瞬止めた。しかし、それはあくまで時間稼ぎにしかならない。獣牙の荒野の戦士の力は、彼らの想像を遥かに超えていた。
「……面白い。実に面白い余興だ、小童ども。だが、遊びはここまでだ」
セツナの瞳が、血のように紅く輝き、その全身から禍々しい闘気が立ち昇る。彼女は本気を出したのだ。その鉤爪は、もはや残像すら捉えきれないほどの速度で、晴明たちに襲いかかる!
「ぐっ……! やはり、我々の力だけでは……!」
光栄が、セツナの爪撃を辛うじて避けるも、その衝撃で吹き飛ばされる。仲間たちもまた、次々とセツナの猛攻の前に倒れていった。
晴明は、歯を食いしばり、必死で聖杖を構えるが、その足は恐怖で震えていた。
(……ダメだ……! このままでは、皆……!)
一方、綾もまた、破壊者ゴルデアとの戦いで、徐々に追い詰められていた。
「気の刃」による精密な攻撃は、確かにゴルデアにダメージを与えてはいる。しかし、その巨体と圧倒的なパワーは、綾の体力を容赦なく削っていく。シェルターからのエネルギー供給も、もはや限界に近い。
(……フィラ、エネルギー残量、あとどれくらい……!?)
《マスター……危険水域です! これ以上の高出力戦闘は、シェルターの機能停止を招く可能性が……!》
フィラの悲痛な声が、綾の頭の中に響く。
「くっ……!」
綾の動きが、ほんの一瞬、鈍った。その隙を、ゴルデアは見逃さなかった。
「もらったあああぁぁっ!!」
戦斧が、綾の小さな体を、今度こそ捉えんとして迫る!
(……万事休すか……!)
綾が、死を覚悟した、その瞬間。
「――させん!!」
どこからともなく、鋭い声と共に、一本の矢がゴルデアの戦斧を持つ腕に深々と突き刺さった!
「グオオオォォッ!?」
ゴルデアが、激痛に顔を歪め、動きを止める。
見ると、そこには、弓を構えた橘の姿があった。彼の背後には、弥助や小吉をはじめとする「影向衆」の精鋭たちが、それぞれに綾が開発した「秘密兵器」を手に、決死の形相で立ちはだかっている!
「影詠み様! ご無事ですか!?」
「我ら影向衆、影詠み様をお護りするため、馳せ参じました!」
彼らは、民の避難誘導を終え、主の危機を察知し、駆けつけてきたのだ!
「橘さん! 皆……!」
綾の瞳に、驚きと、そして感謝の涙が滲む。
(……そうよ、私は一人じゃない!)
綾の心に、再び闘志の炎が灯る。
「フィラ、聞いて! あの太古の戦術……『励起光子・カスケード共鳴』を実行するわ!」
《マスター!? し、しかし、あれは理論上の……! 失敗すれば、マスターご自身の身も……!》
「やるしかないの! 晴明くんたちの、あの五色の光……あれが、もしかしたら触媒になるかもしれない!」
綾は、先ほど晴明と光栄が見せた、奇妙な光の渦を思い出していた。あれは、偶然かもしれない。しかし、そこに賭けるしかない!
綾は、気の刃を構え直し、ゴルデアに向かって再び突進する!
「橘さん、皆! 私が合図をしたら、ゴルデアの注意を一斉に引きつけて!」
「「「はっ!!」」」
そして、綾は意識を集中させ、周囲に満ちる「励起光子」の流れを、自らの体を通して「気の刃」へと集束させていく!
刃は、これまでにないほどの眩い光を放ち始める。それは、まるで小さな太陽のようだ。
(……お願い、成功して……!)
一方、晴明もまた、絶体絶命の状況にあった。
セツナの猛攻は止まらず、もはや彼に残されたのは、最後の護符一枚と、そして折れた聖杖だけ。
(……ここまでか……。だが、僕が諦めたら、光栄たちが……!)
晴明は、ボロボロになりながらも、決してセツナから目を逸らさなかった。
その時、晴明の脳裏に、ふと、あの「影詠み」が残した「印」の文様と、そして神社で感じた「星励光」の奔流のイメージが、鮮明に蘇った。
(……そうだ……あの光……あの力を、今、この場で……!)
晴明は、最後の力を振り絞り、折れた聖杖の先に、血で「印」の文様を描き、それを高々と天に掲げた!
「天に満ちる星々の煌めきよ! 地に眠る龍脈の息吹よ! 我が魂の叫びに共鳴し、今こそ、奇跡を……!」
その瞬間、奇跡は起きた。
晴明の掲げた聖杖の先から、再び、あの五色の光の渦が、以前よりも遥かに強く、そして激しく、天へと向かって噴き出したのだ!
それは、まるで天と地を繋ぐ、巨大な光の柱。
その光は、セツナの動きを完全に止め、彼女を強大なエネルギーの奔流で包み込む!
「な……何だ、この力は……!? 馬鹿な……こんな子供が……!?」
セツナは、初めて恐怖の色をその瞳に浮かべた。
そして、その光の柱と呼応するかのように、綾の気の刃もまた、極限まで高まったエネルギーを開放した!
「今よ、橘さん!」
影向衆が一斉にゴルデアに陽動を仕掛ける!
そして、綾の気の刃は、まるで流星のように、ゴルデアの巨躯を一閃した!
ズバアアアアアアアアッッ!!!!
気の刃は、ゴルデアの鋼のような毛皮を切り裂き、その体内に蓄積されていた不安定な励起光子を暴走させる!
「グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!!!」
ゴルデアは、断末魔の雄叫びを上げ、その巨体は内側から眩い光を放ち始めた。もはや肉体を維持できず、その存在そのものが霧散しようとした、その刹那――。
空の「門」の近く、高みから戦況を見下ろしていた「隻角の魔将」ヴォルフラムが、静かに片手を上げた。その指先から、黒く輝く細い糸のようなものが、ゴルデアの霧散しかけた魂(あるいは力の核)へと伸び、まるで釣り上げるかのように、素早く「門」の奥へと引き戻していった。
「……まだ使い道はある。無様に朽ち果てるには早すぎるぞ、ゴルデア」
ヴォルフラムの冷徹な声が、誰にも聞こえぬはずの戦場に、ほんの一瞬だけ響いた気がした。
一方、セツナもまた、晴明の放った五色の光の奔流に飲み込まれ、その体が薄れ、消滅しかけていた。
「……おのれ……おのれ、小童どもめ……! この借りは……必ず……!」
憎悪の言葉と共に、彼女の魂もまた、ヴォルフラムが放った黒き糸によって、抵抗する間もなく「門」の奥へと引きずり込まれていった。その表情には、屈辱と、そして主への畏怖が浮かんでいた。
後に残されたのは、破壊された朱雀門と、呆然と立ち尽くす人々、そして……。
力を使い果たし、その場にへたり込む綾と晴明の姿だった。
彼らの周りには、影向衆と「天狐の眼」の仲間たちが、心配そうに集まってくる。
「……やった……のか……?」
綾が、か細い声で呟く。
「……ああ……なんとか……な」
晴明もまた、息も絶え絶えに答えた。
二人は、互いの顔を見合わせることもなく、ただただ荒い息をついている。
しかし、その胸の内には、強大な敵を(一時的にではあれ)退けたという確かな手応えと、そして、互いの「力」に対する、言葉にできない畏敬の念が生まれていた。
空の「門」は、依然として禍々しい輝きを放ち続けている。
そして、その奥からは、隻角の魔将ヴォルフラムが、先ほどまでとは打って変わって、どこか面白そうな、しかし底の知れない笑みを浮かべて、この世界の「星の子ら」を見下ろしていた。
「……ほう。ゴルデアとセツナが、同時にここまで追い詰められるとはな。面白い。実に、面白いではないか、この世界の『可能性』というやつは……。今日のところは、この辺りで良しとしよう。だが、覚えておくがいい。本当の『狩り』は、これからだ」
ヴォルフラムは、そう独りごちると、ゆっくりと「門」の奥へと姿を消した。彼にとって、今回の「斥候」は、予想以上の情報を与えてくれたようだ。そして、彼が去ると共に、あれほど激しく開いていた「門」もまた、ゆっくりと、しかし確実にその口を閉じ始め、やがては完全に消え失せた。
都を襲った最初の大きな戦いは、こうして、綾と晴明、そして彼らを支える仲間たちの、奇跡的な勝利(というには、あまりにも多くの謎と犠牲を伴ったが)によって、ひとまずの幕を閉じた。
しかし、それは、これから始まる、より大きな戦いの、ほんの序章に過ぎない。
怪異は退いたものの、励起光子の根本的な問題は解決せず、そして何よりも、「獣牙の荒野」の本格的な侵攻の脅威は、依然としてこの都を覆っている。
綾と晴明は、互いの力を認め合いながらも(正体は知らないまま)、それぞれの方法で「星の盾」の謎と、世界の危機に立ち向かう決意を新たにするのだった。
朱雀門の死闘は終わった。しかし、本当の戦いは、まだ始まったばかり。
二人の若き星は、この世界の未来を、その小さな手で掴み取ることができるのだろうか。
物語は、新たな希望と、そしてさらなる試練の予感を孕みながら、次なる章へと続いていく。




