其の三十一:七歳の誓い、終末の鐘と運命の序曲
綾が、まもなく七つになろうとしていた、ある秋の終わりの夜。
都の上空には、ここ数ヶ月、不気味なほど静かだった赤いオーロラが、再びその禍々しい光を増し始めていた。そして、大地は、まるで大きな獣の鼓動のように、断続的に、しかし確実に震え続けている。
都の人々は、この不吉な空気に、言いようのない不安と恐怖を感じ、家の中に閉じこもり、息を潜めていた。
「……来るわね、フィラ」
亜空間シェルターの制御室で、綾はメインスクリーンに映し出された、都の上空のエネルギー分布図を睨みつけながら、静かに呟いた。その表情は、もはや六歳の少女のものではなく、幾多の修羅場を乗り越えてきた戦士のそれだった。
《はい、マスター。予測通り、空間の亀裂が、再びその姿を現そうとしています。そして、今回は……前回とは比較にならないほどの規模になる可能性が……》
フィラの声もまた、極限の緊張を帯びていた。
その時だった。
ゴオオオオオオン……!
都の東寺の五重塔の鐘が、再び、誰が撞いたわけでもないのに、重く、不吉な音を立てて鳴り響き始めた。その音は、以前よりもさらに大きく、そして切迫した響きを持ち、都の人々の心を直接揺さぶるかのようだ。
それは、まるで終末の到来を告げる、最後の警告の鐘の音。
そして、鐘の音が都中に響き渡った瞬間、赤いオーロラが最も強く輝いていた夜空の一点が、まるで薄いガラスにヒビが入るように、ミシリ、と音を立てて裂けた。
現れたのは、以前よりも遥かに大きく、そして深く、向こう側の「獣牙の荒野」の禍々しい景色を覗かせる、巨大な空間の亀裂。
その亀裂の向こう側からは、無数の、血に飢えた獣たちの咆哮と、そして何よりも、圧倒的な「力」の奔流が、津波のようにこちら側へと流れ込んできた。
「……これが……『約束の日』の始まり……」
綾は、息を飲んだ。
二年という猶予は、あまりにも短かった。しかし、この日のために、彼女は持てる力の全てを注ぎ込み、備えてきたのだ。
《マスター! 亀裂から、多数の強力なエネルギー反応を確認! おそらく、「獣牙の荒野」の先遣隊、あるいは斥候部隊が、本格的な侵攻を開始した模様です!》
フィラの警告が飛ぶ。
「橘! 影向衆に、最終防衛ラインへの配置を指示して! 民の避難が最優先よ! そして、朧月邸の全機能を起動! ここが、私たちの最初の戦場になるわ!」
綾は、冷静に、しかし力強く指示を飛ばす。その声には、もはや迷いはない。
同じ頃、安倍晴明もまた、自宅の庭で、その異様な光景を目の当たりにしていた。
彼の顔には、恐怖ではなく、むしろ待ち望んでいた「その時」がついに来たのだという、ある種の興奮と、そして静かな決意が浮かんでいた。
「……ついに、来たか。我が『星詠みの力』が、真に試される時が……!」
彼の傍らには、賀茂光栄をはじめとする「宮廷陰陽局(仮)」の仲間たちが、緊張した面持ちで集結していた。彼らの手には、晴明がこの二年間で開発した、様々な「霊的兵装(という名の、怪しげだが、なぜか効果のある道具)」が握られている。
「皆の者、聞け! 我らが愛するこの都を、異形の者どもに蹂躙させるわけにはいかぬ! 今こそ、我らが二年間の修行の成果を見せる時だ! 我に続け! 目指すは、あの忌まわしき『空の裂け目』!」
晴明は、高らかに叫び、仲間たちと共に、戦いの渦中へと駆け出していった。その姿は、もはや「中二病の少年」ではなく、若き「陰陽師」としての風格を漂わせ始めていた。
綾は、シェルターの転送ゲートを通り、朧月邸の屋上へと降り立った。
眼下には、既に都の各所で、異形の獣たちと、それを迎え撃つ検非違使や、そしておそらくは晴明たちの戦いが始まっているのが見える。
空からは、次々と新たな敵が降り注ぎ、街は炎と悲鳴に包まれようとしていた。
絶望的な状況。しかし、綾の心は、不思議と燃えていた。
「フィラ、私の全エネルギー、励起光子の制御を、あなたに託すわ。私は、この身一つで、あの裂け目を……そして、そこから来る者たちを止める!」
綾は、腰に差した「気の刃」を形成する小太刀型のデバイスを抜き放った。その刃は、周囲の励起光子と共鳴し、淡い光を放っている。
《……マスター……!》
「大丈夫。私を信じて。そして、この二年間の私たちの全てを、今、ここでぶつけるのよ!」
綾は、深呼吸を一つすると、朧月邸の屋根を蹴り、夜空へと舞い上がった。
その小さな体は、まるで黒い彗星のように、一直線に、空に開いた巨大な「裂け目」へと向かっていく。
その瞳には、七歳の少女とは思えぬ、鋼のような意志と、そしてこの世界を守り抜くという、絶対的な決意が宿っていた。
幕間、これにて終幕。
二年間の猶予は終わりを告げ、ついに運命の歯車が大きく動き出す。
綾と晴明、二人の若き天才は、この未曾有の危機に、いかに立ち向かい、そしてこの世界の未来をどう切り開いていくのか。
それは、血と涙と、そしてほんの少しの奇跡に彩られた、新たなる戦いの物語の始まり。
そして、物語は、いよいよ第四章へ――。
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【幕間「嵐の前の二年(仮)」完結! 長らくのご愛読、誠にありがとうございました!】
~かぐや~: はいどーもー! 皆様、長らく長らく、本当にお待たせいたしました! 作者の~かぐや~でございます! いやー、ついに、この長大巨編(当社比)となってしまった幕間「嵐の前の二年(仮)」、これにて閉幕でございます! パチパチパチ!(自分で拍手)
綾: (小さな声で、顔を赤らめながら)……あ、あの、作者様……。本当に、長すぎやしませんでしたか……? わたくし、お稽古事と夜のパトロールで、もうヘトヘトで……。
~かぐや~: おっと、綾ちゃん、ナイスツッコミありがとう! いやー、だってさー、綾ちゃんの「お姫様ごっこ」の可愛らしさと、「影詠み」としてのカッコよさのギャップとか、晴明くんの残念なイケメン(予定)っぷりとか、橘さんの渋すぎる過保護っぷりとか、描きたいことが多すぎて、気づいたらこんなことに……。てへっ☆
フィラ: (冷静な声で)マスターの多才ぶりと、周囲の方々の個性的なキャラクターが、物語に深みを与えた結果かと分析いたします。特に、マスターがカミカゼくんVer.2.0に追いかけ回されたエピソードや、乙女の会の皆様による「影詠み様音頭」のくだりは、読者の皆様からも大変好評だったようでございます。
綾: ふ、フィラまで……! あ、あれは、その、AIの調整ミスと、皆さんの行き過ぎた愛情表現であって、わたくしの本意では……!(さらに顔を赤らめる)
橘: (穏やかな笑みを浮かべ)いえいえ、綾姫様。あのような日常の、微笑ましい一コマ一コマが、姫様の人間的な魅力をより一層引き立てておいででした。そして、そのお姿あればこそ、我々影向衆も、姫様への忠誠を新たにするのでございます。(キリッ)
~かぐや~: さすが橘さん、ナイスフォロー! そうなんですよ、綾ちゃん! あの「うっかり」や「ドタバタ」こそが、読者の心を掴んで離さない、君の魅力なんだよ! ……まあ、作者が一番楽しんでたって説も濃厚だけどね!
綾: うう……。で、でも、これからは、もっとこう……シリアスな展開になるのですよね……? さすがに、お遊戯みたいなことばかりは……。
~かぐや~: もちろんですとも! この幕間で、綾ちゃんも晴明くんも、そしてフィラも橘さんも、みーんなパワーアップした(はず)! そして、世界の歪みも、いよいよ本格的にヤバいことになってきちゃいましたからね! 次の第四章からは、いよいよ**「獣牙の荒野」とのガチバトル**が始まりますよ!
フィラ: データの限りでは、第四章はこれまでの比ではない、壮絶な戦いと、そしてマスターの新たな覚醒が予測されます。シェルターの全機能をもって、マスターをサポートいたします。
橘: 影向衆一同、綾姫様をお護りするため、そしてこの都の平和を取り戻すため、いかなる困難にも立ち向かう所存でございます。……たとえ、姫様がどんなに可愛らしい「綻び」をお見せになろうとも、我々は見ぬふりをし、任務を全ういたします!(再びキリッ)
綾: (小さな声で)……橘さん、それ、フォローになってるようでなってない気が……。
~かぐや~: あはは! まあ、そんなこんなで!
この二年間の、時にゆるく、時にちょっぴりシリアスな幕間を通じて、キャラクターたちの成長や絆、そして世界の危機感を、少しでも感じていただけたなら幸いです。
そして、この幕間で蒔かれたたくさんの種が、第四章以降、どんな花を咲かせるのか……あるいは、どんなとんでもない雑草に育つのか……(笑)、ぜひぜひご期待ください!
ここまで長丁場にお付き合いいただき、本当に、本当にありがとうございました!
皆様からの応援やコメントが、何よりの励みでございます。
それでは、またすぐ、第四章でお会いしましょう!
今度こそ、本当に「影詠み」様の、超絶カッコイイ活躍が見られる……はず! たぶん! きっと!
綾&フィラ&橘: (深々とお辞儀)
~かぐや~: アデュー! そして、第四章も、刮目して待て!!(ビシッ!)