其の二十七:集え、影の衆! 鉄の掟と若君(姫様)への絶対忠誠(と萌えの抑制)
あの日、橘が「影詠み」様の真のお姿――藤原綾姫様――を確信してから数日後。
秘密の拠点「朧月邸」の地下にある、影向衆の者たちだけが集まる隠し部屋に、橘は弥助や小吉をはじめとする、主要なメンバーを招集した。
部屋の空気は、いつになく張り詰めている。集まった黒子たちの顔にも、緊張の色が浮かんでいた。彼らは、自分たちの統率者である橘が、これほどまでに厳粛な表情を浮かべるのは、アルビオン王国との一件以来だと感じていた。
「……皆、揃ったか」
橘は、静かに、しかし重々しい口調で切り出した。
「本日は、我ら影向衆にとって、極めて重要なことを申し伝える。心して聞くように」
黒子たちは、息を飲み、橘の次の言葉を待った。
「まず、結論から申そう。我らが命を懸けてお仕えする『影詠み』様……そのお方の『真のお姿』について、だ」
橘の言葉に、黒子たちの間に、どよめきと、そしてある種の「やっぱりか」というような空気が流れた。
彼らもまた、ここ最近の影詠み様の「綻び」や、橘様の微妙な態度の変化から、何かを察し始めていたのだ。特に、あの「兎の根付事件」や「霊菓(?)献上失敗事件」などは、彼らの間で「影詠み様、実はめちゃくちゃ可愛いのでは?」という疑惑を、確信に近いものへと変えつつあった。
「……影詠み様は、我々が想像していたような、屈強な若武者でも、あるいは謎の仙人のようなお方でもない」
橘は、ゆっくりと言葉を続けた。
「そのお方は……まだ、齢六つの、か弱き姫君であられるのだ」
「「「!!!」」」
橘の言葉は、黒子たちに衝撃を与えた。いや、衝撃というよりは、やはり「ああ、やっぱり……!」という、ある種の感動と、そしてそれ以上に、言葉にできないほどの「萌え」の感情が、彼らの胸の内に爆発的に広がったのだ。
(やはり、あの兎の根付は、そういうことだったのか……!)
(あの時、うっかり「美味しいですわね」とおっしゃったのは、素だったのか……!)
(なんと……なんと健気で、そして尊い……!)
黒子たちの顔は、驚きと、感動と、そして若干の興奮で、赤くなったり青くなったりしている。
「……静粛に」
橘は、そんな彼らのざわめきを、低い声で制した。
「この事実は、我々影向衆の中でも、ここにいる者たちだけの、絶対の秘密である。決して、決して、他言してはならぬ。そして、綾姫様ご本人に対しても、我々がこの事実を知っていることを、おくびにも出してはならぬ。これは、影詠み様、いや、綾姫様ご自身の、お心を守るためでもある。よいな?」
その言葉には、有無を言わせぬ凄みが込められていた。
「「「ははっ!!」」」
黒子たちは、一斉に平伏した。
彼らの胸には、新たな、そしてより強固な忠誠心が芽生えていた。
これまで、「影詠み」という謎の英雄に仕えるという意識だった。しかし、今は違う。自分たちは、この幼くも偉大なる姫君を、その過酷な運命からお護りし、お支えするために存在するのだ、と。
「そして、もう一つ。我々影向衆の、新たなる『鉄の掟』を定める」
橘は、さらに言葉を続けた。
「第一条! 綾姫様(影詠み様)の御前では、決して『可愛い』『お小さい』などといった、姫様を子供扱いするような言動は慎むこと! 我々は、あくまで『影詠み様』の有能な部下として、敬意を持って接するべし!」
(……しかし、あの寝顔は反則級に可愛らしかった……ゴクリ)
橘自身も、内心ではそう思っていたが、そこは鉄面皮で押し通す。
「第二条! 綾姫様(影詠み様)の『お好み』や『ご趣味』に関する情報は、決して仲間内で噂したり、ましてやそれを元に『グッズ』などを作成したりせぬこと! 特に、甘味に関する情報は、厳重に管理すべし!」
(……あの『影詠み様饅頭』、実は俺も一つ持ってるんだよな……)
弥助が、冷や汗をかきながら思った。
「第三条! 綾姫様(影詠み様)が、万が一、お疲れのご様子で『うっかり』姫様言葉をお使いになったり、あるいは、可愛らしい『綻び』をお見せになったとしても、決してそれを指摘したり、ましてやニヤニヤしたりしてはならぬ! 我々は、常にポーカーフェイスを保ち、何事もなかったかのように任務を遂行すべし!」
(……それが一番難しいんですけど、橘様……!)
小吉が、心の中で悲鳴を上げた。
「……以上だ。この掟を破る者には、相応の罰則を与える。よいな?」
橘の言葉に、黒子たちは、再び力強く頷いた。
彼らの胸には、今、新たな「使命感」と、そして「絶対に姫様の萌えポイントを見逃すまい(そしてそれを心に秘めて悶絶する)」という、歪んだ(?)決意が燃え上がっていた。
こうして、影向衆の秘密の会合は、新たな「鉄の掟」の制定と共に幕を閉じた。
綾姫様の秘密は、彼らによって、より強固に守られることになるだろう。
そして、彼らの姫様への忠誠心(と、溢れ出る萌え)は、ますますその深さを増していく。
それは、ある意味、最強の「姫様お護り隊」の誕生の瞬間だったのかもしれない。
ただし、そのメンバーたちは、日々、溢れ出る「尊い……!」という感情と戦いながら、任務を遂行しなければならないという、少々過酷な運命を背負うことになったのだが……。
そして、綾は……。
(最近、橘さんや黒子さんたちの視線が、なんだか前よりも熱いような気がするんだけど……気のせいかしら……? あと、時々、ものすごく複雑な顔で私を見つめてくるのは、一体……?)
そんな周囲の変化に、ちょっぴり首を傾げるのだった。
彼女の秘密は、守られている。……たぶん、ギリギリで。