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午前二時。

 草木も眠る丑三つ時、と言われるその時間に口縄と贄田は件のトンネルの前にいた。

 困ったことに免許証を持っていない二人はタクシーを呼び、こんな時間に山奥に行くことを若干不振に思っていそうな運転手に愛想笑い――これは口縄だけで、贄田は人形のように表情を変えていなかった――をして、どうにか辿り着いた。

 進入禁止の看板を越え、砂利道を進む。


「なんでわざわざこの時間なんだ」

「呪いと肝試しと言えばこの時間帯だから?」

「わかった、理由は特にないんだな」


 贄田が呆れたように肩を竦め、懐中電灯を点灯させる。

 口縄は手ぶらで、贄田が照らす先だったり、関係ない場所にふらりと寄って行ったり落ち着きなく歩いていく。

 トンネルまで辿り着くと、二人は躊躇いなく侵入を開始する。

 一歩歩くごとに足音がコンクリートの壁に反響し、まるで誰かが後ろをついてきているかのような錯覚を覚える。トンネル内はひんやりとしており、湿気が漂い、壁には苔が張り付いている。懐中電灯の光が壁を照らすと、そこに刻まれた古い落書きや手形が浮かび上がり、どこか不気味な雰囲気を醸し出している。


「臭いな。いろんな匂いが混ざって……ああでも、何人かの人の匂いもする。肝試しに来た人間たちかな」


 すん、と鼻を鳴らしながら口縄が言う。


「このトンネルが心霊スポットだといわれはじめたのは最近の話だ。峰草さんが書いた記事で徐々に有名になって、動画サイトでも解説動画なんかがあがっていた。SNS上で肝試しに行く、行ったって報告も投稿されている」


 贄田が空いている方の手で数世代前のスマートフォンを操作し、その画面を口縄に見せる。

 『Q』に、『これからうぶごえトンネル行ってみる!』という短い文章と共に、大学生らしい男性三人組が写った画像が投稿されていた。


「一週間前の投稿だ。これ以降更新はない。他にも、峰草さんが言っていたように肝試しに行って以降、腹に違和感がある、なにか入っているような気がする、なんてものもあるな。峰草さんの記事が出る以前にも――」

「ねえ」

「なんだ」

「僕もSNSやりたいな」

「黙れ」


 冷たく告げれば口縄は口元だけわかるほど拗ねた表情をし、またふらふらとトンネル内を徘徊する。贄田はそれを気にする様子もなくスマートフォンをポケットに入れ、再び歩き出した。

 どうせ、と贄田は思う。どうせ口縄は先ほど話した内容など聞いていない。あまり興味がないのだから。それでも説明したのは、気まぐれで興味を持っていた場合、説明しないと後から文句を言われるからだ。長く彼に付き合っている贄田は、その経験を何度かしていた。


「いいか、きちんと聞け。いいか、峰草さんの記事が出る以前にもこのトンネルには霊の噂があったんだ。トンネル入り口に佇む女の霊の噂だ。二年位前だが、目撃談がQに投稿されていた。肝試しに来た高校生が、ここでぼんやりと立つ女の霊を見たらしい。そこから噂が広まって、変わっていって、最終的に今のうぶごえトンネルの噂になったようだ。女の霊の話は全くなくなって赤ん坊だけが残っているみたいだが」

「へー……ま、少しおかしいとは思ってたけどね。赤ん坊の霊は出るのに妊婦の霊は出ないんだなって。本当に出るなら、恨みが深いのはそっちだろうに」

「峰草さんの記事でも一切触れられていないしな」

 

 そんな会話をしながら奥へ奥へと進んでいく。

 少しして、口縄が大きく口を開けてあくびをした。


「何も起こらないね」

「そうだな。心霊スポットなんて大抵そんなものだし、峰草さんには当たり障りのない事を――」



 ――……ぎゃぁ……おぎゃ……あぁぁ……



 二人の足が止まった。

 トンネル内に響くのは、確かに赤ん坊の声だ。

 口縄と贄田は視線を互いに向ける。口縄はつまらなそうに口をとがらせ、贄田は嫌そうな顔をした。

 無言のままトンネルの奥へと進んでいく最中も赤ん坊の泣き声は響き、それは段々と大きくなる。それでも構わず歩いていけば、やがて行き止まりになった。懐中電灯に照らされた先は瓦礫や土砂で埋まっており、塞がってしまっている。


「あちゃあ。ここでおしまいだね」

「トンネル自体ずいぶん昔に閉鎖されたって話だし、土砂崩れが起きても放置されたのか」

「それよりも、ねぇ。うるさいよこれ」



 ――おぎゃぁ……ふぎゃぁああー……



 口縄が、瓦礫の壁の中でも比較的緩やかな傾斜を作っているところに足をかける。不安定な足場をひょいひょいと登っていき、瓦礫の一部を取り外す。そこにはスピーカーを繋いだスマートフォンが一台。スピーカーからは大音量で赤ん坊の泣き声が流れている。


「ああーーーうるさいうるさい。これ止めて」


 口縄がそう言いながら投げたスマートフォンとスピーカーを、贄田が慌てて受け止める。

 アラームとして設定されていたらしいそれを停止させれば、トンネル内に静寂が戻った。


「悪趣味なアラームだ」

「耳がおかしくなると思った。これで肝試しに来た人間を脅かしてたってことかな」

「誰が……いや、まあ、おおよそ検討はつく」


 贄田が小さくため息を吐いた。口元をにやつかせている口縄も、恐らく同じ人物を想像しているだろう。


「これを聞いて本当に怪奇現象が起きた、とでも言ってもらいたかったんだろう」

「そんなこと言ったら僕たちインチキじゃないか」

「インチキでもよかったんじゃないか。専門家の証言ってやつをもらえればそれで」


 贄田は眉間に皺を寄せる。


「とはいえこれをやったのが彼女だっていう証拠も今のところない。いったんこれを見せて様子見。犯人だったら……」

「どうしたい?」

「これを盾に追加料金をふっかける。しばらく食卓に一汁三菜一肉を並べられるくらいに」

「悪い子だね」







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