十五
捌幡は教室に向かうため歩いていた。
あの出来事から、一週間が経っている。この一週間は学校を休み、やっと登校する決意ができた。休んでいる間、母親は捌幡を叱りも心配もしなかったが、彼はもう母親に期待することをやめていた。
教室の前にたどり着き、何度か深呼吸をした後に扉を開く。
騒めいていた生徒たちは、捌幡の姿を見ると一斉に黙り込み、視線を合わせないようにあちらこちらを見る。その姿に苦笑しつつ、捌幡は自分の席に着いた。
少しして、生徒たちが小声で話し始める。内容は、田知花達が学校に来なかったこと、原因は捌幡が呪ったからではないか、など。あながち間違ってはいない、とまた苦笑する捌幡に、男子生徒が一人近寄ってきた。
「あの、さ、捌幡」
「……えっ、な、な、なに?」
まさか声をかけられると思っていなかった捌幡は盛大にどもってしまうが、相手はそれを笑うことなく、真剣な表情で話を続ける。
「ごめん。田知花たちに嫌がらせされてんのに、なんもしないで、無視して……」
そう言って頭を下げる。捌幡はどう返したものかと考え込むが、そんな彼に声をかける存在がまたひとり。
「ふーん。あいつらがいなくなったからって謝りに来たんだ。どうせ、理人が呪いをかけたんだとかいう噂があるから、怖くなっただけでしょ!」
頬を膨らませながらそう言うのは、幼い姿のユウトだ。
あの後ユウトは無事に目覚め、今は捌幡の側に常にいる。幼い頃に遊んだ時とも、成長して再会したときともまた違う、少し口が悪くてわがままな姿で。
「理人!こんな手のひらくるくる返すやつなんて信用しちゃダメなんだからね!」
教室内でユウトに返事をするわけにもいかず、かといって、目の前の生徒に頭を下げ続けさせるのも居心地が悪い。捌幡はとりあえず「頭をあげて」と告げた。
「えと、気にしてないとかは言えないけど。謝ってくれたならいいよ。君に直接何かされたわけじゃないし……。みんな悪い人じゃないとは思ってるから。前に床に落とされた鞄を片付けてくれた人もいるしね」
「あ、それ……」
「ん?」
「いや、なんでもない!」
慌てて両手を振る生徒に、捌幡は一つ考えが浮かんだ。
「……もしかして、片付けてくれたのって君だった?」
そう言えば、生徒は観念したように頷いた。
「さすがにあれ放置するのはどうかと思って……。そのくらいしかできなくてほんとごめん」
「もう謝らなくていいって。片付けてあったのは助かったし。……ありがとう」
捌幡がはにかめば、生徒は照れくさそうに頬を掻いた。その仕草が少しかわいらしいな、と思った瞬間、ユウトの顔がその生徒に似たものになる。
「あっ!ちょっと、もう!理人ってば!なんでそんなにチョロいの!?」
ワァワァと騒ぐユウトにこっそりと「ごめんって」と謝り、捌幡はその生徒との会話を続けた。
場所は変わり、口縄心霊相談所。
来客用ソファに腰かけた贄田は、スマートフォンの画面を見ていた。
「……捌幡、元気そうだ。ひとり立ちするためにアルバイトはじめて、合間に部活にも顔出すようになったって」
「なーにしれっと連絡先交換してるのさ。高校生に手を出して恥ずかしくないのかい」
「手を出してないし、お前がそれを言える立場だと思うなよ」
「いやー、ははは。ほどほどに交流しなさいね」
恨めしそうに睨んでくる贄田に肩をすくめ、口縄は手をひらりと振る。
「……今回はお前に感謝してるからな。高尾の記憶を消したり、ユウトを食い切らなかったり」
「かわいいお前の頼み事だもの。聞かない理由がないだろう。礼もたっぷりいただいたしね」
チロ、と舌を出す口縄に、贄田の顔が赤くなった。彼は口縄に「お願い」をした代わりに、その身を一晩差し出している。翌日起き上がれなくなるほど貪りつくされ後悔したのは記憶に新しい。
「その話はもういいだろ。とにかく、事件は解決。山垂さんからの報酬は半分になったけど、理事長の方からももらったしよしってことで。……事件の顛末は一応話したけど、憔悴してたな、理事長。でも、二度と同じことが起こらないように約束するって言ってたし、いい人だよな」
「逆にヤマさんからは恨み言もらっちゃったけどねぇ。それでもまた頼むって言ってくれるからいいお客様だよね」
「俺たちに頼んでくる以外の仕事はしていないみたいだし、そうもなるだろ」
ちなみにこの会話をしている同時刻、競馬場にいる山垂は盛大にくしゃみをしていた。
業務記録
依頼人:山垂 丈二
依頼内容:神去学園高等学校で発生した怪事件の調査
報酬:四万円(交通費別)(減額済み)
備考:被害者に恨みを持った生徒が生み出した人工精霊の犯行だった。犯行が激化する前に止めたため死亡者は0。ちなみに人工精霊の味はおいしくなかった。




