十四
「ええとぉ、もう一度最初からお願いできますかねぇ」
山垂は頬を掻きながら言った。彼の目の前にいるのは 黒い着物の上に蘇芳色の羽織を纏った男だ。肌は浅黒く、気難しそうな顔をしたその男は、ふん、と鼻を鳴らして口を開く。
「邪悪な気配が少年を襲おうとしていたため声をかけた。少年は邪悪な気配が近くにいると言われたことで動揺したようだが、すぐに逆上して私に掴みかかってきてな……。だが、その時少年の姿が宙に浮いて苦しみだしたのだ。これはいかんと思い、邪気を払おうとしたところ誤って少年に平手を打ってしまってな……しかし、それが邪気も同時に払ったらしく少年は解放されたのだ。私の手には邪気を払う力も備わっているということだ。その後意識を失った少年を救うべく救急車を呼んだ。親切だろう?」
得意げに言う男に、山垂は本日何度目かのため息を吐きだした。
「……じゃあ、ビンタは事故だったと。アンタは除霊しただけってことを言いたいと」
「何度もそう言っているだろう」
「はぁぁ~……めんどくせぇ……。わかったわかった。もう帰っていいよ」
「そうか。ああ、もし少年がまた邪悪な気配に蝕まれそうになった際はここに連絡するように言ってくれ」
男は懐から名刺入れを取り出し、そこから一枚抜き取って山垂に押し付け、足早に立ち去って行った。
「あああ待て待て、渡さないですからねーっ!……もういねぇ……」
山垂はがっくりと肩を落とし、押し付けられた名刺を見る。
『除霊師 神野ヶ原 火詠』の名と、個人宛の電話番号が記載されていた。
「除霊師ねぇ。なんかどうにも胡散臭かったが……いやヘビさん程じゃねぇか」
「山垂刑事!」
胡乱な目で名刺を見ていると、警察官がひとり、山垂の元へと駆け寄ってくる。
「おー、おつかれさん。どうした」
「山垂さん宛てに連絡が、って、あれ?事情を聞いてた方は」
「面倒だから帰した」
「ちょっと、困りますよ!勝手に帰すなんて……その名刺は?」
「ああ、話聞いてたやつが置いてったんだよ。除霊師さんだとよ」
山垂が警察官に名刺を見せる。彼は名刺を見て「ああ!」と声をあげた。
「神野ヶ原 火詠って、深夜のオカルト番組に出てた人じゃないですか」
「んぁ?そうなのか」
「心霊刑事なのに知らないんですね……。番組で公開除霊したり、瑕疵物件に行ったりしてて……そこそこ有名だったんですけど、最近は出てないみたいですね。この間『異界プレス』って雑誌に名前が載っていたような……」
「お前、そういうのに詳しいんだな」
「結構好きなもので。そうでなければ心霊刑事に関わったりしませんよ」
笑顔でそう言う警察官に悪意はないのだろう、山垂は苦笑いを返すことしかできなかった。
「で、俺に連絡がどうとか言ってなかったか?」
「ああ!そうでした。ええと、贄田さんという方から連絡がありまして、山垂刑事に折返し連絡していただきたいとか……」
「そういや病院だからって電源切ってたな……。ありがとうな。じゃ、あっちいけ」
しっしっと追い払うように手を振れば、警察官は不満そうにしながらその場を立ち去った。
山垂はひとりになると、スマートフォンの電源を入れ、電話帳から贄田の電話番号を選択し通話ボタンを押す。数回のコール音の後、通話がつながる。
「よう、ニエくん」
「残念、ヘビさんです」
「ああ、本当に残念だ」
「失礼ですねぇ。せっかく事件を解決したっていうのに」
「なにっ!でかしたぞヘビさん、早期解決じゃないか」
山垂は小さくガッツポーズし、またしばらく妙な事件が起きない限りは自分は暇になるであろうことを喜んだ。
「犯人は、原因はなんだった」
「ああ~、それなんですがねぇ、ヤマさん。いい感じに理由を作っておいてください」
「は?」
「あと、重傷者が一名出ているので、そちらもどうにかしてください。ちなみに何も覚えていないと思いますので、彼に聞いても真相は闇の中ですよ」
「おい、ちょっと」
「依頼料も半分でいいから、ってあの贄田くんが言っているんですよ。そういうことですので、失礼しますねぇ」
山垂がなにか言う前に通話は切られた。ツー、ツー、と規則的になる電子音を呆然と聞いた後、山垂は唸り、膝をつき、頭を掻きむしった。
「めんどくせぇぇぇ……」
高尾はその後無事病院に搬送された。
ショックのあまり、事件当時の記憶は失われているらしく、犯人の手掛かりはつかめなかった。
田知花、生形は未だに目を覚ましておらず、粂川は家に閉じこもり出てこなくなった。




