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十二/後



「はい、ストーップ」


 ぱん、と手を叩く音と、場違いな気の抜けた声。

 捌幡も、ユウトも、高尾も、その声がした方向へと視線を向ける。そこには何が面白いのかへらへらと笑う口縄の姿があった。その隣には、いつにも増して仏頂面の贄田もいる。


「……誰?」


 口にしたのはユウトだが、捌幡も高尾も口縄に見覚えはない。あるとしたら贄田にだけだ。


「もう一人の特別指導員の口縄先生だよ。実は贄田先生とずぶずぶの関係のね」

「違う」


 不機嫌そうに否定する贄田の事は気にせず、口縄はユウトを上から下までじっくり眺める。


「見事なものだね。想像で作り上げた人物像に魂を与えて独立させている。人工精霊作成の天才……世が世なら凄腕陰陽師だとか言われてたかもねぇ。……創造主の感情によって、今は随分と歪になっているけど」


 ゆっくりと口縄がユウトに近寄る。怪訝な表情を浮かべていたユウトだったが、口縄が手を伸ばせば届きそうな距離まで近寄ってきた途端、後ろに飛び退いた。

 ぶるり、とユウトの不安定な魂が震える。嫌な予感がする、とユウトは生まれてはじめて思った。


「本来であれば、君の役目は創造主の寂しさを埋めるためだけの存在だったんだろうね。だから彼に友人ができた際は役目がなく消えていた。けれど哀れ、君の創造主は孤立してしまった。そのうえ、激しい憎悪を抱いていた。その感情を君は請け負って戻ってきた。そうだね」

「……あのままじゃ、理人があいつらを殺してしまうと思ったんだ。だから、代わりに僕が殺すことにしたんだ」


 ユウトは捌幡に視線を向ける。捌幡はどうしたらいいのかわからないらしく、迷子の子供のような表情でユウトを見ていた。


「……僕はユウトがこんな子と友達になれたら、って想いから生まれた。あなたの言う通り、寂しさを埋める存在。顔も理想のものだから、今のお気に入りはあの人ってこと」

「贄田くんってば、罪作りなんだから」

「本当に。うっかり、理人の想いに反して傷つけるところだった」


 肩を竦め、ユウトは話を続ける。


「中学生になって、理人に友達ができてからは僕は姿を現せなくなっていた。理人の寂しさが埋まったから……。悲しかったけれど、理人が幸せならそれでいいと思ってた。なのに、あいつらが……」


 ユウトが怒りの表情を浮かべ、その姿を歪ませる。肌が黒く染まり、黒い泥のようなものが体から溢れ、それがそのまま彼にへばりついていく。黒く、大きな人影と化したユウトは、口縄を見下ろした。


「あいつらがユウトを苦しめるから。あの日、僕は『理人の代わりに憎い奴らを懲らしめる存在』になった。あいつらに死ね、消えろと理人が望むなら、僕はその通りにする。理人が躊躇うなら後押しだってした。心の底で望んでいることを叶えてあげるのも僕の役目だから」

「随分とおしゃべりだね。真相を知りたい贄田くんなんかは嬉しいだろうけど」

「だっておじさん、僕をただ止めに来たわけじゃないでしょ。おじさんはすごく嫌な感じがする。きっと、負けたら僕は消えるだろうって。だから、理人にはちゃんと僕がどんなものか伝えておかなきゃって思ってね」


 ユウトはすっかり大きくなった手で、パーツをすべて失った顔を覆う。


「ああ、嫌だ、厭だ。僕はもう理人の『理想の友達』じゃない。怪物だ。でも、それでもいい。理人が苦しまないなら。怒りと憎しみは僕に任せて、全部僕のせいにしてくれ。理人はなにも悪くないからね」


 ユウトが口縄に襲い掛かる。片手で口縄の体を掴み、もう片手を彼の首に回す。ぎちぎちと音が鳴るほど締め上げ、そのまま捩じ切ってしまいそうだ。


「あ、あ、ユ、ユウト、まって、俺そんなこと」


 やりとりを呆然と見ていた捌幡がようやく声を絞り出した。


「に、贄田先生、ど、どうし、あれ」

「……口縄は放っておいていい。ユウトも止まらないだろうな。あの感じだと、俺に憑きそうにもないし」


 贄田はそっけなく返答し、捌幡に視線を向ける。ユウトと二人で高尾を追い詰めていた時はあっただろう余裕を失い、狼狽えるばかりだ。


「俺がユウトをあんな風に……」

「……それに関しては否定しない。お前が作り上げたものだから、お前の感情に左右されるのは仕方ない。あいつが言っていたように、我慢してたらいつかお前があいつらを殺してただろうな」

「……」


 捌幡は贄田の言葉を否定できず俯く。あの日抱いた殺意は本物で、それが募れば自分の手で彼らを殺すだろうと容易に想像できてしまった。

 

「……俺、ユウトがやってくれるなら、それでいいやって思ったんです。俺が何かしたって言われるのが嫌で、怖くて、ユウトが僕のせいにしていいって言うのに乗っかって。子供の頃はともかく、今はユウトが人じゃないことも気が付いてたけど、違和感は全部理由を作って納得できるようにしてた。ユウトがいれば、憎い奴ら全員殺せるからって……」


 捌幡の手は震えていた。


「で、でも、口縄先生は関係ないし、お、俺が止めないと」

「はぁ~~、いい子だね。贄田くんも見習ってほしいよ」


 今まさに殺されようとしているとは思えないほどのんきな声がした。発したのは口縄だ。彼は顔色一つ変えずにユウトに締め上げられ続けていたらしい。


「出汁が効いてなくてそそられないが、人工的に作り上げられた霊体は珍味かもしれないしな」


 ふっとユウトの手の中から口縄が消えた。手の中の感覚が消えたユウトが慌てて口縄を探そうとするが、すぐに身動きができなくなった。

 白い体にところどころ斑のように黒い鱗がある巨大な蛇がユウトに巻き付き、その体を締め付けていた。


「締め付けとはこうするんだ」


 愉快そうに話すその声は口縄のものだ。


「…………え、え?」

「格好いいところを見せようとしたのだろうが、すまないな少年。主役は私なんだ」


 柘榴のような赤い瞳を細め、機嫌良さそうに口縄は嗤う。それから口を大きく開け、ユウトにかぶりついた。


「うぅ、うぅぅううううっっ」


 ユウトが苦悶の声をあげる。ずるずると口の中に体を引き込まれ、必死に抵抗しようと身を捩じらせているが、びくともしない。


「う、うわぁぁっ!ユウトっ!」


 捌幡は悲鳴をあげる。そして、ユウトのもとへと駆け寄ろうとするが、贄田に止められる。


「贄田先生離してっ!ユウトが!」

「……捌幡。このままユウトに復讐させていけば、お前は何かあるたびにユウトを頼るだろう。今はまだお前の中に葛藤があったから死者は出ていないけれど、もし人を死なせたら。罪悪感で壊れるか、味を占めてまた人を死なせるかになる。ここでユウトと離れるべきなんだ。だから……諦めてくれ」

「そんな、あ、あの蛇はなんなのっ」

「……。……俺の神様」


 渋々と贄田は言った。あの蛇を、口縄を一言で表す言葉がそれしか見当たらなかったからだ。


「かみさま……?」

「……俺が理不尽な暴力から逃げて縋った先。俺の人生最大の失敗だよ」


 贄田は静かに目を閉じた。










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