十
神去にはいくつか大きな総合病院がある。その中でも特に評判がいいのが『天国坂総合病院』だ。院長である天国坂 昇を筆頭に、各専門の医療従事者が集まっている。
その天国坂総合病院に、田知花、そして生形は入院している。
事前に手続きは済ませてあったらしく、受付で山垂が身分とそれを証明するものを提示すればすんなりと面会の許可が下りた。
田知花が入院している病室は三階にあった。口縄は廊下ですれ違う青白い顔の人間や、松葉杖をついて歩く人間、それから彷徨っている霊を興味なさげに一瞥する。
(ああ、まったくそそられない。やはり、あれを介したものの味を知っているからだな)
と、今頃一人で奮闘しているであろう贄田のことを考えていた。
「ほらよ、着いたぜヘビさん」
山垂が足を止めたのは、十号室の前だった。部屋の番号が書かれたプレートの下に、「田知花 壮真」の名前がある。この病室は個室のようだ。
「よーし誰もいねぇな。こいつの両親、随分とまぁいい態度を取るんだよ。大事な息子ちゃんをこんな目に遭わせた犯人を捕まえろーってさ。気持ちはわかるがねぇ……。あの手の奴とヘビさんが顔合わせたら、絶対余計なこと言って怒らせると思うんだよな」
ぶつぶつと言いながら入っていく山垂に続き、口縄も少し屈んで病室に入る。
清潔な白いベッドの上に、田知花が寝かされていた。目は開いているのだが、視線はぼんやりとしていて天井から動かない。口は半開きで、表情も虚ろだ。山垂と口縄が入ってきたと言うのに、一切反応を示さない。そして、彼の首。そこにはどす黒い痣があった。首をぐるりと一周囲んでいるそれは、確かに巨大な手で付けられたように見えた。
「ははぁ、これはこれは」
口縄は少し、興味深そうにその痣を見た。
「何かわかることがあるかい」
「もちろんもちろん。感じますねぇ、これは恨みの念を感じますよ。呪いと言ってもいい」
「おお、すごいな。ヘビさんが言うと胡散臭く感じるぜ」
「失礼な。本当ですよ。今も絞め殺してやろうと渦巻いているかのようですよ」
口縄の目には、その痣に纏わりつく黒いうねりが見えていた。
「はぁ、俺にはサッパリわからんね」
山垂は見舞客用の椅子にどっかりと座った。
「ヤマさんは呪われても平気そうですよねぇ」
「おう。そもそも自分が呪われると思ってないからな」
「いい心構えですね。呪いは相手が呪いだと認識することで強まるものですから。不幸なことが起きて、これは呪いのせいだと思えば、その後に起きることすべてが呪いのせいだと感じたり。お前を呪っていると言われれば、身に何か災いが降りかかるかもと心をすり減らしたり。呪う気がなくても何気ない一言が相手の心に刺さり、それが呪いに成ったり。呪われた相手の心次第、ってものがほとんどなんですが……」
口縄はベッドに横たわる田知花を見下ろす。
「これは物理的に干渉されていますからねぇ。禍をもたらすものを使役しているのか、なんなのか……」
顎に手を当て、病室内をうろつく口縄と、飽きてきたのか段々と舟を漕ぎ始める山垂。
その時、山垂のポケットの中に入っていたスマートフォンが振動する。ほとんど意識を飛ばしかけていた山垂は体を大きく跳ねさせた。
「お、おおっ。……俺だ、どうしたよ」
慌ててスマートフォンを取り出し、発信者を確認した後に通話ボタンを押す。しばらく相槌を打って話を聞いていた山垂だが、段々と怪訝な表情になっていく。
「ああ?……わかった、とりあえず向かう」
「おや、何かありましたかね」
「ヘビさんも来いよ。田知花のグループのうちの一人、街中でぶっ倒れたってんで、今からここに運ばれて来るってよ」
「あらま。展開が早くなってきましたねぇ」
「幸い意識はあるらしいんだがな。動けねぇ上に錯乱しているらしい。話がきけりゃいいが……」
深くため息を吐き、「なんでこう忙しくなるかね……」とぼやく山垂を追って、口縄は病室を後にした。




