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 贄田と別れた捌幡がとぼとぼと教室に戻ると、床に散らばったはずの教科書が綺麗にまとめられ、机の上に置かれていた。鞄も椅子の上に乗せられている。誰かが片付けてくれたらしい。


(誰だろう。お礼、したいけど、直接関わりたくはないんだろうな)


 ふ、と自嘲的するような薄笑いを浮かべる。それから捌幡は鞄に教科書を詰め、今度こそ帰り支度を終わらせる。


(ユウト、待ってるかな。それとも帰っちゃったかな。連絡先交換しておけばよかった……。約束破って、嫌われたらどうしよう……)


 じわじわと焦りと不安が募り、目尻に涙が浮かんでくる。


「理人」


 名前を呼ばれ、捌幡は顔をあげる。いつの間にか、机を挟んだ向かい側にユウトが立っていて、微笑んでいた。


「ユウト!あ、あの、ごめん、待たせて」

「大丈夫だよ。理人のことならいくらでも待てるから。でも、どうしたの?何かあった?」

「……えと……」


 捌幡は視線を彷徨わせる。久しぶりに再会した親友に、今の自分の状況を話すべきなのか。いじめられていると知ったら彼がどんな反応をするのか。 


「……ちょっと、部活のことで話しに行かなきゃいけないことがあって。ごめんね、何も言ってなくて」


 結局捌幡は嘘をつくことを選択した。もし、ユウトに厄介だと思われ離れられたら、と想像しただけで恐ろしくなってしまったからだ。

 そんな捌幡を、ユウトは真っ黒な瞳でじっと見つめる。なにもかも見抜いているようなその目に、捌幡は耐えられず俯いた。


「理人。こっちを見て」


 優しい声で言われ、捌幡はゆっくりとユウトを見る。

 窓から差し込む夕日に照らされいるはずなのに、ユウトの瞳には一切光が差しておらず、暗闇のようだった。ぐる、とその瞳の中で何かが渦巻いたように見えて、捌幡はそこから目を離せなくなる。


「理人の事信じるから、話してみてくれないかな」


 先ほど贄田にそう言われたように、そうされたように。こちらに視線を合わせ、微笑むユウトに捌幡は心臓の鼓動が早まるのを感じた。


(ユウトって、こんな顔だったけ……)


 ユウトはどことなく贄田に似ている気がしてきた。目元だろうか、口元だろうか、全てだろうか。とにかく似ていると、そう思った。


「……うん。ごめん、俺嘘ついた。本当は、俺、いじめられてて、さっきもいじめてくる奴らに呼び出されてて……っ、ずっと、俺……!」

「辛かったね、理人。そいつらの事は許せないね」

「そいつらだけじゃない、助けてくれない先生も、見ないふりする奴らも……」


 捌幡の頭の中で、様々な人間の顔が浮かぶ。いじめグループの田知花達、助けを求めた際に無視をした教師、目を逸らすクラスメイト達。


「理人、怒っていいし憎んでいいんだよ。理人を傷つけたんだから、ね?毎日、毎日辛い思いをして……このままじゃ理人が壊れちゃうよ。だから」


 ユウトが捌幡の耳元にそっと顔を寄せる。


「思い出してごらんよ。あの日、あいつらに向けた感情を」


 優しく甘いユウトの声は、捌幡の脳に溶けていく。それと同時に、贄田の言葉を思い出した。


『理不尽な暴力や言葉に耐える必要はない』


 捌幡は唇を噛み締める。二人の言葉が、捌幡の背中を押した。


(……死ね)


 あの日、屋上で田知花が謎の存在に首を絞められ苦しんでいる姿を見た時。恐怖や困惑以外にも捌幡の心臓に早鐘を打たせた感情があった。

 自分を苦しめる存在が苦しんでいることへの、喜びだ。


(死ね!消えろ!)


 心では憎しみを渦巻かせながらも、捌幡の口元には笑みがあった。


「理人、ああ、よかった。ちゃんと君がそう思ってくれて」


 ユウトがそんな捌幡を抱きしめる。その顔を喜悦に染めて。


「今度はあの日みたいに止めないでね」







ーーーーー



「……くそっ」


 時刻は午後八時四十二分。すっかり暗くなり、街灯が照らす道を悪態をつきながらひとりで歩くのは生形だ。

 ここ数日、彼は機嫌が悪い。それは友人の粂川と高尾も同じだった。

 はじまりは、彼らのリーダー的存在だった田知花が何故か突然苦しみ、入院したことだ。訳のわからない現象が起き、パニックに陥っている間に田知花は病院に運ばれ、彼らは警察に事情聴取をされることとなった。目の前で起きたことを話しても不審に思われ、屋上で何をしていたか問われどうにか誤魔化そうと必死になり。捌幡が余計な話をしていないか警戒し。

 数日ぶりに登校し、憂さ晴らしと問い詰める目的で捌幡を連れ出せば、特別指導員の贄田という男に邪魔された。

 何もかもが気に入らない。あの後粂川らとゲームセンターに寄るなどしたが、一向に腹立たしさはおさまらなかった。


(なんだってこんな目に遭わなきゃならねぇンだよ。捌幡の野郎、明日会ったら……)


 ぶん殴ってやる。そう考えながらこぶしを握り締めた時だった。


「そんな考えだから酷い目に遭うんだよ」


 耳元で、知らない声で言われた。

 とっさに振り向こうとしたが、どん、と背中を強く押され、生形の体は車道に転がり落ちた。

 車のライトが、すぐ近くで生形を照らす。

 あ、と思った時にはもう遅く。強い衝撃と、宙に浮く感覚、それから最後に地面に叩きつけられる音。

 全身の痛みと、霞んでいく視界。生形が最後に見たのは、車から慌てて降りてくるクラスの担任教師の姿だった。







いつも読んでくださりありがとうございます。

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