七
「要するに我々の活動は、タルパの作成、及び交流を目的としているのです!」
贄田が宇宙創造会で箱宇宙を見たり、捌幡を救助している最中。口縄は精神世界交流部部長から熱心な説明を受けてた。
「タルパは、神秘主義や超常現象の概念で、精神的な力によって作り出された存在や物体を指しています」
「へー」
「タルパは作成者とは別の思考や感情、人格を持つとされますね。瞑想や集中を通じて意図的に作成される場合もあれば、偶発的に生まれることもあるのです!」
「ほー」
「我々はタルパの作成と交流の技術を学び、瞑想やイメージトレーニングを通じて精神世界を探求する活動をしているのです。精神世界に関する文献や神話を研究し、創造的なアイデアを共有することでより深く、そして具体的にタルパを――」
「ほへー」
「タルパ交流会や――をして――からの――精神世界――タルパマスター――かわいい――を――で――」
「はみゃー」
徐々に相槌は適当になっていくが、それでも構わず部長は話を続ける。ちなみにノンストップで一時間以上話しているのだが、ペースは衰えない。
口縄は話を聞き流しながら大きくあくびをし、部室内を見回した。
部室は静かで落ち着いた空間――今は部長の演説が響いているが――だ。壁には星空や幻想的な風景のポスターが貼られている。
瞑想用のものらしいクッションやキャンドルが置かれ、精神世界に没入しやすい環境が整えられているようだ。実際そちらでは何名かの部員が瞑想している。
「――ということですので!口縄先生もぜひ今から瞑想を!」
「今日は忙しいからまた今度ね」
「わかりました!」
口縄は片手をひらひらと振りながら、精神世界交流部の部室を後にした。
「さぁて、どこで油を売ろうかね」
「何を堂々と宣言しているんだ」
「あらやだ贄田くん」
口縄の背後から、贄田が眉間の皺をいつも以上に深くしながら近付いてきていた。彼の背後に憑りついているいる霊は口縄と別れた時より増えている。
「おつかれさま。何かいい情報はあったかな?」
「……色々と。お前はどうせ何もないだろ」
「失礼な。精神世界交流部でありがたいお話を聞いたんだからね。タルトがどうとか」
「もういい。俺の方は捌幡理人と接触して話を聞く事ができたから。……あっちで教える」
贄田は人気のない廊下の端に口縄を誘導し、先ほどの出来事を話す。
口縄は顎を手で擦りながら話を聞き、納得したように呟いた。
「いたいけな思春期の男子を惑わしたわけだ。この魔性」
「黙れ。どうしてそうなる」
「会話しているときのお前の表情を想像した結果だよ」
「憶測で人を魔性呼ばわりするな。……あと、特に捌幡には何も憑いていなかった。呪具を持っている気配もしなかったし。絡んでいた奴らもだ。憑かれていたり呪われていたりはしない。ただ……」
「ただ、なんだい?」
「捌幡は嘘は言っていないけど、隠し事はしていると思う。黒い人影のことで、俺に話していない何かが」
贄田は話をしている最中の捌幡の様子を思い出す。黒い人影が捌幡に話しかけたり、何かしたりしなかったか問いかけた時、捌幡は目を泳がせながら「なにも」と答えた。明らかに動揺していたため、贄田はまだなにかあるのだろうと確信していた。
「問い詰めればよかったじゃないか」
「……無理に聞き出せば信頼を失うかと思って」
「あはは、可哀そうだっただけでしょ。理不尽にいたぶられる子供がさ。だから優しく接しちゃったりしてさ」
贄田はぐっと言葉に詰まる。腹が立つ物言いだが、図星であるため反論はしない。口縄が煽るような発言をするのはいつものことであり、その上口縄自身には煽る気も悪意もない。だから、本気で腹を立てても仕方ないことを贄田は知っている。
「次はちゃんと聞きだすんだよ。僕が聞いてもいいけどさ」
「お前に頼むくらいなら俺が聞く」
「それならいいけど。じゃあもう少し校内の見回りでもして帰ろうか。それまでは、その状態で我慢してね」
その状態、とは贄田の背に憑いている霊のことだ。
「今ここで食ってもいいけど」
贄田の腰を抱き寄せ、先が裂けた舌で贄田の項――正確には背後に憑りつき、項付近まで侵食している霊――を舐める。
贄田はかっと白い肌を赤くし、反射的に腕を振りかぶって口縄に殴りかかるが、口縄はそれをひょいと避ける。
「こんな、ところで、やめろっ」
「ごめんごめん、空腹でね、つい」
「……事務所に帰ったら好きなだけ食っていいから今は我慢しろ」
「好きなだけ!へぇ、好きなだけね。好きなだけ」
「待て、今のは無しだ。待ってくれ」
口の端を限界まで上げて笑う口縄を見た贄田は、自分の迂闊な発言を即座に後悔したが取り消しを受け入れられることはなく。その後悔を引きずったまま調査を続けることとなった。




