五
放課後。部活動に向かう生徒や、帰宅する生徒、用事は特にないが残っている生徒が行き交う廊下を、口縄と贄田は歩いていた。
外部指導員が来ているという話は、生徒たちは知っている。興味深そうに視線を向けたり、だらしない格好の口縄に不審なものを見る目をしたり、彫刻のような顔立ちの贄田に頬を赤らめる生徒がいたりと、反応は様々だ。
二人はそんな生徒たちの様子を気にすることなく、周囲に聞こえないように小声で会話していた。
「俺は宇宙創造会、お前は精神世界交流部の担当だ。一応、顔だけ出しておけばいいだろ。それから校内を調査するぞ」
「そうだねぇ。とりあえず、周りをよく見ておきなさい贄田くん。いつ、どこで何が出るかわからないからね」
「……わかった」
贄田は痛みに少しだけ目を細めた。その瞳には僅かに赤色が滲んでいる。
「別れて行動することもあるだろうからねぇ。見えていた方がいいでしょ」
小さく頷いて、贄田は悍ましい視界を受け入れた。
贄田の目には、たいして害のない不幽霊から、触れるべきでない異形まで見えている。それらは、贄田が受け入れるのを、こちらを見るのを待ちわびていた。
「学校ってさ。怪談話がよく生まれるから色々と集まっているみたいだね。でも、人に直接手を出せるほど力がある奴は見当たらないね」
「……そうだな」
「あらら、そんな俯いちゃって。大丈夫だよ、何かあった時は助けてあげるからね」
嬉しそうに笑う口縄は、まるで贄田が怯え、苦しんでいる様子を楽しんでいるかのようだった。
「さっさと解決して、視界を閉じてくれ。あまり長くこの状態でいたくない」
「わかってるよぉ。それじゃ、またあとでね」
話しているうちに、部室棟へとたどり着いていたらしい。口縄はひらひらと手を振り、『精神世界交流部』と手書きされた紙が扉に張り付けられている部屋に入っていく。それを見送り、贄田も宇宙創造会の部室へ向かい、ノックして入室した。
「ようこそ、宇宙創造会へ!」
贄田を迎え入れたのは、鳥の巣だった。否、鳥の巣のような頭をした男子生徒だった。黒い髪は見事な天然パーマで、美容師も匙を投げてしまうのではないかと思うほどだ。肌は褐色で、そばかすがあった。顔半分を覆うほどの大きな、どこで買ったのか疑問に思うような瓶底眼鏡をかけ、詰襟の上には白衣を羽織っている。
「……外部指導員の方ですよね?」
ついその頭をまじまじと見つめ、無言になった贄田に鳥の巣少年は不安そうに声をかける。贄田はそれで我に返り、肯定するように頷いた。
「ああ、合ってる。贄田だ」
「贄田先生!よろしくお願いします!ボクは二年部長の千野です」
「千野か。よろしく。……他の部員や顧問は?」
「他の部員のうち一人は創設以来きていません。もう一人は最近来てなくて……。顧問は兼任でして、メインの方のサッカー部にかかりきりですね」
「だから活動しているのはボク一人なんですよ」と笑う千野に、それでいいのかと問いかけそうになったが、本人が特に気にしていなそうな様子のため贄田は口を噤んだ。
「あ、どうぞどうぞお入りください!」
「悪いが今日は顔を見せに来ただけ――」
「久しぶりに部室にボク以外の人がいる!なんて嬉しいんだろう」
「……少しだけ見ていく」
千野にバレないように小さくため息を吐き、贄田は宇宙創造会の部室に足を踏み入れる。
部室内は薄暗い。中央に机が一つ置いてあって、その上には家庭用の小さなプラネタリウム投影機が鎮座している。壁際には棚があって、そこにはずらりと手のひらサイズの箱が並んでいた。
「この箱は?」
「ああ、宇宙です」
「ん、ん?」
「ごめんなさい、言葉を省きすぎました……。えっと、その箱の中に小さな宇宙を作っているんです。惑星の模型を入れたり、箱の中に光源を仕込んで星空を再現したり。箱庭の宇宙バージョンって言えばいいんでしょうか。見てもらった方が早いと思います」
そう言って千野は箱をひとつ手に取り、贄田に渡す。箱は蓋がされていて、丸い穴がひとつ開けられている。そこから中を覗くようだ。
「下のスイッチを入れて見てみてください」
箱の底にはスイッチがある。そこを押して中を覗くと、そこには手作りらしい小さな惑星と、二重壁の中に仕込まれている豆電球の光によって作られた星が煌いていた。
「……綺麗だな」
「でしょう?ひとつひとつ中身が違うんですよ!こっちも見てください!これと、これも……」
次々と棚から箱を取って渡してくる千野に、つい断れず贄田は箱宇宙を覗いていく。最後に渡されたものは作りかけなのか、細部にこだわりは見えるがスイッチを押しても光らなかったり、塗装が一部されていない。
「あ!すみません!それ、来てない部員の作りかけのやつでした……」
「ああ、そうなのか」
「それ、結構こだわって作っていたみたいだから、完成を楽しみにしていたんですけどね。学年も違うし中々様子を見に行くこともできなくて」
「……それなら、俺から声をかけてもいい。一応、特別指導員だし。どこのどいつだ」
「一年の㭭幡くんです。㭭幡理人くん」
㭭幡理人。彼は宇宙創造会の部員だったらしい。都合がいい、と贄田は内心考えた。彼と接触する理由ができたからだ。
「……わかった。じゃあ、話しておくから。……見せてくれてありがとうな。また来る。多分」
「はい!よろしくお願いします!」
贄田が部室から出ようとすると、今度は引き止められることなく見送られる。千野は贄田が出て行った扉が閉まるまで手を振っていたが、やがてぽつりと呟く。
「……㭭幡くんのこと、頼みますね」
宇宙創造会の部室を後にした贄田は、薄暗い空間からまだ日が差し込んで明るい廊下に出たため何度か目を瞬かせる。それから、窓の外に目を向ける。ちょうど、部室棟と校舎を繋ぐ渡り廊下を生徒が歩いているのが見えた。
捌幡と、それを取り囲むようにして歩く三人の男子生徒だった。吉澤から見せられた資料に載っていた、あの生徒たちだ。
捌幡は暗い顔をし、小さく抵抗しているようにも見える。
嫌な予感がし、贄田はその生徒たちを追うため走り出した。
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