三
捌幡は憂鬱な気持ちで通学路を歩いていた。
数日前、屋上で起きた事件。救急車や警察を呼ぶ事態に発展し、捌幡も事情を聞かれたが、自分が見た光景が信じられず少し嘘をついてしまった。田知花の首を絞めた異形の存在は伏せ、突然首を絞められたようになって倒れた、と。また、なぜ屋上にいたか問われ、つい今まで田知花たちにされていた所業を溢せば、同情するような視線を向けられた後、特に何事もなく解放された。
他の生徒も事情を聞かれているだろうが、どんな話をしたかはわからない。ただ、自分がすんなり解放されたことから、何か疑われているようなことはないのだろう。捌幡はそう考えた。
事情を聞かれている最中は学校を休んでいたため、今日は数日ぶりの登校なのだが、その足取りは重い。
捌幡をいじめている他の生徒たちも戻ってくるだろう、しかし、登校を拒否し家にいれば母親から嫌味を言われてしまう。仕方なく、捌幡は学校に行く選択を取るしかなかった。
「……理人」
懐かしい、そう感じる声で下の名前を呼ばれ、捌幡は足を止めた。
ゆっくりと声がしたほうへ視線を向ければ、そこには一人の男子生徒が立っていた。
捌幡と同じだが、まだ新品そうな詰襟の制服に身を包んだ、長身の生徒。髪は真っ黒で、短く切り揃えられている。吊り気味の涼し気な目元をしていて、瞳は髪と同じく真っ黒だった。
彼は、捌幡と目が合うと美しい顔に人懐っこそうな笑みを浮かべる。その顔に、捌幡は幼いころの友人の面影を感じ取った。
「ユウちゃん……?」
懐かしい名を呼んだ。彼は肯定するように頷き、嬉しそうに話しかけてきた。
「久しぶり、何年ぶりだろうね」
「ほんとだよ……!急にいなくなったから、俺悲しくて……」
「ごめん。でも、戻ってきたんだ」
「その制服、うちの学校のだよね。もしかして、通うの?」
「うん。今日から一緒にいられるよ」
かつての友人の言葉に、捌幡は目に涙を溜めてしまう。
ゆうちゃん――ユウトとは、よく近所の公園で遊んでいた。小学生のころ、母親の仕事が終わるまで家に入れないため、外の公園で一人で遊んでいた時に出会ったのが彼だった。はじめての友達であるユウトとは毎日のように遊んでいたのだが、中学に上がってからは他にも友人ができて、公園に行く頻度も減っていた。
そして、ある日を境にユウトとは会えなくなってしまった。
別れの挨拶もできなかった事をひどく後悔し、会えないことを寂しく思っていたのだが、こうして再開できた。
「ユウちゃ……いや、なんか子供っぽいな……。ユウト。また会えて嬉しいよ」
「ユウちゃんでもいいのに。……ふふ、喜んでもらえて嬉しい。嫌われてないか不安だったから」
くすくす、と笑うユウトに、捌幡は自分の頬が赤くなるのを感じた。
幼いころはかわいらしい容姿をしていたが、今は美しくなっている。背も伸びているし、自分とは正反対だ、と捌幡は思った。それでも、友人である事実は変わらない。
「嫌わないよ。俺の大事な友達なんだから」
そう言えば、より嬉しそうに笑うユウトに捌幡も満たされるのを感じた。
「理人、学校はどう?いいところ?」
「え、あー……」
ユウトの問いに、捌幡は少し言葉に詰まった。正直に言えば、最悪な場所だ。しかし、再会したばかりで、しかも今日から同じ学校に通うユウトにネガティブな話をしたくなくて。理人は少し考えた後に答える。
「いいところ、だよ。ユウトと通えるから、もっといいところになるかも」
「……そう。……ねぇ、理人。僕は何があっても君の味方だからね。忘れないで」
黒い瞳でじっと見つめられ、捌幡は見透かされているような気がして居心地の悪さを感じた。
もし、見抜かれていたら。知られていたら。恥ずかしいと思った。
「理人……。行こうか。遅れちゃうよ」
俯きかけていた捌幡の背を軽く叩き、ユウトは歩き出す。捌幡は少し後ろを追いかけるように歩いた。
教室は、いつもより静かだった。詳細は伏せられていても、クラスで最も目立つグループのリーダーである田知花が救急車で運ばれたことや、同じグループの生徒と、そこに属する生徒にいじめを受けている捌幡が数日休んだこと。それらが様々な憶測を呼び、教室には重苦しい空気が流れている。
捌幡はユウトと再会できたおかげで明るくなった気持ちが、また沈んでいくのを感じた。そのうえユウトは違うクラスらしく、途中で別れてしまったのだ。
ひそひそと囁かれるのは、捌幡がついに田知花に反撃した、だの、田知花のグループが仲間割れした、だの憶測ばかりだ。
同じように今日から登校し始めた田知花の友人たちは、苛立ちや不安、気まずさ、それぞれ複雑そうな表情をしながらも教室の一角に集まっており、捌幡を睨みつけていた。
(うう、いやだ、いやだ……。ユウト……)
自身の席で体を丸め、できるだけ小さくなりながら、この空気を耐えるしかなかった。
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