一※いじめ表現有
のろえ のろえ
つよくのろえ
しね!きえろ!
S区神去市神去学園高等学校。
それなりの進学校であるこの高校の、普通科第一学年三組の教室。
昼休みの突入したばかりの教室内は賑やかに騒めいていて、教室内で昼食をとる生徒が集まったり、これから学食へ向かおうとしている生徒が交差していた。
そんな中、一人の小柄な男子生徒が、猫背になりながら静かに教室を出ようとしていた。
こげ茶色の髪はうねりの強いくせ毛で、適当に切っているのか長さが所々で違う。眉は困ったようにさがり、その下の茶色い目は自信なさげにあちらこちらを見ている。
教室から出る直前、その生徒を、制服を着崩したり、髪を脱色したりしている何人かの男子生徒が囲んだ。
「どこ行くんだよ捌幡ぁ」
肩を勝手に組まれ、捌幡と呼ばれたその生徒の体がびくりと揺れた。
「一人で飯食いに行こうっての?寂しいじゃん、俺らと一緒に食おうぜ?」
「そうそう、お前好きだろ、屋上。俺らも行きたいなぁ」
「や、あ、あの、屋上とか、別に」
「声ちっちゃ。いいから行くぞ」
ぐい、と体を引っ張られ、ろくな抵抗もできずに教室から引きずり出される。助けを求めるために周囲を見ても、誰もが目を逸らすか、はじめからこちらを見ていない。
連れていかれる途中、担任の教師とすれ違い、小さな声で助けを求め、視線でも訴えたが無視するかのようにそのまま通り過ぎて行った。
いつからこの状況がはじまったのか、入学した当初は友人もできて、特に問題なく過ごしていた。
だというのに、半年を過ぎたころ。ぶつかったから、だとか、むかついたから、とか。特に大きな理由もなく派手なグループの人間に目を付けられ、嫌がらせを受けはじめた。友人たちも徐々に離れていき、いつの間にか一人になり。
母子家庭で、日々仕事に忙しい上に、自分に関心のない母には相談できず、捌幡は日々追い詰められていた。
嫌だ、嫌だと思ううちに屋上へと続く扉の前まで辿り着いていた。扉が開けられると、捌幡は突き飛ばされ、冷たい屋上の床に体を投げ出すこととなる。
「い、い、たい……」
「どんくせー。なに転んでんだよ」
「捌幡くんは運動音痴だなー」
笑いながら、男子生徒たちは倒れている捌幡を囲む。捌幡は体を丸め、これから来るであろう衝撃に備える。すると、案の定背中を蹴られ、鈍い痛みが体に響く。頭上からは不快な笑い声と罵声が降り注ぎ、痛む個所は増えていく。
(どうして、こんなことされなきゃならないんだ)
ぐるぐると渦巻くのは、この理不尽な状況と、彼らへの恨み。
(なんで、なんで、なんで、なんで)
捌幡の陰鬱な瞳が、憎悪に濁っていく。
(……死ね)
憎悪は、すぐに殺意に変わった。
強く、強く願った。
理不尽に暴力を振るってくる彼らの死を。
(死ね!消えろ!)
「――うわぁ!」
悲鳴が上がった。
それは、捌幡を蹴っていた男子生徒の一人から発せられたもので、捌幡は痛みに耐えながらのろのろとそちらに視線を向けた。
――男子生徒が、宙に浮いている。
他の生徒もぽかんと口を開けてその異常な現象を見ていて、捌幡への暴力は止まった。
(……なんだ、あれ)
捌幡の視線は浮いてる生徒から、そのすぐ横へと移動した。なぜなら、彼が何者かに掴まれているのが見えたからだ。
異様なまでに背が高いそれは、人に似た形をしているが、全身が真っ黒に染められていて、顔の部分はぐるぐると渦巻いていた。長い手足を持っていて、その片腕で男子生徒を持ち上げている。
「なんだっ、なんだよこれ!」
「た、たすけてくれ、なんかに掴まれてるっ!」
どうやらそれは、彼らには見えていないようだ。
持ち上げられている生徒は手足をばたつかせ、藻掻いている。だが一向に降ろされる様子はなく、段々と泣きそうな表情になっている。
捌幡は、それと目が合った気がした。瞳が存在しないはずなのに、それがこちらを見て、「どうする」と訊いてきているような、そんな気が。
「……殺せ」
蚊の鳴くような声で呟いたその言葉は、ほとんど無意識に発せられたものだった。
それは了承したのか、小さく体を揺らし、もう片方の手を男子生徒の首にかけた。長い指は、簡単に首を一周するほどあり、徐々に力を込めているのか、男子生徒は苦しそうな声を上げ始める。
「が、ぅ、……っく、くるし、い、たすけ……」
顔色がどんどん赤くなり、口の端から涎と泡を溢す。他の生徒は恐慌状態にあるのか慌てるばかりで、助け出そうとする者はいない。
死ぬ、あいつは死ぬんだ。そう自覚した瞬間、捌幡は恐ろしくなった。
「や、やめてくれ」
我に返り絞り出したその言葉と同時に、男子生徒の体が地面に落とされる。白目を剥き、失禁して脱力しているが、息はあるようだ。
黒い存在は捌幡の方をじいっと見つめた後、その姿を消した。




