一
鈴虫の鳴き声が響く夜。ガサガサと背の高い草をかき分けながら少年が歩いていた。
肌寒くなってきたと言うのに半袖と半ズボンを身に着けていて、そのどちらもうたびれて薄汚れていた。露出している手足は草のせいで小さな切り傷がいくつもできている。それでも構わず少年は進み続ける。
しばらくして、一本の大木の前にたどり着く。大木には今にも千切れそうな注連縄が巻かれ、その根元にはボロボロになった木造の祠がある。
少年はポケットから少し潰れた饅頭を出し、祠の前に置いて手を合わせた。
「かみさま、かみさま。たすけてください」
泣き出してしまいそうな声で祈る。
「おねがいします。かみさま。たすけてください」
何度も、何度も助けを乞う。頭を下げ、手を擦り合わせ。
ギィ、と音を立て、祠の扉が開いた。少年が手を触れたわけでも、風が強く吹いたわけでもなく、ひとりでに、勝手にだ。
祠の中には木箱が一つ収められている。
――それをとってごらん。ただし、あけてはいけないよ
耳元で何者かに囁かれた。男なのか、女なのか、それはわからない謎の声だった。少年はあたりを見回すが、人の気配は全くない。
戸惑いながらも目の前の箱にそっと触れ、恐る恐る取り出す。
――そう、それでいい。おまえのことをたすけてあげようね
――そのかわり、おまえはわたしのものにならないといけないよ。やくそくできるかい?
少年は誰かに優しく頭を撫でられているような気がした。久しぶりのその感覚に目を細め、箱を抱きしめる。
「うん。やくそくする」
辺りが静まり返った。先ほどまで鳴いていたはずの鈴虫は一斉に鳴くのをやめ、そよぐ風で騒めいていた草木も沈黙している。
――いいこだ
音が戻ってくる。
大木の前には誰もいない。ただ、空っぽになった古びた祠だけが残されていた。