7 削除エラーエネミー
【削除エラーエネミーとの対峙】
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——ザザザ……ガッ……ッ!
削除エラーエネミーは不規則に動きながら、異常な軌道でこちらへ向かってきた。
その輪郭は揺らぎ、まるで"存在そのものが安定していない"かのようだ。
体が定まらず、部分的に透過し、時折ブレるように形を変える。
それは、ゲームのエネミーとは思えない、"この世界に適合していない異物"だった。
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【異常な挙動】
「おいおいおい、動きが不安定すぎるだろ!! どこ狙えば当たるんだよ!?」
エコーが焦ったように叫ぶ。
探偵は短剣を握り、敵の不規則な動きを"パターン"として観察する。
完全なランダムではない。
"ズレ"ながらも、どこか法則性がある。
(つまり、こいつは"ゲームの通常の動作とは違うルール"で動いている……)
削除データである以上、プログラムの制御を受けず、通常の敵AIとは異なる挙動をしているのかもしれない。
だが、それなら逆に——
"何らかの安定した挙動"があるはずだ。
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【初撃】
敵が突進しようとした瞬間、探偵は一瞬で動いた。
《クイックステップ》——回避!
不安定な軌道を見切り、敵の攻撃をギリギリでかわす。
だが、動きを読んでカウンターを狙おうとした瞬間、短剣を握る指先に一抹の違和感が走った。
(……妙だな。)
敵の"輪郭"が安定しないせいで、"狙うべき実体"がない。
探偵は素早く短剣を振るい、敵の中心に向かって斬りつける——
——しかし、何もない空間を切り裂いただけだった。
短剣は、まるで"すり抜ける"かのように手応えを感じなかった。
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【攻撃が通らない】
「……っ、やるじゃねぇか!! でも、倒せるのかよ!?」
エコーが、探偵の攻撃が空振りしたのを見て叫ぶ。
探偵は瞬時に分析する。
この敵には"通常のダメージ判定"が適用されていない。
つまり、適当に攻撃しても当たらない。
ならば——
「試してみるさ。」
——《ピンポイント・スラッシュ》発動。
探偵は敵の"安定している部位"を瞬時に見極め、短剣を突き立てる。
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【クリティカルヒット】
短剣の刃が、敵の"ズレ"の中にある一瞬の安定した瞬間を狙って突き込まれる。
——グッ……!!!
一瞬だけ、敵の形が"固定"される。
その刹那、ノイズが広がるような衝撃が周囲に響いた。
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《クリティカルヒット!》
《GLITCHED ENTITY HP -???》
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敵が大きくのけぞる。
その瞬間だけ、まるで"通常のゲームのダメージ判定"が適用されたかのようにHPが削れた。
「おっ、おいおい!? ダメージ通るのかよ!!!」
エコーが驚いたように叫ぶ。
探偵は冷静に短剣を引き抜く。
「"存在している"以上、干渉できるということだろ。」
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【決着】
敵の動きは、すでに不安定さを増していた。
ノイズがより激しく走り、時折、"存在そのものが消えかける"ような瞬間がある。
探偵は《フェイント》を使い、敵の攻撃のタイミングをずらす。
そこに、最後の一撃を打ち込む。
——《ピンポイント・スラッシュ》発動!
短剣の刃が再び閃き、不安定なデータの"核"に突き込まれる。
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《クリティカルヒット!》
《GLITCHED ENTITY HP -???》
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敵の輪郭が崩れ始め、ノイズが大きく広がる。
「……おおおお!? なんか、ヤバそうな感じになってきたぞ!!?」
エコーの警告を背中に受けながら、探偵は最後の一撃を放つ。
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——《クリティカルヒット!》
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削除エラーエネミーの輪郭が一気に崩壊する。
——ザザザ……ザッ……!!!
"データの乱流"とともに、異常な存在は完全に消滅した。
ノイズが消え、水面のゆらぎも元に戻る。
やがて、静寂が訪れた。
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【エコーのリアクション】
エコーは、しばらく硬直したまま探偵を見つめていた。
「……」
「……おい。」
「……」
「お前、マジで何者?」
「探偵だが?」
「いやいやいや、そういうことじゃねぇだろ!!!!」
エコーは頭を抱え、宙をぐるぐる回る。
「普通、こんな未知の敵と遭遇したらビビるだろ!? なんでお前、平然と倒してんの!?!?」
「勝てると判断したから戦っただけだ。」
「お前、マジで"ゲーム"の概念がズレてるよなぁぁぁ!!!??」
エコーの叫びが虚空に響く中、探偵は静かに短剣を収め、"消えてしまったはずの敵"の消滅した跡を見つめた。
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【削除エラーエネミー:探偵の考察】
静寂が訪れた。
削除エラーエネミーが消滅し、周囲のノイズも消え去った後、遺跡の空間には探偵とエコーの二人だけが残されていた。
削除されたデータの名残とも言えるこの場所に、本来"いないはずの敵"が現れ、そして消えた。
探偵は、その消えた空間をじっと見つめながら、静かに短剣を握り直した。
——今の戦いで感じた"違和感"。
通常のエネミーとは、決定的に違う感触があった。
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【攻撃の手応えの違い】
短剣を突き込んだ際、通常攻撃では**"手応えがなかった"**。
まるで、何か"柔らかい靄のようなもの"を貫いたかのように、刃が通るのに抵抗がない。
それは、実体のないものを斬ろうとした時のような、"空振り"に近い感触だった。
しかし——
クリティカルヒットが発生した時だけ、明確な"硬質な感触"があった。
刃が何か"確かなもの"に突き刺さり、敵の輪郭が大きく揺らいだ。
その時だけは、"通常のエネミー"と同じようにダメージが通った。
(……なるほどな。)
探偵は軽く短剣を回しながら、独り言のように呟く。
「あいつは、クリティカルじゃないとダメージが通らない敵だったのかもしれない。」
「……は?」
エコーが、まだ混乱した様子で探偵を見つめる。
「どういうことだよ?」
「通常攻撃では"何か"が邪魔をしているかのように、ダメージを与えられなかった。」
探偵は短剣の刃を指先で弾きながら、推測をまとめる。
「でも、クリティカルヒットの時だけ"確かな感触"があった。つまり——」
探偵はエコーに視線を向けることなく、静かに言葉を続けた。
「レベル差の問題か、あるいは"仕様外の耐性"を持っていた可能性がある。」
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【エコーの驚き】
エコーはじっと探偵を見つめた後、空中で腕を組んだ。
「……普通、そこまで分析するか?」
「違和感があったなら、確認するのが探偵の仕事だからな。」
「はぁ……やっぱりお前、普通のプレイヤーじゃねぇよな……。」
エコーは探偵の頭の上をぐるぐる回りながら、ぼやくように言う。
「つーか、普通は『なんかよくわかんねぇけど、倒せたわ!』で終わるんだよ!!」
「そうか?」
「そうだよ!!」
エコーは一度大きく息をつくようにしてから、探偵をじろりと見た。
「なんでそんな冷静に"クリティカル耐性持ちの削除エネミー"とか考察してんだよ!!!」
探偵はエコーのツッコミを軽く流しながら、再び短剣を収める。
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【削除エネミーの意味】
「……まぁ、何にせよ"ゲームの想定外の存在"がまだこの世界に残ってるってことだ。」
探偵のその言葉に、エコーの表情が一瞬だけ曇った。
「……おい。」
普段の軽口とは違う、少し慎重な口調。
「お前……"知ってる"のか? ここに"何かがある"って。」
探偵はエコーの問いには答えず、ただ一瞥すると、静かに踵を返した。
この削除エネミーの存在が、何を意味しているのか。
それを考えるには、まだ材料が足りない。
背後で、エコーは少しだけ距離を縮めるようにして探偵を追いかける。
(……何かが起こるのは、これからだろうな。)
探偵はそう思いながら、削除された遺跡を後にするのだった。
【夕闇の落ちた町:カルディアの夜】
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——夜が、静かに街を包み込んでいた。
カルディアの町は、夕暮れの温かな橙色を残しつつも、ゆっくりと夜の青に染まりつつあった。
空には深い群青が広がり、遠くに見える星が小さく瞬き始めている。
通りには、魔法灯が淡い光を灯し始めていた。
白く柔らかな光が石畳に影を落とし、夜の町並みを静かに彩る。
昼間は活気に満ちていた市場も、今はひっそりと静まり返り、店のシャッターが次々と閉じられていく。
酒場の扉だけはまだ開いており、NPCたちの楽しげな笑い声と、時折響く楽器の演奏が微かに聞こえていた。
冒険者たちが集う広場では、焚き火を囲むNPCたちが、まるで長い一日を振り返るかのように話し込んでいる。
しかし——
町の外れに足を運ぶと、その喧騒も次第に薄れていった。
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【町の外れ:静寂と二重の月】
探偵とエコーがたどり着いたのは、町の外壁に近い静かな場所。
ここまで来ると、人の気配はほとんどなく、魔法灯の光もまばらに途切れている。
頭上には、暗闇に浮かぶ二重の月が輝いていた。
一つは大きく、もう一つは小さく。
ゆっくりと軌道を描くように、穏やかに夜空を照らしている。
夜風がそよぎ、草木を揺らす音が響く。
町の内側ではまだ賑わいが残っているが、この場所はまるで別世界のように静かだった。
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【町の外れ:探偵とエコーの会話】
探偵は立ち止まり、しばし夜の景色を眺める。
「……ようやく落ち着いたな。」
エコーも、すぐ隣でふわりと浮かびながら、探偵をちらりと見た。
そして、ふとした沈黙の後、静かに問いかける。
「……なぁ、お前。」
「ん?」
「お前、ホントにゲームのプレイヤーか?」
探偵は、エコーの問いにすぐには答えなかった。
ただ、夜空を見上げながら、しばらく考えるように沈黙する。
やがて、ふっと口元に僅かな笑みを浮かべて——
「探偵だよ。」
そう、当たり前のことを言うように、静かに答えた。
エコーがじっと探偵の横顔を見つめる。
「……は?」
「言っただろう。違和感を確認するのが探偵だと。」
探偵は夜風に揺れる草を見下ろしながら、淡々と続ける。
「この町も、この世界も。"ただのゲーム"として作られたものだろう。」
「だが、それだけじゃ説明がつかない"何か"がある。」
「だから——」
探偵はエコーを横目で見ながら、静かに微笑んだ。
「"それを確かめるのが探偵の役目"ってことさ。」
エコーは口を開きかけたが、何か言おうとして、やめた。
夜風が吹く。
エコーは探偵を見つめたまま、少しだけ距離を縮めるようにして、そっと浮遊する。
「……なんかさ、お前って、ホント変なヤツだよな。」
その声は、呆れたようで、どこか安心したようにも"聞こえた。
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