第3話
タクシーで帰ったものの、結構な酩酊振りで、着替えもせずにベッドに倒れ込んでしまった。頭の中に紀恵への思いや大事な事を言えなかった後悔はあったが、それ以上に酒が回っていて、どうにもならなかったのだ。
何時間寝たのか、夜中に猛烈な吐き気で目が覚めた。完全な二日酔いだった。頭がガンガンして、トイレでしこたま吐いた。これこそ昔、紀恵にした事の因果応報じゃないかと思われる程、辛かった。美味しかった筈のイタリア料理もほぼ全部、口から出て行ってしまった。ここまで悪酔いしたのは久し振りだ。
結局翌日の昼過ぎまで調子が悪く、土曜日で助かった。やっと頭痛も引いて、吐き気も収まって来たのでスマホを見ると、紀恵からメッセージが来ていた。
「だいぶ酔ってたみたいだけど大丈夫? 良かったらまた行きましょう」
社交辞令でなければ嬉しい言葉だ。
「酷い二日酔いだったよ。結局吐いちゃったし。こちらこそまた行けたらよろしく」
と正直に返したらすぐに電話が来た。
「やっぱり吐いちゃったの? 大丈夫?」
「大丈夫だよ。汚い話でごめん」
「ううん。気持ち悪かったのなら吐いちゃっても良かったのに」
「そんな恥ずかしい真似は出来ないよ」
と答えながら、過去、自分が紀恵に「恥ずかしい真似」をさせた事に思い当たった。
「大丈夫だよ~。私は平気だから」
「いやあ。それよりさ……」
俺は良くない話題だと思って、話を変えた。この後も会話は続き、格好悪い姿は見せてしまったが、嫌われてはいないようで安心した。
そして、また明日の日曜に会う約束を取り付けたのだった。俺がもっと色々な話をしたかったと言ったら、紀恵も同意し、早めに再会する運びとなったのだ。
早速、翌日の昼間に隣のS市まで出掛けた。俺の中古のワゴン車の助手席に紀恵を乗せ、一時間弱の運転でS市に着いた。紀恵は黄色い薄手のワンピースが似合っており、車内はバラのような良い香りがした。
車中、会話はそれなりに弾んだ。この前の料理が美味しかったとか、俺の二日酔いの話とか、S市に行くのは久し振りだとか、楽しく話す事が出来た。時折、「あの紀恵」なんだよなと思いつつ、脇を見ると、別人のような美女が座っており、変な気分だった。
ただ、やはり酒も入っていないと、なかなか過去の重い話は持ち出せなかった。隣でにこにこと話す紀恵を見て、嬉しく思う一方、腹の底で何を考えているのか読み取れない感もあった。何処かのタイミングで謝りたいと思いながら、なかなかその時は訪れない。
お昼はご当地ラーメンとして有名なカレーラーメンを食べた。俺も紀恵も初体験で、意外な美味しさに感動したのだった。それから地場産業で有名なこの町の企業の工場見学をし、カフェでコーヒーとデザートを楽しみ、N市へ帰って来た。その場で見た事、感じた事の話では盛り上がったが、やはり根幹的な話は出来なかった。勿論、紀恵とデート出来た事は楽しかったし、もっと先の関係へ進みたいと本気で思った。なので別れ際、
「次会ってくれるならまた飲みに行かないか」
と誘ってみた。
「また二日酔いになるんじゃないの?」
とおどける紀恵。その表情がまた魅力的だ。
「今度は大丈夫だよ。気を付けるから」
「気を付けなくていいよ。私の前で吐いても大丈夫だから。ふふふ」
「からかうなよ~。この前は紀恵が酒に強いから驚いたよ。もっと色々と話したい事もあるから、次は酔い潰れないよう頑張るよ」
「へえ、どんな話?」
紀恵は興味深そうに尋ねてくる。俺は、
「それは……飲んだ時のお楽しみで」
と濁しておき、この場は別れたのだった。
家に帰って改めて思った。今の紀恵は美人で一緒にいて楽しいし、叶うものならば彼女と付き合いたい。その為には、次の機会で絶対に過去の事を謝らねばならなかった。紀恵は口には出さないが、きっとわだかまりの一つや二つあるに違いない。次回は酒の力を借りてでも必ずや謝罪すると決意した。
3回にしようと思いましたが、4回にして、次回を最終回にします。