7 道開きの神
あれから一週間、学校に穢れというものは現れていない。
リヒメに警戒してか、もしくは・・・。
「ふぅ・・・ただいま」
「おかえり」
「体についた穢れを祓ってくるね」
リヒメは21時になったらどこかに行き、0時過ぎに帰ってくる。
手には龍の鱗が微かに見えた。
「・・・・・・・・・」
俺には何も言わなかった。
朝から登校し、学校で普通通り過ごしている。
触れたくないなら、仕方ないけどな。
どうせ、契約で成り立つ関係だ。
呼ばれれば行くが、別に自ら行くつもりはない。
「・・・・・・」
「九頭龍一族は、邪神を探っておる。ゆえに穢れも多い。特に、危険なのは東京だ。神々への信仰心が薄らいだ結果、人々は穢れを溜めて、祓うすべさえ失ってしまった。邪神にとっては100年に一度あるかないかのチャンスだ」
「まぁ、それはいいんですけど・・・・」
「何か質問でもあるかな? 気軽に聞いてよいぞ」
「ここ、俺の部屋です」
ベットで寝転がりながらスマホを見ていると、いきなり猿と人間のような者が現れた。
猿田彦命・・・古事記、日本書紀に表記される神だ。
俺には全く縁のない神なんだけどな。
「なるほどなるほど。僕は猿田彦、道開きの神だ」
「知ってますって。つか会話が嚙み合ってないような・・・・」
「大国さんに聞いて来てみたんだよ。九頭龍一族は少々説明が足りない部分があってね。この道開きの神、猿田彦、人間に寄り添うことには自信がある」
「・・・そうですか・・・・」
俺のプライバシーは完全に失われたらしい。
位の高い神とはいえ、猿まで来てしまった。
あまり大きな動きは見せたくないんだけどな。
「何か疑ってるのか? 僕は古事記や日本書紀の天孫降臨・・・・」
「とりあえず、麦茶とか飲みますか?」
「もらおう」
「わかりました」
冷蔵庫を開ける。
リヒメが来てから冷蔵庫がかなり潤っていた。
卵も野菜も肉もある。こんな冷蔵庫を見るのは初めてかもしれないな。
やっぱり、金だな。
「ん? どうした?」
「猿田彦さんは普段、何をされてるんですか?」
「道開き」
「・・・・大国主のおじさんみたいに人間界の職業はないんですか?」
麦茶をテーブルに置く。
「ふむ・・・職業か・・・人間の、職業。道開き・・・交通整理とかどうだ?」
「求職中なんですか?」
「ふむ・・・・」
猿田彦さんは他の神々に比べて、変わった身なりをしている。
普通の就職に就けなそうだ。
そもそも神は就職する必要ないか。
金がなくてもいいしな。
「探してみよう。道開きの神であるからには職を持つことも・・・」
「?」
猿田彦さんが急に立ち上がって、窓の外を見つめた。
ざっと、風が吹き込んだ。
「タケル、リヒメを呼べ」
「ん? あ、ちょっと」
猿田彦さんが窓から飛び降りて、一瞬で戻ってきた。
ザンッ
「!?」
ぐったりとした女性を抱えている。
腕にリヒメと同じような鱗が見えた。龍なのか?
いや、龍神じゃない。巫女だ。
「・・・かなり奥までいったな・・・」
「穢れ祓い清めよ」
シャン
猿田彦さんが錫杖を取り出して、地面を叩いた。
金色に輝き、女性の体から黒い何かが抜けていく。
「早く!」
「あぁ、呼んで・・・」
慌ててドアを開けると、リヒメが廊下に立っていた。
「リヒメ・・・・・・」
「カナエ義姉さん!」
「っと・・・」
「ごめんなさい。大丈夫ですか?」
「え・・えぇ・・・」
リヒメがぶつかりそうになりながら、駆け寄っていった。
「猿田彦様。これは・・・」
「九頭龍一族、お前らは何をしている?」
「っ・・・・」
猿田彦さんがにらみつけると、リヒメが唇をかんだ。
「この穢れはただの穢れじゃないのだろう。このままじゃ黒龍になるぞ。災害を起こす気か?」
「そんなわけ・・・」
「猿田彦さん、申し訳ございません。全て、私の夫、リュシロウが始めたこと」
カナエが体を起こして、軽く咳き込んだ。
「新宿に悪鬼が集まってる。祓わなければ、多くの災いを呼んでしまう」
「新宿の悪鬼など、九頭龍一族の手には負えないだろ。僕だって声をかけられれば行ける。素戔嗚だって、Youtuberをやってる、日本武尊だって興味を示すんじゃないのか? あいつは特に、人間の興味を惹く企画を探してるようだしな」
「・・・・・・・・」
日本武尊は確かに目立つ場所ほど、燃えるタイプだ。
Youtubeを見てる限りな。
「各地にお社を持つ神々が穢れてはいけない。猿田彦様、そのために九頭龍一族がいます」
「リヒメ・・・」
「我々は強いんです。安心してください」
リヒメが鋭い目つきで、前を見据えていた。
「カナエ義姉さん、私の部屋で休んで行って。ゆっくり休んで明日に備えましょう。悪鬼が集まる21時から・・・リュシロウ兄さんは、リュウジ兄さんたちが穢れを祓ってると思うから心配しないで」
「はい」
「おやすみなさい、タケル。明日も一緒に学校に行こうね」
「・・・あぁ」
リヒメがこちらを見てほほ笑んだ。
バタン
あくまでも俺は呼ばないつもりか。
別に、ただで厄介ごとに首を突っ込むつもりはない。
金が発生したら別だけどな。
「では、僕もここへ泊っていこう」
「は!? ちょっ・・・」
「ここを借りるぞ。うん、いいベッドだ」
猿田彦さんが錫杖を置いて、俺のベッドで寝ていた。