5 九頭龍の水晶
リヒメは霊力が少なかった。
悪鬼を消滅させることはできても、浄化はできない。
どんどん龍に近づいていった。
俺が陰陽師だと知らなくて、どうやって元に戻るつもりなんだ?
「竜宮家の九頭龍一族は人々の穢れを祓い、浄化して人間の運命を切り開く一族。穢れが溜まれば、悪鬼が暴れだし、災いが起こる。震災だけではなく、電車のホームから転落する人、いじめによる自殺、最近ではSNSでの中傷も悪鬼が関係している」
「大国主のおじさん・・・」
「大国先生だ」
「大国先生・・・どうしたんですか?」
「たまたま通りがかってな」
「たまたまねぇ・・・・」
廊下に出てリヒメを見ていると、いきなり隣に大国主のおじさんが現れた。
腕を組んで、リヒメの暴れまわる様子を眺めている。
「そろそろいいんじゃないか? 悪鬼もあれ一体で終わりだろう」
リヒメが浄化の剣を最後の悪鬼に突き刺す。
『うぎぁぁぁぁっぁぁ、リュウグ・・・ニクイ・・・お前が・・・・』
うめき声のようなものが廊下に響いていた。
シュンッ
リヒメが勢いよく悪鬼の胴体を裂いた。
黒い液体が跳ぶ。
「うっ・・・・」
「気持ち悪くて・・・・」
離れて戦闘を見ていた生徒たちがよろけていた。
「あの件、俺は関わるつもりなかったんですけど・・・」
「何の話だ? 君は九頭龍の巫女だろう? 早くリヒメを止めてやらないと。このままじゃ、このあたり一帯洪水になるぞ。さぁ、早く九頭龍一族の巫女の役目を」
「ん? 九頭龍一族の巫女の役目?」
窓の外の暗闇の中で、雨の降り注ぐ音が聞こえていた。
「ん?」
「え?」
大国主のおじさんが俺を見て、一瞬止まった。
グルルルルルルルルルウ
リヒメの唸り声が大きくなっていく。
悪鬼はすべて消滅しているのに、リヒメは目を赤く光らせて次の標的を探していた。
吞まれたな?
「巫女の神具持ってないのか?」
「持ってないですね。貰ってないですし」
「マジで?」
「マジっすね。でも、俺なら別に・・・」
一番最初に会ったリヒメの兄が走ってくるのが見えた。
『うおぉぉぉぉぉ!!!!!』
神主のような恰好をして走ってくる。
『リヒメー!!!!!!!!!!! 今行くぞ!!!!!!!』
リヒメが兄に向って、剣を振り上げる。
兄がふわっと飛んで避けて、リヒメの近くに駆け寄っていった。
グルルルゥゥゥゥ
リヒメが兄に襲い掛かろうと剣を持ち直していた。
悪鬼がいなくなっても、リヒメの攻撃性は収まらない。
むしろ増していた。
九頭龍一族は穢れと相性が悪い。
結婚って・・・そうゆうことか。
巫女という名の、人身供養みたいなものだ。
龍神が穢れをまとわないためにな。
しまっていた数珠に触れる。
使うのは久しぶりだ。
「で、リヒメを浄化するのが、俺の仕事なんですよね? それには、金をもらってますので、ちゃんとやります。周囲の人間の記憶とかは・・・」
「あいつは、長男のリュウイチだ。しばらく会ってない間に少し太ったか?」
「あの・・・俺の話を聞いてましたか・・・?」
シャン シャン シャン シャン
リュウイチがリヒメの前に行き、神楽鈴を鳴らした。
― 清め給え、祓い給え ―
シュン
― 清め給え、祓い給え ―
「!!」
リヒメの攻撃を避ける姿は、さっきのリヒメと対の舞のようにも見える。
あれが、九頭龍の巫女舞か・・・。
俺には一生、必要ないだろうけどな。
あのくらいの穢れ、一瞬で浄化できる。
「あれはリヒメの穢れを祓ってるんだよ」
「見りゃわかりますって」
「巫女の役目の大きな役割は穢れを清め祓うこと。九頭龍一族は穢れをまとえば、黒龍となり自らが災いを起こしてしまう」
「ふうん」
耳をほじって、聞き流していた。
「リュウイチの奴・・・神器の説明を忘れたな? まぁ、九頭龍一族は勢いみたいなこともあるし、力があるのは確かなんだけどな」
大国主のおじさんがため息をつく。
暗闇の中に、剣を構えるリヒメの目が光っている。
シャン シャン シャン シャン
リュウイチが鈴を振るたびに、収まっていくのがわかった。
「あ・・・・・・」
リヒメがふっと意識を失って、倒れる。
剣が消えていった。
タンッ
リュウイチがリヒメを抱えて、地面に足をつける。
ぶわっ
突然、暗闇が晴れて、学校に光が差し込んでいた。
「急に明るくなった? あ、スマホの電波も戻った」
「な・・・何があったの?」
「リヒメ、竜宮リヒメが・・・今の夢じゃないよな?」
「て・・・転校生だろ? ドッキリにしてはやり過ぎだって」
「あんな美少女なのに、化け物みたいだったし」
学校の生徒たちがわらわらと集まってきた。
「大国主のおじさん、ここからは知らないですけど。誰がどうするんですか?」
「大国先生な。リュウイチが今からこの場を収める。九頭龍の水晶の力を開放して、人々の記憶から悪鬼に関するものを消去するんだ。あれは竜宮リヒメの御霊。特にリヒメの水晶はまだ小さいから失くすなよ」
「ん・・・九頭龍の水晶か・・・」
顎に手を当てる。
「売るなよ」
「・・・・あははは、さすがにそれはないですよ」
金になりそうだと思ったのが、気づかれたか。
でも、模造品を作るのもいいな。
今は、パワーストーンとかブームだし・・・SNSで流せば売れるかもしれない。
リュウイチが手のひらに小さな丸い水晶を載せていた。
空中に投げて、何かを唱える。
サアアァァァ
透明な波動が走った。
重かった空気が、澄んでいく。
「あれ? 私、どうして廊下に?」
「早くしないと食堂のAセット売り切れるよ」
「わっ、マジか。もうこんな時間」
教室の机は元に戻っていた。
「理子、まさか記憶喪失? ねぇ、昨日推しの配信でね・・・・」
「いいなぁ、推しの配信見れて。私もリアタイしたかった」
さっきまで騒いでいた生徒たちが、何もなかったように歩いている。
神はこうゆう力を使う。
だから、神の動きは人間の記憶からほとんど残らない。
どんなに自らを犠牲にしていても、な。
「あ、お久しぶりです。大国主のおじさん」
「大国先生だ」
「そうでした。あははは、すみません」
リヒメは気を失ったままだ。
いつの間にかリュウイチは神主の恰好ではなく、スーツを着ている。
というか、首に何かぶら下げている。
体育の先生、竜宮リュウイチ・・・?
兄貴まで、この学校に入ってくるのかよ。
「ということだ。こんな感じでリヒメを頼むよ。タケルくん」
「・・・・・」
「ちなみに、リヒメが心配で学校の教師になりました。大国主のおじさんのご縁結びで・・・・」
リュウイチの話を聞き流して、リヒメを見つめる。
龍の鱗はなくなり、いつもの可愛らしい少女に戻っていた。
こんなに穢れをまとえば、神だって苦しいだろうに・・・。
どうして見ず知らずの奴らのために、ここまでできるんだろうな。