52 『侏儒の遊び』 ~渋谷編⑥
「邪魔だ。前に出るなよ」
「あっ・・・」
美玖を後ろにやった。
女が伏せて浄化の炎を避ける。
「私が負けるわけないわ。ふふふ、だって、私は美しくて古くから信仰されている神だったんだもの」
キイィィィィィィィ
突然、金切声をあげて這うように地面にうずくまった。
地面が黒く染まり、沼地のようになっていく。
ただならぬ空気を感じた。
「!?」
「朱雀! 引け!!」
朱雀が扇を閉じて、素早く降りてくる。
女が顔を上げると同時に、地面から翡翠のような色の剣を取り出していた。
「これを出すつもりはなかったんだけどね」
うっとりと自分で出した剣を眺めている。
「最近美味しい血を吸えてないの。他の神々に目をつけられちゃって。でも、今回だけは違う。若い活きのいい血がこんなにある」
周りにいた邪神悪鬼たちが、女の視界から身を隠していた。
こいつはおそらく、元々位の高い神だ。
霊力から推測するに、古くから信仰されている神々の一柱だ。
「神器の剣を持っているとは・・・」
「タケル様、何なのですか? 神器の剣とは」
「・・・あいつは陰陽師・・・人間が直接倒せる敵ではない」
息をのんで、一歩下がる。
朱雀と白虎が隣に来た。
「確かにタケル様の読み通りですね。上位の神、しかもまだ邪神との判定を受けた神でもない・・・となると、生身の人間が戦うのは不可」
「我々四神が束になっても危うい。玄武もいればまだ勝ち目があるが、3体しか使役できないというルールがある故・・・悔しいな、醜い女め」
白虎が牙をむいて唸っていた。
「劉羽でも無理なの?」
ユウビが劉羽のほうを見上げる。
呪詛剣をふわっと解いていた。
「ユウビが数分でもやりあえたのは奇跡だ」
「そうなの?」
「そもそも、奴ほどの位を持つ神が『侏儒の遊び』の式神に現れること自体間違っている。どんな手を使った?」
「ふふふ、さすが怨霊は違うのね。ほんのちょっとしか手合わせしていないのに・・・・もしかして、私と通じるものがあるのかしら。よくわかってるじゃない」
女が唇に手を当てながらにんまりとする。
「でも、怨霊が生まれ変わった少年の血っていうのも興味があるわ。じわじわと、じっくりと味わってあげるからね」
こいつには、社も多くあるはずだ。
生き血を好む神なんて聞いたことがないが・・・。
「どうするの? 負けるの?」
ユウビが軽い感じで言う。
「僕はもうちょっとここにいたいな」
「私は! 本当に本当に、このまま死んでもいいんだけど、ごめんね。巻き込んじゃって。一人で死ぬことが怖かったわけじゃないの」
美玖が両腕を掴んで今にも泣きそうになっていた。
「・・・・タケル様、逃げるのも難しいでしょうか。せめて私が時間稼ぎをしてる間に」
青龍が息をのむように言う。
「いや、全く方法がないわけではない」
「・・・・・?」
『侏儒の遊び』を作った張本人、大渦津日神にこの体を明け渡せばいい。
俺が死ぬと、奴も困るから協力せざるを得ないだろう。
ただ、問題は事が終わった後だ。
白虎たちが、ユウビと美玖を逃がしたとしても、どこまで被害を拡大させるかわからない。
ここで何らかの災いを起こして、渋谷一帯の人間を殺すこともあり得る。
「タケル?」
ユウビがきょとんとした表情でこちらを見る。
女がゆらゆらとこちらに向かって来ようとした時だった。
バチッ バチバチバチ
突然、夜空に雷が走る。
見上げると、リヒメが龍から人間になって降りてきた。
隣には錫杖を持った猿田彦さんがいた。
「猿と龍!?」
「そんなに驚くなって。神々だ」
「驚くってば。神? 神々が迎えに来たの? え? どうゆうこと?」
美玖が猿田彦さんとリヒメを見て、混乱していた。
ジャラン
「どうしたの? 猿田彦命と九頭竜の姫まで」
「沼ノ姫、ここにいたのか」
猿田彦さんが錫杖を構える。
「ふふふ、神々が『侏儒の遊び』に介入するなんてルール違反じゃない?」
「沼ノ姫命・・・どこまで落ちぶれた?」
「ダメなのはそっち。私はあくまで美玖って娘の式神として召喚されただけだもの。邪神悪鬼は式神として陰陽師に仕えてもいいんでしょ? 式神ではない猿田彦と九頭竜の姫は『侏儒の遊び』に関わることを許されない」
沼ノ姫命?
聞いたことのない名前だ。
「タケル、無事でよかった。沼ノ姫命は子供の血が好きだから」
リヒメがニコッと笑う。
猿田彦さんが沼ノ姫を睨みつける。
「沼ノ姫命、大国主命がお前の位を一時的に戻した。『侏儒の遊び』のルールからは外れている。やはり、血に興奮して気づかなかったか」
「!?」
沼ノ姫が目を見開く。
「え? どうゆうこと? だって、私は」
「確かに『うけい』の末、高天原には戻れなくなった。自らのおぞましい欲望に堕ちた神だ」
「そうよ。『うけい』は絶対でしょ。私はもう神じゃない」
翡翠のような剣を構える。
しっとりと濡れたような腕が艶めいていた。
「我々を甘く見るな。大国主命は陰陽師が参加する『侏儒の遊び』が始まったと知った時に、真っ先にお前が式神として参加するだろうと先回りしていた」
ドンッ
猿田彦さんが錫杖を回して結界を張る。
半径5メートル以内が、一気に浄化されていった。
「生き血の好きなお前のことだ。堕ちたことをいいことに、必ず参加して、若者を見つけては殺して歩くだろうとな。天照大神に事情を話し、神々の協議の上一時的に戻してある」
「・・・・・・!!」
沼ノ姫の顔色が変わった。
「高天原の神ならば、式神にはなれるはずがない。残念だったな。この娘との契約はここで解除される」
キィン
猿田彦さんが素早く錫杖を振り下ろすと、美玖と繋がっていた透明な糸のようなものが切れた。
「あ・・・・あれ?」
美玖が自分の指を見つめて驚いていた。
「ふふふふふ」
沼ノ姫が肩を震わせる。
「きゃははははははははは、私を格上げしてどうするつもり? 高天原の神の力が戻ったなら、私は元に戻るわ。ひたすらあの場所で」
「あくまでも一時的にと言っただろう。次の『うけい』で・・・」
「『うけい』から逃げられればいいんでしょ?」
「その前に、僕がここで捕らえる」
素早く、沼ノ姫が翡翠のような剣を勾玉のペンダントに変えた。
瞬きすると同時に、瓦礫の上に立っていた。
「ふふふふ、じゃあね。神々の一柱に戻ったんだもの。私を祀る神社もあるんだから、このくらいの力が戻って当然」
「そうはさせない」
猿田彦さんが飛び上がる。
しゅうぅぅうううう
一瞬で、沼ノ姫が霧とともにいなくなっていた。
猿田彦さんが錫杖を下す。
「逃がしたな。僕一人ではさすがに無理だったか。あそこまで力を持っていたとは・・・」
「ごめんなさい。私、何もできず」
「いや、リヒメにはそっちを守るように言ったからいいんだよ。ありがとう。みんなが無事で何よりだ」
猿田彦さんがリヒメを見て、息をついていた。
「リヒメ、これはどうゆうことだ?」
「えっと、今のは沼ノ姫っていう、太平洋側の地域で信仰されている女神。だったんだけど、あの通り子供の生き血を好んで、よく災害を起こすから『うけい』で格下げになったの」
リヒメが龍の鱗を元に戻しながら言う。
朱雀がほんの少し機嫌悪そうに、白虎の手当てをしていた。
シャラン シャラン
猿田彦さんの錫杖が音を鳴らすと、沼ノ姫が振りまいていた穢れが浄化されていった。




