51 『侏儒の遊び』 ~ 渋谷編⑤
ユウビが狐の面を抑えて、ふらっと前に出る。
「ユウビ?」
「若い血なら、自分のほうが誘えるんじゃないかって。ほら、タケルより年下だし。劉羽も出ていいって言ってくれてる」
「・・・・・・・」
劉羽が真っすぐ式神の女を見つめていた。
「ユウビ、戦えるのか?」
「タケルのを見ててだんだんわかってきた」
― 呪詛剣 浄衆阿修羅 ―
「戦ってみたいんだ」
ユウビが短い剣を出した。
数珠もないのに、俺を真似ようとしたのか。
まだ霊力は固めきれていないが、この短期間で形にするとは・・・。
「まぁ、危なくなったら助けてよ。すぐにヘルプを出すから」
「気をつけろよ。そいつは、神だ」
「わかってる」
ユウビが剣を持ち直して、地面を蹴った。
劉羽が青龍偃月刀を出して、後ろから振り回していた。
風を起こして、ユウビの素早さを加速させていく。
やっと、本気を出したか。
バチンッ
ユウビが式神の女に向かって剣を振り下ろす。
華奢な体から溢れる霊力を使いこなしていた。
人間というよりは、妖に近いような動きだ。
横にいる面をした2体の式神は特に戦闘に入ってくるわけではない。
2人の戦闘の様子を不気味に眺めていた。
「・・・・・・・」
「へぇ、あの子すごいのね」
朱雀が口に手を当てて、隣に来る。
「あまり気を抜くなよ。ユウビが危ないときは」
「私が行くから大丈夫。白虎もこんな感じだし」
「フン、こんなの掠り傷だ」
白虎が腕に負った傷口を舐めながら言う。
「今、狐の面を被った少年が姫ちゃんと戦ってるの。ほら、すごいでしょ。って、みんなは姫ちゃんが見えないの? 姫ちゃんは美しくて怖いよ」
カメラに向かって美玖が話している。
「ふふ、こんな感じ、わかりやすいでしょ? 嘘じゃないって、これくらい美しいの・・・ん? 狐の面の少年が気になる? まぁ、確かに気になるけど・・・」
AIをうまく使って立体的な絵を描いて、戦う女の姿を説明していた。
禍々しい空気は表現できていないが、まぁ、遠からず似ているか。
美玖のほうへ歩いていく。
「ずいぶん楽しそうだな」
「あ・・・・」
バチンッ
電流を流して、配信のカメラを切る。
「な、なにするの!?」
美玖が眼鏡を両手で抑えた。
「つか、お前こそ何やってるんだよ」
「今同接1000までいってたのに。2000までいきそうだったんだから。でも、再接続しても、もっと行くかも。アクシデントがあったほうが伸びるし」
「無駄だ。その配信カメラ壊したからな」
「えー」
美玖が座ったまま膝を抱える。
「・・・高かったのに」
俺が武器を持っているのに気づかないのか、まったく敵意がなかった。
このゲームに参加してるのは呑気な奴ばかりだな。
「強いんだね。あの子、ずっと陰陽師なの?」
「お前、状況わかってるのか。ついさっき死んだ奴だっていただろ。あの女の式神は危険だ。確かに強いかもしれないけど、ただの悪鬼邪神じゃない。名も明かさない、堕ちた神だぞ」
「・・・ふうん、だから姫ちゃん強いんだ。でも、いいの、私死にたいから」
「・・・・・」
「私、死にたいの」
美玖が目を細めて、呟いた。
「姫ちゃんにも、そのこと話してる。何かあったら、私を殺していいよって。姫ちゃんは若い生き血が好きなんだって」
「は?」
「私ね、陰陽師とかどうでもいいんだ。もし、楽に死ねるなら、君が殺してくれてもいいと思ってる」
「そんなに死にたいなら、なんで配信で目立とうとするんだよ」
シュンッ
ユウビが下がると、劉羽が女にぐっと近づいた。
長い髪の毛先にシールドのようなものを張って、劉羽の攻撃を弾く。
女は遊んでいた。
白虎と青龍が目を光らせて、2体の得体のしれない式神の周りをうろうろしていた。
このままユウビに任せておくべきか迷っていた。
劉羽が判断できるだろうが・・・。
「自分が生きてるって、なんか残したいじゃん」
「じゃあ死ななければいいだろ。面倒な奴だな」
「死にたくなったことない人に、死にたい人の気持ちはわからないよ」
美玖が絞り出すように言う。
「そうか。それもそうだな」
― 呪詛剣 浄衆阿修羅 ―
数珠を鳴らして剣に変える。
「俺はお前みたいな全不幸背負ってるようなメンヘラは苦手だ」
「殺してくれるの? できれば、楽に死にたいから、一瞬でお願いね」
美玖が長い瞬きをして、こちらを見上げた。
「はぁ・・・どうしてそう・・・」
「でも、配信、もう少ししたかったな」
「配信はやめとけって。人の負の感情が集まると悪鬼が群がるから、ネガティブな感情が増幅させられる。どうしてそんなに死にたいと思ってるのかわからないが・・・」
剣を美玖に突きつける。
「それだけ絵の才能持ってて死ぬのはもったいないだろう。ぶっちゃけ俺は人の人生なんてどうでもいいんだが、リヒメは最近のそうゆう絵が好きらしい」
「リヒメ・・・・・?」
「悪いが、死にたいやつを目の前で死なせてやるほど、お人よしじゃない」
いゃあああああぁぁぁぁ
ザアァァァァァア
「私の血ぃぃいいいい、血・・・・・」
女がものすごい形相でこちらに向かってきた。
美玖が肉体をゆだねるように目を閉じる。
ザッ
女が爪を伸ばして、霊力で剣を弾いた。
美玖を無理やり立ち上がらせて、抱き寄せる。
「姫ちゃん・・・・」
「可愛い可愛い、私の生き血。渡さない、渡さない・・・・」
翡翠のような目を見開く。
「言ったわよね? 私にすべて渡すって言ったよね?」
「うん。言った、全部渡すって」
「ふふふふ、よかった」
女が美玖の頬に手を当ててにやっと笑っていた。
剣を数珠に戻して、玉を一つ弾く。
― 浄化の炎 ―
「!?」
美玖の肩に描いた文字が青く燃えた。
女が慌てて顔を抑えて下がっていく。
「何をした? 私の可愛い子に・・・」
「なれ果ての神が。お前はこいつの式神として召喚されたんだろ? 式神らしく主人に仕えろよ」
色の白い肌は妖艶で、ずっと見ていると方向感覚を失いそうになる。
赤い唇を舌で濡らす。
「お前・・・よくも、よくも・・・この美しい顔に傷をつけようとしたな。ここにいる子供まとめて、生き血を吸ってやる」
朱雀が美玖の前に立った。
「タケル様に近づく女を助ける気はないのですが、今だけは仕方ないですね」
朱雀が双剣を扇に変える。
- 炎舞 竜巻浄風 -
ふわっと地面を蹴って、俺が起こした浄化の炎を巻き上げた。




