3 いつもの授業が・・・。
「今日は巳の日だから、弁才天様の御使い巳さまが降りてきてるの」
「先ほど空気を弁天様の琵琶がこのクラスの空気を整えて帰られました。ここにある穢れは大人から受けたもの、少しの浄化でも美しく変わります。リヒメ様の初登校日なので、穢れは祓っておきたいという、弁天様のお心遣いになります」
「あ、そう・・・・」
「15~16歳で受ける穢れは大人から受けたものがほとんどですよ。弁才天様もそこは重々承知しております」
白い蛇が俺の机で、自慢気に話していた。
神の使いが穢れについて語るか・・・。
穢れは人間の恥部であり、本質だ。
もちろん、子供にだってある。
神にはわからないだろうけどな。
「ありがと。巳さま、そろそろ戻らなきゃいけないんじゃない?」
「はっ、そうでした。では、社に行かなければいけないので、失礼します」
白い蛇が窓を突き抜けて、空高く上がっていった。
「ねぇ、タケル。私、タケルのこともっと知りたいの。幼少期のこととか聞かせて」
「別にここで聞いてこなくてもいいだろうが。それに、人の目があるところであまり話しかけてこないでくれ。人間は噂好きなんだ」
「そっか。タケルに聞きたいことはいつでも聞ける。だって、一緒に暮らし・・・」
「それをここで言うなって」
「っ・・・二人だけの秘密だった」
「・・・・・・・・」
リヒメがはっとして何度も頷いていた。
周りには・・・一応聞かれてないな。
危ない。
初日でこれか。
陰陽師だということを伏せて、ここまで完全に普通の高校生として生きてきたのに・・・。
ガラガラ・・・
現代文の吉田先生が入ってくる。
40代半ばの独身の女で、チクチクと嫌味を言ってくる先生だった。
暗い表情に似合わない厚化粧で、いつも誰かを標的にする。
このクラスで、一番立場の弱そうな奴を探っていた。
腕には3つくらいパワーストーンをつけていたが、何も効果がないんだろうな。
かなり濁っていた。
「うんうん。これが現代文の教科書。絵が少ない」
「そりゃそうだろ。つか、ついていけるのか?」
「んー、タケルがいるし。兄さんたちがリヒメなら大丈夫って言ってくれた」
「・・あ、そ・・・・」
リヒメが背筋を伸ばして、現代文の教科書をぱらぱらめくっていた。
「ごほん。おはようございます。今日は大事な話があります」
目が合った気がした。
今日はリヒメが標的か?
吉田先生は、美少女を見ると反射的に攻撃してくる。
よく、退職させられないよな。
「早速ですが、私がするのは本日が最後の授業となります」
ざわざわ・・・
「ホストに貢いでたって噂だよな」
「もしかして、教師じゃ稼げないから・・・とか」
「あの年なら、風俗? 売れないでしょ」
噂好きなギャルっぽい子が、こそこそ話している。
リヒメは現代文の教科書を見ながら、楽しそうにしていた。
この状況でも、周囲を気にしないのか。
空気が人とずれてるよな。やっぱり。
「私、結婚しました」
「えっ!?」
左手の薬指には、指輪が光っていた。
「・・・・・・・・・・」
長い沈黙が降り落ちる。
俺たちにとっては、青天の霹靂だ。
みんなが反応に困っていた。
天地ひっくり返っても、起こらないようなことが、起こっている。
こんなことするのは、神だ。
「はい!」
リヒメが勢いよく、手を挙げた。
「貴女は・・・竜宮リヒメさんですね。引っ越ししてきたばかりとか。何か質問ですか?」
「どんな方と結婚したんですか? 実は私も最近けっ・・・」
「あーあー、えっと、結婚おめでとうございます。吉田先生、苗字は何になったんでしょうか?」
声を張り上げて、リヒメを止める。
素早くリヒメと結婚したことは絶対に言わないように念を押した。
リヒメが口に手を当てて、大きく首を縦に振った。
油断ならない。
いつ口を滑らせてもおかしくない。
そもそも、15歳は法律上、まだ結婚できる年齢じゃないんだけど。
「ふふふふ」
不気味な笑顔だ。
普段、俺の質問なんて無視してたくせに。
「先日婚姻届けを出して、榊原になりました。夫となる方について少し話をさせていただくと、10歳年下の若手IT社長です」
「!?」
「彼の仕事を手伝うために教師という仕事を辞めることになりました。この仕事誇りに思っていたのですが・・・残念です」
「!!」
10歳年下の若手IT社長ってパワーワードでしばらく頭がかすんだ。
どこにそんな奇跡・・・。
こんなことするのは、神か。
「本日は代わりの先生に来ていただいてます。大国先生」
ガラッ
「今日から現代文教師になった大国だ。よろしく! 得意は縁結び・・・じゃなくて、古事記だ。ん、現代文に古事記はあったか? まぁいいか。ははははは」
「大国先生は進学校で教育をされていたの。きっとみんなの偏差値も上がっていくと思うわ」
「是非、任せてくれ」
50代くらいの男性が、勢いよく入ってきた。
リヒメがぱっと表情を明るくなっている。
「大国先生だって。タケル、成績上がるかもよ」
「別に、俺は先生が誰だろうが成績はそこそこいいって」
「そうなの?」
「そうだよ」
頬杖をついて、ペンを回す。
「んーこんなに難しいのに」
「教科書がさかさまだ」
「あ、そっか。でも、文字がいっぱい・・・」
リヒメが現代文の教科書をくるっと回して、首をかしげていた。
リヒメは全く勉強できない気がする。
間違いなく、授業についていけないだろうな。
つか、ついていく気なんてないんだろうけどさ。
「今日は、ふむ、まずは古事記か日本書紀を勉強しようか。そうだな・・・・わかりやすいところで行くと、大国主命の話をしてから授業を進めよう。この近くにも、大国主命が祀られてる神社があるからな。とてもとても面白い話だ」
「・・・・・・・・・」
神ってなんでもありかよ。
最近、信仰心が薄れてきているから、神々もPR活動をしているという噂は聞いていたが・・・。
まさか、大国主命まで現れるとは。
「まず、大国主命とは、出雲大社に祀られている神だ。日本書紀に書いてある通り素戔嗚尊の息子であり・・・・」
クラスメイトは吉田先生の結婚の衝撃で硬直したまま、教科書にない授業が始まってしまった。
さあぁぁぁ
『うぅぅうう・・・・うぅぅううううう』
『いや・・・きらい・・・きらい・・・力・・・ほしい』
「?」
すっと、後ろに視線を向ける。
今日はいつもと違うな。
九頭龍は、相当奴らに嫌われてるらしいな。
普段、俺のことは無視してるくせに。
あの穢れの中には、悪鬼になるものもいるだろう。
隠れて霊力を溜めていたか。
まぁ、金が発生しないなら、俺には関係ない。
「・・・・・・・」
リヒメが教科書を置いて、鋭い目つきで、後ろを睨みつけていた。