36 婚姻
『見ろ。この恨みこそが九頭龍の・・・・』
「どけろ。お前らに構ってる暇はない」
強く言うと、タカコがびくっとしていた。
『何を・・・』
― 来い、白虎 ―
シュウゥゥゥゥ
『随分可愛らしい悪鬼ですね。ん? あれは・・・』
白虎が現れて、九頭龍のほうを見る。
「リヒメだよ。九頭龍になった」
『なるほど・・・事情は察しました』
白虎が牙をむく。
タカコが一歩下がった。
「相手してやれ。朱雀と玄武も呼ぶか?」
『いえ、私だけで十分です』
白虎がちらっと青龍を見てから、タカコが出した悪鬼たちに襲い掛かっていった。
「青龍、飛べ」
『かしこまりました』
『あっ・・・・』
青龍が急上昇して、悪鬼の攻撃を避ける。
『駄目!!!!』
タカコが白虎に襲われそうになり、悪鬼がかばっていた。
『成仏せず、何百年も恨み続けるとは九頭龍は何をしたのでしょうか』
「さぁな。それより、青龍、よそ見をして九頭龍にやられるなよ」
『・・・そうですね。私も九頭龍に対抗できると思うほど、自分を過信はしていません』
ドドーン ドドドドッドドドドドド
九頭龍が足踏みをして、地面を揺らしていた。
「リヒメー!!!」
青龍に乗ったまま、リヒメを呼ぶ。
九頭龍の誰もが気づいていない。
「もう少し近づけるか?」
『これ以上近づけません。九頭龍が放電しています。いくら強いとはいえ、タケル様の肉体は人間、当たったら即死してしまいます』
「・・・・・・」
九頭龍の周りに雷が起こっていた。
「リヒメ!! リヒメ! 聞こえるか!?」
雨と雷の音で声が消されてしまう。
九頭龍に怪我をさせるわけにはいかない。
ズンッ
「!?」
突然、九頭龍が大きく向きを変えた。
「そっちに行くな! リュウイチ!!!」
『・・・ついに、人を殺めるつもりでしょうか』
九頭龍の目は、人のいる観光地やその先の街に向いていた。
このままでは、どれだけの被害を起こすかわからない。
グルルルルルルルル
『取り返しがつかなくなりますね』
翼を広げて、飛ぼうとしている。
怪我をしていて、すぐ飛べないだけだ。
治癒すれば大きな災害となるだろう。
「リヒメ!」
『タケル様、ご決断を。同じ龍族として話しますが、この状況になれば誰の声も聞こえないのです。既に人の存在を忘れ、纏った穢れだけが残ってしまっています。龍は神としての芯が落ちれば、災害を起こす毒龍となります』
「・・・・わかってるよ」
『厳しい状況です』
青龍が雷を避けながら言う。
そんなに甘くない、か。
「滝夜叉姫の奴・・・厄介なことしてくれたな・・・」
『・・・一度、九頭龍を封印をされてはどうでしょうか?』
「んなこと、俺にできると思うか?」
『タケル様が本来の力を使えば可能でしょう』
青龍が目を細めながら言う。
「・・・・よく知ってるな」
『長い付き合いではないですか』
封印・・・か。
多分、渦津神の霊力を使えば、確実に封印できる。
手の傷跡を見て、袖を後ろにやった。
「ほかの方法で止める」
『タケル様!』
バチッ バチバチバチッ
横に雷が走った。
九頭龍は1柱でも正気に戻れば、人間の姿に戻るはずだ。
リヒメに俺の声さえ届けば、きっとリヒメなら戻れる。
黄金の矢を出した。
『どうするつもりですか!? その矢で九頭龍を打ってしまったら・・・』
「天照大神に問うだけだ」
パンッ
金色に輝く矢が分厚い雲を突き抜けていった。
雲に一瞬だけ穴があけて、すぐに塞がってしまった。
「・・・ダメか」
『雲が・・・』
「天照大神も隠れたまま、光を差さない。あくまでも九頭龍の行く末を見守るようだな・・・この状況を見ているのは確かなのに」
『相変わらずですね。神々の考えはわかりません・・・』
「だな・・・」
矢をしまって、リヒメの神楽鈴を取り出す。
シャン
清らかな音色だ。
― みんなを穢れから救いたい。
邪神の好きにはさせない。九頭龍は、そう誓ったの。だから戦う ―
自ら人に危害を加えようとしてどうするんだよ。
誇り高き九頭龍一族だと、豪語していたくせに。
「青龍、今から俺の言うところに下ろしてくれ」
俺の声はすぐに雷にかき消された。
青龍が小さくうなずく。
『なるほど・・・そうですか。タケル様はしばらく見ない間に随分、無理されるようになりましたね。あの九頭龍に何か・・・』
「気まぐれだ」
グルルルルルルルウ
リヒメは理想論ばかりだった。
九頭龍の尻尾は侵食するように黒くなっていた。
「カナエさん・・・」
「だ・・・大丈夫・・・・」
巫女のほうも限界が来ているようだ。
トンッ
青龍がリヒメの頭から一番近い地面に、俺を降ろす。
数珠と神楽鈴を地面に置いた。
グアアァァァァァァァ
九頭龍も苦しんでいるようだ。
侵食する毒を抑え込むほどの力も残っていないのだろう。
― かけまくもかしこきいざなぎのおほかみ
つくしのひむかのたちばなのをおのあはぎはらに
みそぎはらへたまひしときになりませるはらへどのおほかみたち・・・・―
目を閉じて祓言葉を唱えて、自分についた穢れを祓う。
神道の祓い言葉は、なかなか体に馴染まないが、龍神との誓いには必要だ。
シャン シャン シャン
神楽鈴を3回鳴らした。
リヒメが少し反応する。ほかの九頭龍は人里に下りようとしていた。
「天照大神聞こえるか?」
天に向かって叫ぶ。
「リヒメ! 橘タケルは、九頭龍の竜宮リヒメと共に婚姻の結びを果たし、九頭龍の巫女となり人々のために尽くすことを誓う!天照大神の御前で誓う!」
九頭龍のリヒメの頭だけがこちらを向いていた。
「リヒメ、お前はどうだ? 俺を婿と認めるか? 認めるなら・・・」
カッ
突然、光が走った。
リヒメが人の姿に戻って、ふわっと落ちてくる。
「タケルー」
九頭龍の姿が消えて、リュウイチ、リュウジ、リュウサブロウ、リュシロウ、リュウゴロウ、ロクリュウ、シチリュウ、ハチルが人の姿に戻っていった。
巫女が駆け寄っていく。
「はい! 誓います」
リヒメが満面の笑みで降りてくる。
「あ・・・・・」
「リヒメ」
ふっと意識を失った。呼吸は正常、体に穢れが残ったか。
リヒメを抱きかかえながら息をつく。
「ったく・・・・」
雨が収まり、分厚い雲が次第に晴れていった。




