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31 箱根観光

「わぁ、特急だよ。速いね」

 リヒメが特急箱根ロマンスカーに乗って、興奮気味に窓に張り付いている。


「リヒメはよく飛んでるんだろ? 速いし。こうゆうの面白いのか?」

「自分で飛ぶのと運んでもらうのは全然違う」

「へぇ、まぁ、そんなものか」

 弁当の蓋を開けながら言う。


 肉のいい香りがした。

 駅弁なんて高いから食べたことないんだよな。

 すべて、リュウイチの奢りらしい。

 

 やっぱり世の中、金だ。

 

「やっぱり九頭龍といったら箱根なんだな」

「そうそう。みんな仕事とかで散らばってるけど、本家は箱根にあるの。箱根はいいところだよ。大涌谷ってなんかすごいところもあるよ」

「なんとなく知ってるよ」

 箱根には遠い昔に行ったことがある。

 あまり、記憶にないけどな。


「見てみて、日本武尊さんが動画上げてるよ。日本書紀暴露話だって」

「随分、攻めたな・・・いろんな意味で」

「体張ってるよね」

 再生数が上がるとは絶対に思えない動画でも、なぜか伸びるんだよな。

 まぁ、俺もなんとなく見てたけど。


「『すりーすたー』の3人は?」

「タケヒコさんが家を見つけてくれたよ。今後はそこで3人で住んで配信するって」

「私を呼んだか?」

「・・・・・・・」

 しいなが前の席から歩いてくる。


「残念ながら、もう穢れは振りまけない。清楚系? アイドルとかいうので、売り出すつもりだ。慣れぬ言葉で、ぞくっとするな」

「・・・どうして3人を連れてくの?」

「箱根で動画撮りたいんだと」


「私らは稼いでるからな。ちゃんと料金も払って乗車しているぞ」

「当たり前だよ」

「箱根の様子を動画にするつもりだ。もちろん、日本武尊の許可は取っておる。清純派アイドルになりに行くため、パワースポット巡りをするのだ」

「別々に行動するよね?」


「一応な」

 5つ前の席で、りことももが楽しそうにスマホで写真を撮っていた。


 大蛇双の顔を見たのは、俺が使役する式神の中でもしいなだけだ。

 きっと、九頭龍の集まるときを狙ってくる。

 しいなには、大蛇双が現れたらすぐに知らせるように伝えていた。


 琴音の眷属とも、戦うことになるかもしれない。


九頭龍の縄張りとはいえ、気は抜けなかった。


「婚約の儀まで、私がタケルと一緒に観光するのもアリだぞ。リヒメも準備があるのだろ?」

「なっ!?」

「邪神の言葉を真に受けるなって。しいな、席に戻れ。通行人の邪魔だ」

「つまらぬな」

 しいながにやっと笑って、席に戻っていった。


「なんだか、タケルがしいなと仲良くなってる気がする」

「別に変わりないって」

「そうだよね。じゃあ、タケルを信じる。あ、そうだ。九頭龍もSNSやってるんだよ。タケル、フォローして」

 リヒメがころっと表情を変えて、スマホを見せてきた。

 



 夕方までリヒメとのんびり過ごしていた。

 特にどこかに行くわけでもなく、箱根神社の途中で休憩して、ご飯食べたり、小鳥の動画を撮ったり、他愛もない時間だった。

 清流の流れる場所だ。

 九頭龍だけじゃなく、他の龍にとっても過ごしやすい場所だろうな。

 

 リヒメはずっと楽しそうにしていた。

 まぁ、リヒメが満足ならいいけどな。



「ナビだと、待ち合わせ場所はこの辺なんだけどな」

「なんかすみません」

「いやいや」

 リュウイチが車のハンドルをきる。


「もっと、タケルと散歩してたかったな」

「ノロケならいらないぞ」

「そ、そうゆう意味じゃないって! 今まで忙しかったからゆっくりできなかったの」

 リヒメがむきになって言う。


「はははは、からかっただけだよ」

「もう・・・あ、大涌谷に行こうと思ったんだけど、今日は霧が濃いから行けなかったの。でも、天気もよかったから、口コミで有名なクレープ食べたの。美味しかった」

「よかったな」

「うん。動画もたくさん撮ったから、今日の夜まとめたりしようかなって思って」

 リヒメがニコニコしながら、リュウイチに説明していた。


「観光も楽しめたようで何よりだよ。箱根は食べ物も美味しいからな」

「あ! あれがしいなたちだよ」

「あぁ」

 しいなたちが、紙袋を持って電柱の傍で待っていた。

 リュウイチが車を止める。


「ふぅ、待ちくたびれたぞ」

「なるほど、彼女たちが、『すりーすたー』いう、2,5次元アイドルか? へぇ、イラストとはいえ、中の人間もそっくりなんだな」

「そりゃそうだ。私がしいな。二人はももとりこだ」

「ももです」

「りこです。よろしくお願いします」

 りことももがふんわりと微笑んで頭を下げる。


「なるほど。リヒメからはタケル君が最近使役した邪神だと聞いてるよ。タケル君もすごいね、ライブ会場だったんだろ? あんなに悪鬼が集まる場所で抑え込むなんて」

「日本武尊さんもいたんで」

「兄さん、私も頑張ったんだよ」

「うんうん。リヒメは頑張り屋だもんね」

 九頭龍の兄たちは、リヒメにものすごく甘い。


「でも、タケル君も確実に実力者だ。こんな素晴らしい婿がリヒメのところに来てくれてうれしい限りだよ」

「えへへ、そうだね」

「・・・・・・・」

 リュウイチが運転する車に乗って、今日の宿泊場所に向かっていた。


 箱根神社から少し離れたところに、九頭龍の住む洞窟がある。 

 今日泊まる宿は九頭龍の存在を知っていて、湧き出る温泉では穢れを祓うことができるのだという。

 心身清めてから、婚約の儀をかわすのが習わしなのだと聞いていた。


「しいな様、さっきアップした写真、もう1万いいねがついてますよ」

「ふむふむ。もっと観光スポットとか行きたかったな」

「配信したら、もっと伸びそうですね。清純派になって顔を出しても、全然人気が衰えないんですよ。私たちすごいですね」

「そりゃそうだ。私たちの美貌にかかればな」

 しいなが嬉しそうに笑っていた。

 髪の隙間から、妖狐の寧々が見える。 


「はぁ・・・騒がしいな。車に乗ってるときくらい静かにしろって」

 俺の持つ式神の中でも、トップクラスに騒がしい奴らだ。

 確実に若いのもある。

 

「リュウイチ兄さん、別々の宿にしてもよかったのに」

「式神は近くにいたほうが何かとタケル君も都合がいいだろ」

「まぁ・・・そうですね」

 さっきまで晴れてたのに、雲行きが怪しくなっていた。

 ぽつりぽつりと地面を濡らし、今にも一気に雨が降り出しそうだった。

  

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