29 姫の企み
日本三大怨霊として名高い平将門の墓は、死後もなお、呪いが続いている。
だが、怨霊になったのか理由がある。
無念だったのは覚えている。
あとは、守りたいものがあったこと。
思いの矛先は、最終的にどこへ向ければいいのかわからなくなっていた。
何百年もさ迷い続け、どこからか記憶は途切れている。
令和の時代に生まれてきたときには、ほとんど何も覚えていなかった。
阿仁三家の血筋じゃなければ、普通の高校生になれたのだろう。
ただ、魂に溜め込んだ悔しさは滝夜叉姫のほうへ向いたようだ。
滝夜叉姫は平将門の娘、五月姫ともいう。
琴音はまだ前世の延長線上にいた。
何の因果か知らないが、よりにもよって、阿仁三家に生まれてきてしまったからな。
あのとき、敗北を擦り付けられた・・・。
じゃらん
数珠をしまう。
紙に浄化の文字を書いて、自分の体の穢れを祓った。
しゅううぅぅぅぅ
「あの穢れは、さすがのお前でも効くのか」
「いや、リヒメに勘づかれないためだ。別に、俺は琴音の穢れくらいなんてことない」
家に戻ると、リヒメはいなかった。
リュウイチが九頭龍を招集したらしい。
メモ用紙に、”絶対に浮気はしないこと”と書かれていた。
「お前も複雑なのだな」
しいながこちらを見ながら言う。
手のひらくらいの妖狐を撫でていた。
「定期配信行かなくていいのかよ。俺の部屋でやってるんだろ?」
「りことももがやってるんだろ?」
「しゃべりは2人のほうがいい。私は歌専門だからな」
少し自慢げに話す。
「りこ、もも、私は元々子供の人形だった。アマツミカボシの神社に置いて行かれたところを拾われ、邪神になった。アマツミカボシを信仰していた・・・・穢れ・・・悪鬼だな」
「ふうん」
ソファーに座って外を眺める。
「恨んだのか? 人間を」
「私らを大切にしてたのは、子供だ。大きくなったからいらなくなっただけ。捨てられたからといって、恨むわけなかろうが」
しいなが自分の髪を伸ばしながら言う。
「でも、”星”の名を受けた以上、我は邪神だ。現に人間たちが我らを見て、生活が狂っていく者たちを見るのは面白かった」
「アマツミカボシもうまく利用されたな。本来はお前らみたいな邪神を集める神じゃない。ただ、まつろわぬ神とされているだけで、古くからの神のはずなんだが・・・」
「星への信仰が薄い、人間どもがいけないのだ」
窓の前に立って、天を仰ぐ。
今にも落ちてきそうな星が輝いていた。
「あんなに美しい星が悪であるわけなかろうが」
しいなが飛びつくようにして、星に手を伸ばした。
「そういや、ちゃんと金は入れろよ。かなり儲けてるんだろ」
「日本武尊の管理下だ。いくら稼げるか知らん。私らには必要ないからな」
「はぁ・・・・金っていくら稼いでも消えてくんだよな」
ガタンッ
「おうおう、これが九頭龍家の家か。随分狭いな」
人型の姿をした大蛇らしき者が一人、あと1体は小さな龍の姿で入ってきた。
元は双龍なのだろう。
人型のほうは力を封印されてるようだな。
しいながすっと身構える。
「人の家に勝手に入ってくるなよ」
「ん? そうか、お前が九頭龍の巫女か。ちょうどいい」
男が頬に鱗を浮き上がらせる。
「巫女を人質にしてやる」
飛びかかってくると同時に、剣を出していた。
― 邪気払いの剣 ―
― 呪詛剣 浄衆阿修羅 ―
カンッ
安っぽい剣を弾く。霊力が少なすぎる。
「俺の剣を受け止めるか!?」
「大蛇が何の用だよ」
瞬時に霊力を放出して、龍を吹っ飛ばした。
「な!?」
ドンッ
建物が軽く揺れた。
「何しに来た? 俺は気が立ってる」
「そ、その力は・・・」
自分の中の穢れがたぎっていた。
こいつを消すことに、何のためらいがあると。
そうだよな。
俺も琴音のようになれば・・・。
「お前はまさか・・・・」
「タケル、ここで暴れたらリヒメにバレるぞ」
しいながため息交じりに言う。
「・・・わかってる。ちょっと様子を見ただけだ」
数珠を鳴らして、剣を消す。
「いっ・・・や、焼けるようだ・・」
「だろうな。俺の剣は、そうゆう剣だ」
剣を数珠に戻す。
大蛇がかばうように、右腕を押さえていた。
1体の龍がすぐに、治療に回っている。
「で? お前は誰だ?」
「お・・・・俺は岩場に封印された大蛇だ、今度こそ九頭龍に復讐を・・・巫女を人質に取るつもりだったが、ここまで強いとは。陰陽師がまだ力を持っていたか」
「細々とやってきたらしいね。つか、その程度の力で九頭龍に勝つつもりか。正直、リヒメよりもはるかに弱いぞ」
「!!」
大蛇が腕で口から出た血を拭っていた。
「弱き龍も意外といるのだな」
しいながぼそっと呟いた。
「俺の力は封印されている。が、こんなものじゃない。丑の刻に封印が解かれ、双龍へと戻る。滝夜叉姫の眷属によってな」
「は?」
「信じられないだろうが、滝夜叉姫はまだこの世界に存在してるんだ」
小さな龍が男の前に、結界を張っていた。
「じゃあな。陰陽師。今度こそ九頭龍を潰しにいく。封印すべきは、奴らだったのに」
「ちょっ・・・・」
龍のような蛇のような鱗を浮き上がらせて、夜風に消えていった。
「琴音・・・」
琴音は徹底的に九頭龍を潰すつもりのようだ。
結界を解く瞬間、眷属を放っていたらしい。
力を抜きすぎたな。
「いつの世も乱世だな。我も力を貸してやろうか? 寧々を助けてくれた礼だ」
「新入りの邪神のくせによく言うよ。そもそも、お前は俺の使役する邪神だ」
「あ、そうだったな」
「それに、本物の乱世など、経験したことないだろうが」
数珠をしまって息をついた。
「本物の乱世はこんなものではない・・・今は確かに悪鬼が多くなってきたが、乱世のころとは比べ物にならない。でも、琴音は・・・」
九頭龍と双龍を戦わせるということは、乱世が起きてもおかしくない。
天候が大きく左右されるからだ。多くの死者が出る。
滝夜叉姫は、この時代にも乱世を引き起こしたいのだろうか。




