28 滝夜叉姫
『おにぃぃぃぃちゃん、どうしたのぉぉお?』
結界を一つ一つ解いて、近づいていく。
「最近どうだ? 体の調子は?」
『元気だよ。本全部よんじゃったから暇かな』
「本か・・・んー、琴音はどんな本が面白かった?」
『ギリシャ神話や北欧神話のファンタジーが面白かったよ。後は近代のコンピューター技術書、魔法みたいで楽しい。ドイツのお城とか、イタリアやフランスの絵画とかの本もいいな』
話していくうちに、牙が消えていく。
結界の傍には本や着物、裁縫道具が置かれている。
本は日本の歴史が書かれた書物は避けていた。
なるべく、人間でいられるように・・・。
「じゃあ、今度、新しい本を持ってくるよ。琴音は好きなものが多いな」
『へへ・・・ことねは欲張り』
今回は大金が入った。
ほしい本はすべて買ってやれるだろう。
『おにいちゃん、神の匂いがする』
「・・・・あぁ、九頭龍の巫女となったんだ」
『九頭龍の神?』
「そうだ」
くるか。
ゴオォォォォォォォ
数珠を出す。
琴音の体が赤い霊力を放出していた。
『おのれ・・・憎き神々につくというのか? 我が一族を葬り去った人間どもの子孫は、今も天照大神のもと、生きているというのか?』
「琴音」
『琴音などではない。我が名は滝夜叉姫じゃ』
きいぁぁぁぁああああ
甲高い悲鳴をあげながら、火の玉を散らす。
― 呪詛鎖 怨嗟 ―
しゅぅぅぅぅぅぅぅ
数珠を盾に変えて、飛び上がった。
火の玉には念が籠っている。怨嗟だけではすべてを受け止めきれない。
リヒメに当たれば、確実に黒龍になるだろうな。
「阿仁三タケル!」
「いいか、お前らは絶対そこから動くなよ」
「!!」
飛び上がりながら、しいなと白虎に指示する。
『あぁ、憎き人間が。なぜ我に協力しない? 一族が不名誉な死を・・・今も鮮明に思い出せるわ。あのときの人間の楽しそうな顔、なぜ我が夜叉になり、奴らが人の姿をしているのじゃ!』
琴音が牙をむき出しにしながら話していた。
狐の尻尾が2つになっている。
ドン
琴音が指を動かして、鎖につないだ2体の妖狐と1体の鬼神を出した。
「滝夜叉姫、そこにいる邪神の眷属を一体奪っただろ?」
『邪神・・・あぁ、そいつからは日本武尊の匂いがするぞ!!』
「!?」
琴音の殺意がしいなに向く。
しいなの前に白虎が立ちはだかった。
『滝夜叉姫様、こやつはタケル様の式神。手出しはさせません』
『阿仁三タケル!!!』
琴音が声をあげると同時に3体の眷属が結界を振り払った。
― 呪詛鎖 幽獄 ―
出口に向かおうとした眷属たちを鎖で縛りつける。
数珠が一粒、がたがたと震えていた。
ガガガガガガガガガ
「くっ・・・・」
琴音の腕が巨大な骨になり、俺を壁に押し付けた。
『阿仁三タケル、我が兄よ』
琴音が飛んで顔を近づけてくる。
『タケル様!』
「タケル!!」
「絶対、動くな。俺は負けない・・・ごほっ」
声を張り上げる。
琴音の霊力が骨まで到達していた。
『お前も我と同等の恨みを持っているだろうが。ともに転生した仲じゃ。神々なんかにつかず、我と・・・』
滝夜叉姫は強い。
意識が薄れていく中、数珠を握り締めた。
― かけまくもかしこきいざなぎのおほかみ
つくしのひむかのたちばなのをどのあはぎはらに
みそぎたまひしときになり ―
シュン
滝夜叉姫が出した眷属たちが次々に消えていく。
『おのれ・・・』
滝夜叉姫が手を放す。
咳払いしながら、数珠を一つつまむ。
― ませるはらへどのおほかみたち
もろもろのまがごとうみけがれあらむをば
はらへたまひきよめたまへとまをすことをきこしめせと
かしこみかしこみまをす ―
滝夜叉姫が頭を押さえて、天を仰ぐ。
ぎゃぁぁぁあああああああああ
『にくき・・・・・・・』
「琴音に戻ってくれ。頼むよ」
『・・・・・・』
陰陽師が放つ祓言葉は、邪神を収め、使役するためのものだ。
霊力が高いほど効果がある。
すべて言い切れば、夜叉にとっては拷問のようなものだ。
霊力がなくなり、着物姿になった琴音が気を失った。
地面を蹴って抱きとめる。
「琴音、俺はお前が生まれたときのことを覚えてるんだ」
指を動かして、琴音の肉体から、しいなと同じ霊力の眷属を奪う。
地下室の中心に歩いていく。
「寧々!!」
しいなが駆け寄って、小さな妖狐を掴んでいた。
「純粋無垢で、一切の穢れがなかった。可愛くて尊い生き物だと思った。俺はもしかしたら、琴音はこのまま普通に大きくなって、その辺の女子中学生みたいに部活動やったり、スマホとか持ったりして、今はそうゆう時代だから・・・」
ゆっくりと地下室の中央に寝かせる。
「・・・・俺は赤子のときのお前を見たから、邪神にならずにいられるんだ。俺が邪神になれば、お前は確実に夜叉として暴れるだろ?」
『タケル様・・・』
「白虎、俺はいつか琴音から夜叉が消えると思ってるんだ。今でも・・・」
気を失った琴音は、尻尾が一つ消えていた。
どうあっても、地下室から出すことはできない。
今、琴音が出ていけば、渦津神が目をつける。
― 縛 ―
ズンッ・・・・
一瞬で、夜叉を縛り付ける結界陣を張る。
あらゆる結界を重ねた、決して動けない縛りのようなものだ。
しいなが驚きの声を出していたが、無視して琴音の頬を撫でた。
「本、買って持ってくるよ。コンピューター関連の本が好きってのは意外だったけどな。なんでも買ってやる。琴音が寂しくないように・・・」
力なく笑う。
琴音はゆっくりと呼吸して、眠っていた。




