27 当主
― 呪詛剣 浄個阿修羅 ―
「龍神を利用し、神々に近づき混乱させ、乱世を引き起こす気か? タケル様といえど、分家の者としてここで止めなければいけない」
「どうしてそうなるかねぇ」
光純が透明な剣を出していた。
分家の持つ剣は、形が少し違う。
「!!」
しいなが身構える。
ザッ
「うわっ」
白虎が飛び出してきた。
門下生の一人が腰を抜かして、その場に尻もちをつく。
ガルルルルルルルウ
「白虎!?」
門下生が声をあげる。
「お前も落ち着け。こいつらが束でかかろうと、俺が勝つ」
『失礼しました。分家の空気が懐かしく、つい』
「そうだな。久々だもんな」
白虎を撫でながら、光純のほうを見る。
「お前のような者が阿仁三家の本家に生まれてくるとは・・・神々は何をお考えか」
「単純に、阿仁三家は呪われてるからだろ」
光純は口調は強いが、俺を恐れているのが伝わってきた。
門下生の手前、逃げられないだけだろう。
「何しに来た? まさか分家をつぶしに・・・」
「ただ、妹に会いに来ただけだ。かわいい妹にね」
「それはっ・・・・」
「ま、許可がなくても、行くけどな」
立ち上がって、光純に背を向ける。
ぎぃいいいあいああぁぁぁぁぁ
琴音の声がする。
しいなが声に反応して、周りをきょろきょろ見渡していた。
「行ってはならない! タケル様といえど!」
光純が地面を蹴って飛びかかってきた。
― 呪詛剣 浄衆阿修羅 ―
カン
「言っただろ。別に分家をつぶそうとは思ってないって」
「っ・・・」
「妹に会うくらいいいだろうが。あいつのことは俺がよく知ってる。長い付き合いなんだから」
数珠を剣に変えて、光純の剣を消す。
白虎が駆けつけようとした鬼神を睨みつけていた。
ぎぎぎぎいぁぁぁぁぁぁぁぁぁ
琴音は俺が来たことに気付いたのか?
「光純様・・・」
「阿仁三家は呪われてなどいない。名が残らなかっただけだ。名の残らない陰陽師など、どこにでもいる。わしは、阿仁三家の血を引くことを誇りに思っておる」
ランプの灯がふっと揺れた。
「呪われてるんだよ。承平天慶の乱、保元の乱、壇ノ浦の戦い・・・平氏滅亡、平安時代の戦乱に、陰陽師として貢献したにもかかわらず、負けて汚名を着せられただろうが!」
「・・・・・・・」
「剣はこんなに奇麗なのにな」
透明な剣を見つめながら言う。
水晶でできた刃が、血の歴史を語っているようだった。
「光純、その年齢まで生きて、死んだ者たちの残した、恨みつらみを感じないのか?」
「・・・・・」
「俺は、この家に生きて感じなかったことがない」
襖を通り抜ける風から、穢れを感じる。
自分たちの苦しみを、知れ、と。
「阿仁三家の先祖は利用されたんだ。魂に残る穢れは、なかなか抜けないんだよ」
ここに漂う穢れは、悪鬼にはならない、阿仁三家特有のものだ。
利用されて、堕ちていった血が残した・・・根の深い穢れだ。
「恨んだとしても、我が先祖は必死に戦った。名が残らなくても、貢献した」
「これを見てもまだそんなことを言えるか?」
「!!」
光純に大渦日神に与えた血の、傷跡を見せると黙った。
「そ・・・それは、まさか・・・」
「こうゆうことだ。契約は続いてる。本家にな」
「タケル様・・・・」
包帯を巻きなおす。
大渦日神が目をつけるのも当然だよな。
1000年以上穢れ続けているのだから。
「・・・・・・・」
「門下生たちもよく考えたほうがいい。近代まで名が残ってる、正統派陰陽師と違い、うちはけた違いの霊力はあるが、吞まれたら底まで堕ちるからな」
小さな式神をそばに置いていた門下生たちが、神妙な面持ちでこちらを見ていた。
『タケル様、私もお供します』
「白虎、大丈夫か?」
『はい』
白虎の毛を撫でながら背を向ける。
「琴音に会わせてもらう。邪魔をするな。どんな者であれ、殺すぞ」
「末恐ろしい子供だな・・・タケル様は」
「ん? 高校生は、まだ子供か? まぁいいか」
「・・・・・・」
小さく呟いて、部屋から出ていく。
光純が何も言わずに、その場に座りなおしていた。
「なんだ? あれは・・・我でも鳥肌が」
しいなが身震いする。
『タケル様、そちらはこの前のライブにいた者ですよね?』
「あぁ、人気Vtuberアイドルをやってる星の名を持つ邪神だ。今後は日本武尊さんのもとで清純はアイドルを目指すらしい。仲良くしてやってくれ」
『なるほど』
地下への扉を開けると、湿っぽい風が吹き上げた。
「こ、ここを下りていくのか?」
「自分で行きたいって言ったんだろうが」
「そうだが・・・」
しいながツインテールを触りながらびくびくしていた。
『改めてみると、随分、若い邪神ですね。今時、というのでしょうか?』
「・・・若いからと言って力がないわけじゃないわ」
しいながぼそっと呟いた。
「最近は活動的な邪神が多いんだ。穢れも多いから動きやすいんだろ」
『なるほど。神も邪神も熱心ですね』
カツン カツン カツン
白虎に説明しながら、地下につながる階段を下りていく。
「呪札か・・・」
「これがないと、暴れるからね。当主の光純でも抑えられないんだ」
部屋の扉にはいくつもの札が貼ってあった。
門下生が、毎日札を取り換えているらしい。
俺が何枚か残している札だ。また、補充しておいたほうがよさそうだな。
手をかざしてすべてを取る。
ズンッ・・・・
重い霊力が走った。
ゆっくりと扉を開く。
「琴音、元気にしていたか?」
『おにいぃぃぃちゃん?』
「あぁ、しばらく来れなくて悪かったな」
琴音は広い部屋の真ん中で、地面に描かれた結界に縛り付けられていた。
体は4歳のまま、赤い着物の下からは尻尾が出ている。
妖術使いだったが、狐の耳が生え、日に日に妖狐に近づこうとしていた。
妹は俺が生きていた時代から転生していた。
さらし首にさせられて、家族もろとも殺された武将の姫だった。
夜叉になるしかなかった、姫だ。
悪鬼よりも、邪神よりも残酷なことを、人間は平気でする。
『おにぃぃぃちゃん』
にこっと笑うと牙が見えた。
今日は人間の部分が少し残ってるみたいだな。
いつ消えるかわからないが。
「白虎、しいなは端にいろ」
『承知しました』
「・・・・こ・・これが・・・・」
しいなが怯えながら、白虎の毛を掴んでいた。




