26 分家
― タケル様 ―
黒蝶が俺の周りを飛び交う。
「あぁ、津守家か。放っておけ。九頭龍の婿になった時点で、なんとなく想定していた」
「タケル?」
リヒメがキッチンからこちらを覗くと、黒蝶が姿を消した。
「夕食おいしかった?」
「あぁ、ハンバーグがおいしかったよ。洋食も作れるんだな」
「うん! 料理は一通りできるから、任せて」
真新しいエプロンをつけている。
「ふむ・・・確かに美味しいな」
「しいな様、口の周りにソースがついています」
「私はこのポテトフライが好きですね。うん、美味しい。ガーリックパウダーがかかっていて、食欲をそそります」
『すりーすたー』の3人が一緒に食事をしていた。
リヒメが頬を膨らませる。
「いつまでいるの?」
「仕方ないだろう。日本武尊と契約を結ぶこととなったから、前の寮を追い出されて居場所がないのだ」
「お金はあるのですが、戸籍? とか住民票とかないから、住む場所が見つからず」
「配信はしていかなきゃいけないので。あ、明日、パソコンの接続確認させてください。ゲーム配信の予定です」
りこが口を拭きながら話していた。
「せっかく新婚生活なのに・・・」
「どうせままごとみたいなものだろう」
「そんなことない。タケルと私は運命の糸で結ばれたの」
リヒメがにこっと笑って、皿の水を切っていた。
運命ねぇ・・・。
「今、日本武尊さんが3人の住む場所を探してるから安心しろ」
「うん」
カナエさんが持ってきたハーブティーに口をつける。
西洋のものは意外と肌に合うんだよな。
ドドーン
「あ、リュウイチ兄さんから電話。ちょっと部屋行ってくるね」
リヒメがスマホを持って、慌ただしくリビングから出ていった。
完全に声が聞こえなくなったのを確認して、しいなのほうを見る。
「明日、分家にいく。お前も行くか?」
ガタン
「それはっ・・・・」
「眷属を返せる保証はない。琴音は封じられてるからな。現状を見る程度はできるだろう」
頬杖をつく。
「たまたま用事があるだけだ。九頭龍の婿になったことも、まだ伝えていなかったしな」
「・・・なんでもいい。連れて行ってくれ」
「わかった。分家の式神と喧嘩はするなよ」
しいなの表情に緊張が走っていた。
そりゃそうだろうな。
分家の持つ式神は、こいつらより確実に格上の邪神だ。
霊力は俺よりはるかに劣るけどな。
「しいな様が行くなら私たちも」
「りことももは配信をしてくれ。ライブは中止になったし、ファンが離れていったら困るしな」
「そ・・・そうですね・・・SNSではざわついていますし」
「でも、どうか気を付けてください」
「俺の式神である限り、何が出てきても、消えることはない。絶対にな」
窓の外を見つめる。
静かな夜だった。しばらくすると、リヒメの笑い声が聞こえてきた。
梶原家は神奈川県の鎌倉駅から40分程度歩いた場所にある。
本家のほうがボロいアパートなんだよな。
「食べ歩きか。よいなぁ」
「曲がるぞ。はぐれたら、数珠に封じるからな」
「ちょっと、美味しそうと思っただけだ」
小町通りから外れたにもかかわらず、観光客が多かった。
海岸から離れて、人通りの少ない森のほうに向かっていく。
「九頭龍の姫は連れてこなくてよかったのか?」
「リヒメには図書館に行ってくるって言ってる。絶対に、分家のことは話すなよ。つか、なんだよ、そのかっこう」
しいながツインテールを帽子で隠して変装していた。
「我・・・私はアイドルだからな」
「顔出さないアイドルなんだろ?」
「確かにそうだが・・・」
若い邪神らしいな。
幼くして人を恨み、邪神になったところをアマツミカボシに拾われたってところか。
「アイドルか邪神か、アイドルか・・・私はアイドルだ」
「俺に使役された邪神だ。現実を見ろ」
しいながレストランのガラスで自分の姿を見る。
「とりあえず、可愛いことは間違いないな」
「あ、そ」
この辺りは人通りは多いが、八幡神がいるから、悪鬼がいない。
表向きは、だろうがな。
ズンッ・・・・
「!?」
崖の近くにある、明らかに異質な空気が漂う広めの一軒家。
整った庭には、鬼神が1体座っていた。
しいながすぐに何か感づいて、立ち止まった。
「一応、星の名は隠しておけよ。分家のほうが式神にうるさい」
「わ・・・わかった・・・」
しいなが手首を握り締めて、近づいてくる。
ピンポーン
ガチャッ
『はい、どちら様で・・・』
「俺だ。開けてくれ」
『かしこまりました』
「タケル様、と?」
「最近使役した邪神だ。入っても問題ないだろ」
「も、もちろんでございます」
門下生らしき陰陽師の男性が出てきて、庭の門を開けた。
庭にいた鬼神が深々と頭を下げる。
ぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぃぃぃぃぃぃぃぃぃ
敷地に入った瞬間、琴音の声が聞こえた。
ゆっくりと目を閉じる。
いや、俺の知ってる琴音ではない。
梶原家に響き渡っているのは、封印された滝夜叉姫の声だった。
「タケル様から来るとは珍しい」
梶原家の当主、光純が座布団に正座していた。
はげた頭と太い眉が特徴的な爺さんだ。
紙に文字を書いて、門下生に渡していた。
「それに、かわいい邪神だね」
「!?」
しいながびくっとして後ろに隠れた。
分家はまだ陰陽師として仕事をしている。
呪術でも使ってるのか、門下生も絶えなかった。
「父親の借金で首が回らなくなったか? 阿仁三の本家は必ず一家離散することになっている。呪いだな。生活が苦しいなら、力を・・・・」
「金は何とかなってる。別にいい」
「苦しければ貸してやるぞ」
分家は俺の霊力を利用したくて仕方ないようだ。
「無償でくれる契約を結べるなら話を聞いてやる。契約の式神を呼ぶか?」
「い、いや・・・・」
光純の目が泳ぐ。
筆を握る手が震えていた。
絶対に、その手にだけは乗らない。
「今日は報告に来ただけだ」
「報告?」
「俺、九頭龍の妹の婿になったから」
「なっ・・・・」
光純が筆を止める。
周りの門下生たち10数名がざわついていた。
「何を企んでる?」
「別に、金に目がくらんだだけだ。それ以上のことはない。俺の家、借金あるからね」
「は?」
「いちいちビクビクするなって」
腕を組んで、光純の前に座った。
ピリピリとした空気が流れている。
しいなが緊張しながら後ろに隠れていた。




