25 秘
日本武尊さんがライブに来た者たちの記憶を改ざんした。
天下一の白鳥のヤマトさんが出てきて、盛り上がったところで、しいなの体調不良により、ライブができなくなった、ということになっていた。
邪神、悪鬼との戦闘が始まってからの時間は、人間の記憶に残らない。
あんなの残ったら歴史が変わってしまう。
「うぅっ・・・不覚」
「私たちをどうする気!?」
家の畳に結界を張り、しいなとももとりこを閉じ込めていた。
リヒメが鋭い目つきでにらみつけている。
「九頭龍にやられるとは・・・」
日本武尊さんの横に、クマソ兄弟がペンライトを持ったまま3人を凝視していた。
「まぁ、アイドル活動はそのまま続けろ。これだけ知名度のあるお前らが消えれば、また悪鬼が騒ぎ出すからな」
「よかったー」
エソタケルさんが涙を拭いながら拍手をした。
「・・・・・」
「・・・・・」
日本武尊さんが振り返ると、すんと真顔になる。
「でも、今までのようにはいかないんでしょ?」
「そうだな。穢れは広まらないように、調整しないとな。もし、穢れを放ち悪鬼を集めていることが分かれば、消滅させるしかない」
数珠をしまいながら、しいなを見下ろした。
歯をぎりぎりと噛んでいる。
「そんなの無理だよ。私のライブスタイル自体、悪鬼を生み出すためのものだもん」
「そうだ。そのために、ここまで努力してきたんだから」
「そういうと思って、俺がいる」
りこが言うと、日本武尊さんが堂々と声を張り上げる。
一気に部屋の温度が上がった。
「君たちを清楚系アイドルとしてプロデュースしていこうと思う」
「な!?」
「清楚系!? 清楚・・うっ、寒気が・・・・」
ももが身震いした。
「プロデュースとはどうゆうことだ?」
「そろそろ、会社を立ち上げようと思ってたんだ。やっぱり、若者の目標になるような者を目指すというと、社長業だろう。最近有名になった君たちが移籍してくるとなると、信頼性も増す。いいタイミングだった」
「しょ・・・正気か? 私らは邪神だぞ」
しいなが大きく目を見開いて、こちらを見る。
「まぁ、ということだから。『すりーすたー』の今後は日本武尊さんに任せる」
「待っ・・・・」
― 縛 ―
ズンッ・・・
「!!」
指で印を結ぶ。
結界の模様が3人の腕に刻まれた。
「契約は完了した。どこでも好きなところへ行け。ただし、俺の配下にいることは忘れるな。裏切るような真似をすれば、すぐに殺す」
「・・・・わかった・・・悔しいが、ここまでやられたら完敗だ。煮るなり焼くなり、好きにしろ。阿仁三タケル」
しいなが項垂れていた。
「だから、何もしなければ面倒なことしないって」
頭をかく。
「しいな様・・・」
「今は、こいつに従う。阿仁三タケルとあれば、仕方ない。今後、あいつが邪神になることを祈るしかないな」
「・・・はい」
りこが悔しそうに腕を撫でていた。
結界の模様が回るようにして、皮膚にしみ込んで消えていく。
「あぁ、3人ともあとで連絡先を教えてくれ。今後の活動は俺が管理するから。もう大体のスケジュールも組んでいる。後でグループ作っておくから入ってくれ」
日本武尊さんがスマホを出した。
「えっ・・・神などと連絡先を交換して・・・」
「日本武尊さんに従え。命令だ」
「・・・はい」
「我々にも是非!!!!」
「私情は挟んでいません。こ・・・今後の、ヤマトさんの活動のためですから」
クマソ兄弟が食い気味ににじり寄っていった。
『すりーすたー』の描かれたストラップを隠しきれていないけどな。
「阿仁三タケル・・・」
しいながスカートを直して立ち上がる。
「橘タケルだ。阿仁三と呼ぶな」
「了解した。少し、2人で話がしたい。いいか?」
「2人で・・・・?」
お茶菓子を食べていたリヒメが急に殺気立って、しいなの前に立つ。
口をすごい勢いでもぐもぐ動かしていた。
「うぐっ・・・と、どうして2人で話す必要があるの?」
「私は別に、嫁となる者がいても構わないがな」
しいなが挑発するように、ツインテールを触りながら言う。
「タケル、お前だって聞かれたくないことくらいあるだろう。いいのか?」
「わかったよ。リヒメ、ちょっと部屋を出る。すぐ戻ってくるから」
「えっ・・・わかったけど、すぐ、戻ってきてね。待ってるから。なんかあったら連絡してね。しなくても、時間かかるようだったら駆けつけるけど」
リヒメが声を小さくしながら呟いた。
「これが、今後の3人の衣装だ」
「黒くないなんて・・・黒か紫が『すりーすたー』のイメージなのに」
「清楚系だからな。赤、青、黄色だ。全員ピンクってのもアリだな」
後ろで、日本武尊さんが清楚系アイドル『すりーすたー』の今後をタブレットで映しながら説明していた。
本当に、なんでもできる神だよな。
「いってらっしゃーい」
リヒメが軽く手を振った。
「・・・・・」
リヒメは俺の正体を、どこまでわかっているんだろう。
外に出ると、月が雲に隠れていた。
隣のアパートの電気がちかちかしている。
「話はなんだ?」
さび付いた手すりに寄りかかって、腕を組む。
「邪神に近い陰陽師でありながら、九頭龍の妹と結婚するとはな。しかも随分好かれてるようだ。何か裏でもあるのか?」
「違う。ただ、金に目がくらんだだけだ」
「なるほど・・・金か。人間生きていくためには金は大事だしな。私にはあの紙切れにそんな魅力があるとは、邪神にとっては良い道具になる」
しいなが興味なさそうに言う。
「そんな話だったら、とっとと戻る。リヒメを怒らせたら面倒だからな」
「待て。私は確かに星の名を持つ邪神だ。だが、本来の力はなく、まだ星奈を名乗れなかった。私は欠けているのだ」
手を動かして、双剣の片側を見せてくる。
星の模様は、よく見ると薄れていた。
「ほらな」
「何が言いたい? 別に今更、契約を破棄するつもりはない」
「阿仁三・・・いや、橘タケル。ももとりこがいる場では初対面のふりをしていたが、私はお前をよく知っている。まだ、生まれたばかりのころ、お前に会い、使役されそうになったところをうまく逃げた」
「ん? そうだったか?」
まったく記憶にない。
しいなみたいな新入りの邪神はたくさんいたしな。
「まぁ、あの頃のお前なら、一体一体の邪神など覚えてないだろう。圧倒的な強さ、私は悪鬼に隠れながら逃げるので精いっぱいだった」
しいなが剣を消して、黒く塗った爪を眺めながら言う。
ステージ衣装のリボンが安っぽく光っていた。
「お前の妹はどうした?」
「・・・・それを聞いて、どうする?」
「あのとき引き込んだ、私の眷属を返してほしい。私の魂の一部だったのだ。私が完全となれば、主であるお前の力にもなるだろう」
しいなが天を仰いた。
「大切な眷属だ・・・」
「俺の今の目標は金を稼いで平凡に暮らすだけだ。力が欲しくてお前らを使役したわけじゃない。金と成り行きだ」
「そうだとしても、一体でも妖狐を開放したほうが、お前の妹としてもいいのではないか? 風の噂だが、いまだに溜め込んでいるのだろう?」
「・・・・・・・・・」
痛いところをつくな。
「無理は言わん。主はお前だからな。考えておいてくれ」
しいながこちらを向いて、意味深に笑った。
地面を蹴って、ふわっと飛んで窓から家に入っていった。
ため息をついて、数珠を出す。
水晶をころころ回した。
「・・・知っていたのか。琴音を・・・・」
俺の妹は妖術使いになったときに、阿仁三の分家に封印されていた。
表向きの名は梶原という。
本家とは違い、先祖が残した文書などは梶原家に保管されていた。
忘れもしない、琴音が4歳の誕生日を迎えた時だ。
いつものように、邪神を倒して帰ってくると、琴音は変わっていた。
『許さない』
一言だけ言い放つと、目は青く光り口からは牙が見えた。
琴音は前世の記憶が全て蘇り、怨念に飲まれ妖怪を引き込み、生み出すようになってしまっていた。




