24 夜叉姫
サアァァァァ
リヒメの浄化の舞は、邪神を祓う剣技だが、遠い昔を思い出させる。
美しく清らかな水が飛び散っていた。
まだ、肉体に霊力が追い付いていなかった頃の・・・。
― かけまくもかしこきいざなぎのおほかみ
つくしのひむかのたちばなのほどのあはぎはらに
みそぎはらひへたまひし・・・・ ―
『あー面倒くせぇな。人間全員死ねばいいのに』
穢れをまみれの体で、天井を眺める。
新たに使役した邪神は2体、また増やさなきゃ霊力は暴走する。
この肉体は、陰陽師の器とはいえ難儀だ。
『タケル、お前はどうしてそう・・・』
『大体、なんで俺が神の真似事みたいなことをしなきゃいけないんだよ。そもそも、この家系が呪われてるだろうが。普通に生きる予定だったのに・・・』
『祓詞は基本だ。それに、強い言葉を使うな。陰陽師というものは・・・』
『言葉に魂が宿るんだろ。何度も聞いた』
手に絡んだ黒い穢れを見つめる。
うまく、育てれば悪鬼になりそうだな。
『じいちゃん、俺の穢れ祓ってよ。俺は別にこのままでもいいけど、琴音に悪い』
爺さんが畳に数珠を置く。
『はぁ・・・・お前の父がお前くらいのときはもっとやる気があったんだがな』
『だから新興宗教みたいなの作って、借金抱えたんだろ?』
『・・・・まったくその通り。言い訳もできんわ』
爺さんが息をついた。
『ただ、お前は一族始まって以来の逸材だ。その歳で、100体もの悪鬼、邪神を使役できるとは』
『5歳にして、俺の人生詰みなんだよ。普通の家に生まれたかったな』
普通の人間なら穢れに蝕まれると、苦しむらしい。
俺の場合は、別に何もないけどな。
『お前は、転生者だろうが。どこの者か明かさぬか』
『まぁ、いいじゃん。今は5歳の子供だって』
爺さんのほうを見て、笑う。
俺が転生者だということを知ってるのは、爺さんだけだ。
たまたま呪符を使ってるところを、見つかってしまった。
琴音の暴走を抑える薬を調合してただけなんだけどな。
『穢れくらい消してみろ。お前の霊力なら余裕だろ』
『疲れたし』
別にどんなに穢れがあろうと、俺には何の影響もない。
あえて言うなら、渦事を起こしたくなるくらいだ。
穢れを放ってる人間たちに、それ相応の悪を見せてやりたかった。
やらないけどな。面倒なことは嫌いだ。
『俺は親ガチャに外れたんだ。普通の5歳の子供でいたかった。遊んだり。できれば、悪鬼だとか邪神だとかうじゃうじゃしていないところにいきたかったな』
ワアァァァアァァ
『地獄よりマシか』
窓の外で遊んでいる子供の声が聞こえた。
ボールのはねる音が聞こえる。
『お前、実年齢は何歳なんだ?』
『まぁいいじゃん』
『わしより年上だろうな。その態度』
『だから、今は純粋な5歳だって』
数珠の球を磨く。
『ねぇ、邪神はさ、どうして祀られないんだ? 人間の穢れが生み出すんだろ? じゃあ、人間たちが祀ってくれよ』
ばたん
『お兄ちゃん!!!』
『っと・・・・琴音』
2歳年下の妹の琴音が部屋に入ってきて、真っ先に抱きついてくる。
『琴音、ここに入ってはいけないとあれほど・・・・』
『ごほっごほっ・・・苦しい・・・ここ・・・・』
『待ってろ。今祓ってやるからな』
紙とペンを出して、浄化の文字を書く。
ザワアアアァァァァァァ
部屋の穢れが一気に消えていった。
『やっぱりできるんじゃないか』
爺さんがため息交じりに、腕を組んだ。
『お兄ちゃん・・・ありがとう・・・・ごほっごほっ・・・』
『吸い込んだか。すぐ、よくなる』
琴音は穢れに弱かった。
慌てて窓を開ける。カーテンが膨らんだ。
『爺さん、どうして琴音は阿仁三の力を引き継がなかったんだ? 本当に、引き継いでないのか?』
『ことねはお兄ちゃんみたいになれない?』
『ならないほうがいいって』
頭を撫でてやると、力を抜いて微笑んでいた。
『でも、お兄ちゃんの役に立ちたい』
すさんだ世界の中で、清らかな琴音が唯一の癒しだった。
『琴音は珍しい力を持っておる。今は言えないが、いずれわかる時が来る』
『めずらしい力? ことねが?』
琴音はまだ自分を知らない。
『琴音を、利用するなよ』
琴音の手を握り締めて、爺さんをにらみつける。
『そうだな・・・』
― いずれ・・・・―
『タケル様?』
白虎の声に、はっとして顔を上げる。
『大丈夫ですか?』
『あぁ、ちょっと昔を・・・それより、リヒメは』
ズズッ・・・
「2人とも連れてきたよ」
リヒメがしいなとりこを引きずって戻ってきた。
2人して、完全に霊力を失っている。
「リヒメがやったのか?」
「そう。私だってやるときはやるんだから。九頭竜の末の妹だもの」
リヒメが自慢げに言う。
頬にかすかな鱗が残っていた。後で浄化が必要だな。
「しいな! りこ!」
ももが結果の中で、手を伸ばそうとしていた。
「こいつらは霊力を削ることもないな。このまま、使役する」
数珠を鳴らして、足を鳴らす。
ズンッ ズズズズズズ・・・・
封印と服従の陣を展開した。
しいなとりこと、ももが吸い込まれるように中に入っていく。
― 諸々の渦事、罪、穢れ、あらむをば
清め給ひ、祓い給へと・・・・―
昔をなぞるように唱えていた。
琴音が俺のそばで小さい声で真似していたのを・・・。
『お兄ちゃん。邪神を使役するなんてすごいね。ことねは、ちゃんと邪神の数を数えてるよ』
琴音・・・。
どうして、お前は・・・。
「タケル? タケル?」
「ん?」
リヒメが俺の体をゆする。
3体の邪神はステージ上で倒れていた。
日本武尊さんがいつのまにか結界を張ってくれていたらしい。
邪神は俺の所有物になった。
一気に3体か。名前だけは忘れないようにしないとな。
「タケル、泣いてる?」
「は?」
リヒメの顔がかすんで見えた。
瞬きをすると、目から雫がこぼれた。




