22 共食い
「ヤマトさん、本日はよろしくお願いします」
『すりーすたー』の30代くらいの女性マネージャーが挨拶に来ていた。
「でも、どうして天下一の白鳥を?」
「しいなが。でも、私もファンなんです。写真集買いました!」
「そうか。ファンなのか、あ、これまだ未発売の俺の自叙伝、サイン入りだから」
「ありがとうございます」
日本武尊さんが表情を変えて、本を渡していた。
本当、立ち回りがうまいよな。この神。
モニター越しにステージを見つめる。
『すりーすたー』のメンバーが歌って踊っていた。
このステージでの戦闘になる。
日本武尊さんは、派手にやっても構わないと言っていた。
ライブ内で起こる邪神との戦闘の記憶は速攻で消去できるよう、巫女も配置していると。
神の前だから、手荒な戦闘はできないけどな。
「私の特別はみんなへー、とびっきりのときめきをあげるーうまのひづめ野郎ども!!!」
しいなの歌声が響く。
ステージ裏で待機していた。
「行くぞ、タケルくん」
「了解です」
ザンッ
日本武尊さんが目にも止まらない速さで、ステージ付近にいた悪鬼を消滅させる。
悪鬼が真っ先に客席のほうへ逃げていく。
「しいなは強い、しいなは賢い」
「りこぴょん、りこぴょんりーこぴょん」
「はーい! みなさんのりこぴょんでーす」
歌の合間に入る掛け声でのようなもので、邪神は一層強くなっている。
バチンッ
急に、ステージが暗転する。
「誰だ? 『すりーすたー』のライブを邪魔する奴は。粛清してやるぞ」
「粛清! 粛清! しゅーくーせい!!」
数珠を持ち変えて、ステージの方へ歩いていく。
「誰だ? 私たちの領域に入ろうとする奴は・・・」
俺が出るよりも早く、日本武尊さんが出ていった。
「俺が天下一の白鳥だー!!!」
おぉおおおおおおおおお
「えっ!?」
いつの間にか、草薙の剣が消えていた。
人間たちからはっきりと、見えるようになっている。
いきなり出てきた有名Youtuberに会場がざわめいていた。
これじゃ、また炎上しそうだな。
「日本武尊さん、話が違うんですけど」
「悪い。目立つ場所ってなると、つい反射的に・・・ものすごいペンライトの数だ。いつかこうゆうところに俺たちも立ちたいな」
「歌でですか?」
「歌・・・ダンスも練習中だ」
ガタンッ
「お前ら! ははん、神が来るとはいい度胸だ」
「マネージャーが用意したようですね」
「あの人、天下一の白鳥のファンだもん」
ももとりこがしいなの横に駆け寄っていく。
「ライブはいったん中断。神退治だ」
「はい、しいな様」
しいながマイクを切って、段差から降りてくる。
「わざわざ、私たちの領域に入ってくるということはもちろん、こうゆうことだろう?」
ザンッ
邪気を放つ双剣を持つ。
りことももが、星の文字が刻まれた槍を持っていた。
「うおおぉぉぉぉ粛清、粛清!!」
「しいなちゃんの粛清!!」
人間たちは何かのイベントが始まったと思っているらしい。
声が上がるたびに、穢れが増えていく。
「・・・・・・・」
邪神、しいな、もも、りこを睨みつける。
3人とも絵にそっくりな12,3歳くらいの少女の姿をしていた。
長いツインテールが特徴的なしいなに、りことももが仕えているらしい。
ジャラン
― 呪詛剣 浄衆阿修羅 ―
「っ!?」
数珠を透明な剣に変えて、しいな目掛けて突っ込んでいく。
キィンッ
「・・・お前、その剣は、まさか阿仁三か!?」
「俺のこと知ってるんだ。まだ、新入りの邪神のわりに物知りだな」
「だって、5歳くらいの子供って」
「人間は成長するんだよ」
キィン カン カン
「しいな様がこんなに・・・」
「・・・・!」
素早く斬り返して、追い込んでいく。
「じゃあ、話が早い。正直、もう式神はいらないんだけど、これだけ信者を集めたあんたらを消すわけにいかなくてさ」
「使役するつもりか!?」
「そうゆうことだ」
ガンッ
笑いながら数珠を伸ばして、片側の剣を弾いた。
くるくる回って宙に浮いたのを、軽く飛んで奪う。
「しいな様!」
「・・・・我が剣を、よくもっ・・・人間が触れるなど・・・・」
「そうか。お前ら新入りだもんな」
「?」
邪神の武器は人間の作ったものを改造していることが多い。
元は江戸時代の刀鍛冶が打ったものか。
「お前の本当の名は、星奈か。星の名があるなら、大声で名乗ればいいのに」
「ど、どうしてそれを?」
「消された陰陽師は邪神をよく知るんだよ」
「なっ・・・脅してるつもりか・・・?」
しいなが片側の剣を構えながら言う。
「事実だって」
最近の邪神は、阿仁三の名しか知らないみたいだな。
「その剣を返せ!」
「安心しろ。俺が触れたからと言って、穢れの質に影響はない。ただ、これをどうするか・・・」
「!?」
剣の刃先を見つめながら言う。
人間の生気を吸っているようだ。
やっぱり、面倒だが、ある程度霊力を削らないと使役できないか。
「もも! りこ! こいつに手を出すな! 捕まるぞ!」
「!?」
俺に攻撃してこようとしてきた2人を止める。
― 浄炎焼津 ―
日本武尊さんが上から降ってこようとした悪鬼たちを、浄化の炎を起こして蹴散らしていた。
数十体の悪鬼が悲鳴も上げる間もなく消えていく。
「これならどう?」
りこが照明に槍を突き刺して、電源を切る。
ざわざわざわ ざわざわざわざわ
突然、暗転した客席が動揺しているのが伝わってくる。
ペンライトだけが、人魂のように光っていた。
「なんだなんだ?」
「天下一の白鳥とか出てくるからこんなことになったんじゃないか?」
「プレミアムチケットまで買ったライブが台無しだ」
「アナウンスもないし、こんなライブありかよ」
闇に穢れがうごめき、悪鬼となる。
『あぁぁぁ・・・・しいな・・・様・・・・』
『人間を蹴落としたい・・・・・』
『我々に力を・・・穢れを・・・・』
「・・・・・・」
恨み、妬み、憎しみから穢れが生まれる。
悪鬼ができていく。
悪鬼が邪神を呼ぶ。
神が祓う。
人間が穢れを溜める。
恨み、妬み、憎しみがさらなる穢れを生む。
どの時代も同じことの繰り返しだ。
うんざりする。
俺の中でなぜ人間を救わなければいけないのかという気持ちがこみあげていた。
邪神を生むのは人間だ。
大渦日神が言っていたように、きっと俺もいつか邪神になるだろう。
もともと、歴史にも名を刻まれるほどの・・・そうゆう魂だ。
人間たちは、どこかで見切りをつけなければいけない。
金さえなければな。
「・・・くだらねぇな」
しいなたちから視線を外して、客席を眺める。
「!!」
しいなの剣に霊力を流すと、泥のように溶けていった。
「う・・・嘘・・・・」
いやぁぁぁぁぁぁ
「痛いか?」
闇の中に、しいなの悲鳴が響く。
邪神にとって武器は、肉体の一部のようなものだ。
削られる痛みは、よく理解している。
客席が一気にピリついた。
「しいな様!!!」
「っ・・・・・・」
「悪いね。でも、霊力を削らないと使役できないから。金巻き上げてきたんだろ? 邪神だって、それ相応の代償を払わなきゃ」
笑いながら言う。
「っ・・・・」
「阿仁三タケル!!」
槍を持って襲い掛かろうとする、りこの胸に剣を当てる。
「橘タケルだよ。今はまだ、ね」
「りこ! 避けて」
ガッ
浄化の炎を放とうとすると、ももがりこを倒れこむようにかばった。
かばい合うか。
人間のような動きをするな。
「なんだ? 今の、何が起こってる・・・?」
「推しは無事なのか!?」
「演出じゃないのか? どうゆうつもりだ!?」
観客が異変に気付き始めていた。
不安が新たな穢れを呼ぶ。
客席にいた悪鬼の姿かたちは変化して、ピラニアのようになっていた。
人間たちがライブ会場の客席で、共食いするように互いに喧嘩を始めていた。




