20 推し活について
「えっと・・・日本武尊さんかタケヒコさんだけでいいんですけど」
「うちのエタケルとオトタケルが珍しくいきいきしてね」
「『すりーすたー』のことを語ってほしいって言われたらいてもたってもいられなくて」
「チケット倍率ものすごい高かったけど、そこはヤマトさんの力を借りて取れたんだ」
「うんうん」
日本武尊さんが椅子に座りなおして、大福を食べていた。
語ってほしいとは、一言も言っていないんだけどな。
「クマソタケル兄弟は天下一の白鳥のチャンネル登録数が日本で二位になってから、ほぼ引きこもりみたいなものだったんだ。こうやって出てきて嬉しいよ」
「『すりーすたー』のことなら俺たちの出番だ。何でも聞いてくれ」
「俺たちは結成当初から知ってるよ」
「・・・・・・」
クマソタケル兄弟が家に来ていた。
兄弟そろって、ロリ系の女の子が描かれたTシャツを着ている。
「で、これは・・・」
「『すりーすたー』のグッズだよ、一部だけどね。これが、りこぴょん、真ん中がしいなちゃん、こっちはももぴー・・・」
テーブルの上に、『すりーすたー』のカップやタオル、フィギュア、ぬいぐるみ、同人っぽい絵まで並んでいた。
「・・・わかります。で、どうしたんですか?」
「ライブで優しく調教された結果、買ってきたんだ」
「楽しかったよな」
「あぁ。あの時の興奮が、今でも忘れられないよ」
コンセプト通り、しっかり調教されてるし。
それにしても、えぐい金の使わせ方するな。
日本の平均年収じゃ、破産するだろ。
似たような絵とロゴが入ったブロマイド・・・1枚1000円が50枚積まれていた。
他のグッズも含めると、今テーブルに乗ってるのは大体2~30万円のグッズ。
こんだけ金使っても、まだライブに行けるだけ金があるのか。
羨ましい限りだ。
「ウズメさんがハーブティーくれたんです。どうぞ」
「ありがとう」
リヒメがカモミールのハーブティーを置いて、隣に座った。
「俺はしいなちゃん推し、ちょっと意地悪なところが可愛い。というか顔も、性格も最高、最強だ」
「俺はももぴー推しだ。ロリ系なのにお姉さんぶってるところがきゅんとするんだよ。ギャップだな」
「そうですか・・・」
絵だけだと、邪神の気配はしない。
絵を描いた人は純粋に好きで描いたからだろうな。
「でも、この子、邪神ですよ」
「・・・可愛いよなぁ」
「邪神です。目を覚ましてください」
「・・・・・・・・・」
リヒメがしいなって子を指して言う。
「・・・・・・・・」
クマソ兄弟が視線をそらした。
リヒメってストレートに行くんだよな。
「特にこの子は強いです。穢れも深いし、悪鬼も多く従えているはず。彼女の周りからは・・・」
「そんなわけない! 俺たちは『すりーすたー』をこの目で見たんだ」
「そうだ! よくわからなくなるほど可愛かったんだ!」
オトタケルがしいなのフィギュアを持ちながら言う。
「いわれてみれば邪神の気配がするな。なんで気づかなかったんだろう」
日本武尊さんが、ブロマイドをじっと見つめていた。
「違います! 気のせいですよ」
「邪神に間違えるくらい可愛いの間違いじゃ・・・だって、ももぴーはライブ中俺に投げキスをしてきましたし」
「そうそう、しいなちゃんだって、スパチャ投げたら読んでくれますし」
「俺たち絶対認知されてるんです。ライブにはいかなきゃ、彼女たちが悲しむ」
グッズを一つ一つ持ち替えながら日本武尊さんに訴えていた。
つか、スパチャまでしてたのかよ。
ん?
邪神でもこれだけ金稼げるのか・・・。
「大規模なライブで目が合うことなんてまずないし、スパチャもお金払ってるから読むだけで、名前を憶えてることなんてないですよ。それに、チケット争奪戦になるくらいなら、別にクマソさんたちがいなくても他の方が席を埋めるんじゃないですか」
リヒメが正論でグサグサ刺していた。
容赦ない。
「・・・・・・」
クマソ兄弟が硬直してしまった。
視線をそらしながら、ぼそぼそ何か言い返していたが聞こえなかった。
「なるほど。確かにエタケルとオトタケルが動画に出たくないって言いだしたのは、推し活を始めてからだな」
日本武尊さんが腕を組んで頷いていた。
「穢れは人の心を狂わせますしね」
「まさか、邪神のライブが原因だったとは・・・最近、どうも気が抜けてるな」
「日本武尊さん、無理しちゃダメです。ただでさえ、有名になることは穢れを背負うことになるんですから」
「はははは、ありがとう。リヒメちゃん」
「・・・・・・・」
ブロマイドを見つめる。
イラストから透けて、人間の形が見えるようになっていた。
どうしてこんなものに金をかけるのかわからない。
「とにかく、こいつら邪神なので気を付けてください。ライブ会場も悪鬼だらけだと思いますから。じゃ、俺はこれで・・・リヒメ、皿は洗っておくよ」
「タケル!」
「俺たち宿題があるだろ。学生なんだから、勉強しないと。そろそろ試験だし」
「そ・・・そうなんだけど・・・邪神倒さなきゃ穢れが・・・でも、学生でいることも大事ってリュウイチ兄さんに言われたし」
リヒメが口をもごもごさせていた。
金にならないのに、邪神の巣窟に飛び込むわけないだろうが。
席を立って、空のカップを下げていく。
部屋を出ようとした時だった。
「あれ? 日本武尊さん、それどうしたんですか?」
「あぁ、実はゲストとして天下一の白鳥のメンバーに出てほしいって言われててね」
「どうして?」
「表向きは話題性を作るためと言っていたが、彼らが邪神だとすると裏があるようだな」
日本武尊さんが腕を組んでいた。
「俺を倒すつもりか。いい度胸だ」
「クマソさんたちは行かないんですか?」
「推しはライブで輝く推しを見てほしいんだ。配信でいつも言ってる」
「そうそう、俺もももぴーにライブ見に行ったって報告のスパチャして、喜んでもらいたいんだ」
いかつい見た目からは想像できないようなことを話していた。
邪神だって言ってるのに・・・。
「と、まぁこんな感じなんだ」
ゆっくりと、キッチンにカップを置く。
「タケヒコはこの前の撮影で筋肉痛が長引いてて、休憩させたくてね。準レギュラーメンバーのタケルくんを誘おうと思ってたんだ。この前の動画がバズって有名になったし」
「この封筒・・・分厚いですね」
「相場がよくわからないんだ。とりあえず、出演料の30万を持ってきたんだが・・・」
スッ・・・
「是非、やらせてください!」
一瞬で席に戻る。
「ん? 勉強は・・・」
「邪神にやられて廃人になっていく人間を見ていられないんです。クマソさんたちも元はこんなんじゃなくて、天下一の白鳥のボケとつっこみメンバーだったじゃないですか」
「・・・・・・・・・・」
クマソタケルたちが、ぴくっと反応した。
「俺が邪神を伏せますよ!」
「うんうん! 一緒に頑張ろう!」
リヒメが小刻みにうなずいた。
「いや、俺と日本武尊さんが出るんだよ。リヒメは留守番だって」
「龍神と巫女は一緒に行動しなきゃいけないの」
リヒメが口をとがらせる。
正直、リヒメの霊力じゃ"星"の名のつく邪神には敵わない。
穢れるだけだ。
「はははは、安心してくれ。チケットは予備で5枚もらってるんだ。あげるよ」
「ありがとうございます! そっか、私はメンバーじゃないので、クマソさんたちといますね」
「是非そうしてくれるとありがたい。この2人は推ししか見えないからな」
クマソ兄弟が何か言いたげにしてたが、二人で顔を合わせて息をついていた。
まぁ、ライブ中はリヒメに式神をつけておくか。
今のクマソ兄弟じゃ頼りない。
テーブルの上の札束が輝いてる。
滞納していた家賃は、この前払えたから、あとは借金に充てるか。
「あれ? タケル、手をけがしてる? 大丈夫?」
「あぁ・・・・」
リヒメが包帯を巻いた指をじっと見てきた。
「・・・紙で切ったんだ。治りかけだし、支障ない」
「無理しないで。洗い物は私がやるから」
「ありがとう。助かるよ」
手で傷跡を隠しながら話す。
リヒメが腕まくりをして、キッチンに入っていった。
日本武尊さんがタケヒコさんにスマホで連絡している。
「はぁ、邪神だろうがなんだろうがしいなちゃんは最高だ」
「ももぴだって」
「ヤマトさんはあぁ言ってるけど、ライブは思いっきり楽しもうぜ」
「もちろん」
クマソ兄弟が小声で話していた。
完全に持っていかれている。
包帯を巻きなおした。
さすがに、この血に気づく者はいないだろうな。




