19 秘匿の契約
『タケル様』
真夜中、0時を回ったころ黒蝶がひらりと窓から入ってくる。
「なんだ?」
『調整の依頼でございます』
「はぁ・・・・場所は?」
布団から出て、窓の外を眺める。
『ここから徒歩十分のところにある、水神社に潜伏しています。神々はおりません』
「わかった。リヒメは?」
『寝ております。もう一体に見張らせております』
「少しでも動きがあったらすぐに言ってくれ」
『かしこまりました』
式神を消して、数珠を持つ。
パーカーを羽織って、少し肌寒い外に出ていった。
阿仁三家の血は呪われている。
本家だけに受け継がれる、血の呪いだ。
最強の陰陽師として名を馳せたにもかかわらず、政治的に都合が悪くなれば、名を抹消した人間たちを今でも許していなかった。
奴らの恨みは、数百年経った今でも、俺の血に受け継がれている。
祖先は、名を抹消されたときに、渦津日神とある契約を交わしていた。
九頭龍はもちろん、他の神々、邪神であっても知る者はいないだろう。
阿仁三家本家の人間は代々、渦津日神の一柱、黄泉の穢れの神、大渦日神と秘匿とされる契約を結び、強大な霊力を肉体にぶち込まれてきた。
ただ、肉体は普通の人間だ。
有り余る力は、軌道を見失えば暴走する。
式神を多く持ち、力を分散させて霊力をコントロールしていた。
中には発狂して、自ら死を選ぶ者もいたらしい。
肉体を捨て、邪神となることを選ぶ者も・・・。
クソみたいな霊力だ。
契約上、力を与えた大渦日神が弱まったとき、俺が血を介して霊力を分けなければいけないことになっていた。
俺が弱くなれば、大渦日神が力を与える。
ただ、奴が消滅すれば、俺も死ぬ。
大渦日神が消えることなど、ありえないけどな。
ちゃぷん
水神社に入る。
禍々しい穢れが渦巻いていた。
暗闇の中に社が浮かび上がり、風が吹くと葉が空高く舞っていく。
日河比売さんは明日からの例大祭のため、夜は社を空けていた。
黄泉の穢れは悪鬼さえ近づかない。
最近の邪神も、見たことはないだろう。
奴は姿を隠し、自分が出ていける時代を選んでいる。
「なんで、俺がお前に血を与えなきゃいけないのか、納得いかないけどな」
ザァァァァァ
井戸の中から、自分と似たような姿をした大渦日神が現れる。
顔色は悪く、ぼろぼろの服を着て、今にも砂となって崩れそうになっていた。
『契約だからね』
「呪いだろうが」
数珠を小刀に変えて、自分の親指を切る。
ぽたぽたと大渦日神の手のひらに落ちた。
大渦日神が血を舐めると、顔色が戻り、身なりが整っていった。
じゃらん
『おぉ・・・』
数珠を元に戻して、ポケットにしまう。
「終了だ」
『やっと、これで動ける。よく普通の人間の肉体でここまで霊力を高めたな。やはり前世の影響か? お前は怨霊とはいわれているものの・・・』
「前世なんか興味ない。その体、天照大神に焼かれたのか?」
手を上げて、大渦日神の言葉を止める。
『江戸・・・いや、東京の方に立ち寄ったら、迷ってしまってね。天照大神の張った結界に弾かれてしまったよ。そういえば、邪神たちはどうだ? 元気にしてるか?』
「そこそこにね。穢れが多いから住み心地がいいみたいだよ」
手に包帯を巻いて、傷を隠す。
『ふむふむ。良いことだ。何事も小さきことから』
「じゃ、用が済んだのなら俺は行く」
『待てって』
「!?」
すっと、目の前に回り込まれた。
ちゃぷん
水滴が跳ねる。
『久しぶりだろ? 阿仁三タケル。ちょっと話そうじゃないか』
「お前と話すことなんてない」
『九頭龍の末の妹の婿になるんだって?』
「へぇ、よく見てるんだな」
風が木々を揺らす。
「でも、互いに干渉する契約はしていない。俺はただ、血を与えるだけだ。巫女になろうが構わないだろ?」
『まぁまぁ、ただ興味があるだけだよ。気になるじゃないか。結婚となるとな。お前が人を好きになるとは思ってなくて、少々驚いてるんだ』
「暇すぎて、恋愛話まで興味を持ち始めたか?」
『ははは、それもいい』
大渦日神の姿は鏡の自分を見ているようで、鬱陶しい。
ザアァァァァァァ
『良い穢れだ。黄泉の穢れに近づいてきている』
大渦日神が天を仰いで両手を広げる。
星が落ちてきそうなほど輝いていた。
『暴れたくならないか? 阿仁三タケル』
「金が発生しないなら、俺に関係ない。お前みたいに暇じゃないからな」
『そうかそうか。まぁ、いい。今は新入りの邪神たちに任せてみようと思ってるよ。これだけ穢れあふれる時代も珍しい。最近は”星”の付く邪神たちが頑張っているそうだからね。だが・・・・』
― 時が来れば、契約に従い、お前の肉体を借りるぞ ―
サアァァァァ
大渦日神が消えていった。
血の付いた自分の手を見つめる。
『タケル様』
完全に大渦日神がいなくなったのを確認して、黒蝶が舞い降りてくる。
『大丈夫でしょうか?』
「別にあいつに関わるつもりはない。いつものことだ」
『はい』
阿仁三と大渦日神の契約を知るのは、俺の式神の中でも黒蝶だけだ。
白虎はもちろん、朱雀、蒼龍、玄武も知らない。
「リヒメはどうだ?」
『寝ております。猿田彦様も何か気づいてる様子はありません』
「・・・そうか。じゃあいい」
水神社の鳥居を背に、階段を下りていく。




