1 結納金
金と勢いに押されて、承諾してしまった。
リヒメは九頭龍の一柱ということで間違いない。
「九頭龍って頭9つあるけど、今は分かれて暮らしてるの。他の兄さんたちも、巫女さんと一緒に仕事してるよ。大国主のおじさんが縁を結んでくれた」
「・・あ・・・そう・・」
目の前の金が気になって、何も頭に入ってこない。
「で、その金は?」
「結納金。私とタケルが結婚するってことで、兄さんたちが用意した100万だよ」
「本物の・・・100万・・・」
「本物だよ。ちゃんと番号も書いてあるでしょ」
「・・・・・・・・・」
家のテーブルに100万が載る日が来ると思わなかった。
ものすごいオーラを放っていて、眩しい。
「リュウジ兄さんは起業してるから、九頭龍一族は金銭的に困ったことないの。巫女さんと暮らすにはお金が必要って聞いてるよ」
「起業!?」
「そう。コンサルタント会社やってて・・・」
「俺、リヒメと結婚できて幸せだよ。これからよろしくね!」
リヒメの手を握り締める。
これで、しばらく明日食う金に困らない。
借金の返済もいけるかもしれないな・・・。
「へへへ、そう言われると照れるね。で、タケルのご両親は? ちゃんと結婚の挨拶しなきゃ」
リヒメがそわそわしていた。
「!!」
ぱっと、リヒメの手を離す。
あの、兄貴たちは確かに鱗があったけど、霊力の確認はしなかった。
新手の邪神の罠の可能性も・・・。
いや、それはないか。さすがに、そこまで俺もボケてない。
「ねぇ、タケルってば。ご両親は?」
「あぁ・・・いいよ、気にしなくて」
立ち上がって、冷蔵庫から麦茶を取り出す。
「父親はいない。母親もしばらく会ってない。彼氏のところにいるからな」
「なるほど。もしかして、大国主のおじさんが気を利かせて・・・タケルと同棲できる環境を作ってくれたのね」
「・・・・・」
リヒメが口に手を当ててうなずいていた。
九頭龍一族、誰も俺のことは知らないか。
「はい。喉乾いただろ?」
「うん。ありがとー」
リヒメが嬉しそうに麦茶を受け取っていた。
「で? 九頭龍の巫女ってのはどんな仕事をするんだ?」
「私が人間の願い事を叶えるから、その付き人かな。あとは、いろいろあるんだけど、いっぺんにたくさん話しちゃうと混乱しちゃうと思うから」
「ふうん」
麦茶をごくごく飲みながら言う。
まぁ、何となくわかるけどな。
「さっきのお社が私のお社なの。九頭龍をお祀りする大きな神社があって、その分社を兄さんたちから任されてるんだー」
リヒメが毛先をくるくるした。
「あそこで、願いをする人とかいるのか?」
「ちゃんといるよ。小さな神社だけど大切にされてるもん。でも、私の得意分野以外のお願いだと、兄さんや他の神様にお願いしちゃうこともあるんだけどね」
「そうか」
駅からかなり離れて、うっそうとした木々の中にちょこんとあるお社だった。
ぼろぼろだけど存在してるってことは、誰かは信仰してるのか。
「私は別の仕事のほうがメインかな」
「別の仕事って、邪・・・」
「ねぇ、結婚式どうしようかな。私ね、櫛預けの儀式に憧れてるの。明日にする? 兄さんたちが盛大にお祝いしてくれるよ」
リヒメが黒い瞳を輝かせる。
「明日は普通に学校だよ」
「学校・・・そっか、タケルは学生なのね」
「まぁな」
リヒメがコップを両手で持って、にこにこしていた。
「言っておくけど、法律上、結婚できるのは・・・」
「じゃあ、私も学校に行かなきゃ」
「は?」
麦茶を吹き出しそうになった。
リヒメが立ち上がる。
「いや、それは無理だよ。まず、うちは指定の制服じゃなきゃ入れないし」
「じゃ、制服用意してもらいに行ってくる。おしらさまならすぐに作ってくれると思うから、明日の朝には戻るね」
「え? ちょっ・・・」
リヒメの手に鱗が浮き上がり、背中に翼が現れた。
「この姿だと人間に見えないの。巫女さんは別だから安心して。じゃ、いってきまーす」
「いやわかるけど。って・・・」
ぶわっ
窓から飛び出ていった。
翼を広げて気持ちよさそうに飛んでいる。
ザアアァァァァァァァァァ
突然、晴天にもかかわらず雨が降り出した。
「マジか・・・・・」
頭をかく。
道路にいた人たちが、わっと走っているのが見えた。
龍神はテンションによって天候を変えてしまう。
天気予報ではしばらく晴れだったのに・・・。
雨で電車が止まらなければいいけど。