16 穢れの手
鎖妬はもともと一体の悪鬼だったようだ。
周囲の穢れを長年集め続け、妖怪の姿を経て、邪神となった。
この村が、消滅したのは鎖妬がいたからだろう。
神を信仰しない村は、弱い邪神が力をつけやすい。
まぁ、金がないから神を信仰する余裕もないんだろうけどな。
ジャラン
― 呪詛剣 浄衆阿修羅 ―
数珠を透明な剣に変えていく。
『いい剣だな。やっと戦う気に・・・』
ズンッ
一瞬で鎖妬の腕を切り落とす。
ドサッ
『う・・・・あっ・・・・・』
朱雀に当てていた鎌が泥になって落ちていく。
『いひぃぎぃぃいいいいいい』
「どうした? 俺にガキの頃の方が強かったって言ってただろ?」
鎖妬が自分の腕を見つめて悲鳴を上げていた。
左手をかざして、浄化の炎を起こす。
剣についた穢れを拭った。
『ふっ・・・ああああぁぁぁああああ』
「痛みはあるんだよな。邪神でも・・・もっと痛めつけてやろう。この腕で、どれだけの人を殺してきたのか確認させてもらうよ」
『!!!!!!』
切り落とした腕をつかんで、眺める。
力が弱まったのか、右の目玉が腕に移動して、妖怪のようになっていた。
「そんなにびくびくするなって。さっきの威勢はどこに行ったんだよ」
ぎょろっとこちらを見て、怯えている。
『お・・・・俺の・・・腕は、人間には・・・触れられないはずだ。もし触れれば、悪鬼になるはずなのに・・・どうして・・・まさか・・・』
「井の中の蛙だな」
鎖妬が右目を閉じて、腕を抑えながらこちらを見た。
「あぁ、俺は穢れている。血の穢れだ。俺がいつも浄化しているのは表面だけ。中はお前らと同様、穢れてるんだよ。いや、お前ら以上にな」
「な!?」
「今更、どうしてそんなに驚くんだ?」
高笑いしながら言う。
こうゆうときの邪神は滑稽で愉快だった。
「邪神のくせに知らなかったのか? 阿仁三という名を口にしたから、そこまで知ってると思ったんだけどな」
『っ・・・・』
「どおりで態度がデカいと思ったよ。幸い、ここはリヒメもいない。派手に殺してやる。二度と蘇れないくらいに・・・な」
剣を持ち直して、霊力を込める。
鎖妬の表情が変わり、防御に入っていた。
『やぁ』
「!」
突然、鎖妬の隣に邪神が現れる。
暗く深い闇をすくったような霊力。
星まで来たか・・・。
『荒星様!!!』
『・・・・荒星・・・・』
「・・・・・・・・」
鎖妬の腕を持ったまま、剣を構える。
星というつく名は邪神の中でも位が高い。
日本武尊や素戔嗚などの武神と同等の力を持っているといわれている。
こいつらが動いてたのか。
『タケル様、こいつは・・・ほかの四神を呼びますか?』
「いや、奴に戦う気はないようだ。気が変わったとしても、俺なら負けない」
『・・・・・・・』
朱雀が奥歯を噛んで、荒星の姿を目で追っていた。
『うちの鎖妬が悪いねぇ』
「”星”の名の付く邪神か。会ったのは何年ぶりだろうな」
『んー、聞いた話だと5年前くらいじゃないかな』
細い目でこちらを見る。
荒星の存在は知っていた。
星の神、アマツミカボシと似た霊力を放つ邪神だ。
アマツミカボシは日本書紀ではまつろわぬ神として描かれているが、本来は邪神ではない。
”星”の名を持つ邪神は星神の名を借りて、力を強めていた。
星神を信仰していた部族の恨みが、現代に邪神を生み落としているらしい。
俺が使役している式神の中にはいないけどな。
比較的新しい、邪神だ。
『阿仁三タケル、今は橘だったか。ん? 九頭龍の巫女になったのなら、竜宮か? はははは、いいね、その曖昧な感じ。失われた名を持つ陰陽師って感じだ』
「何が言いたい?」
『最近、穢れも熟してきたころでね。陰陽師だって、うずうずしてるんじゃないかなって思って。平安を思い出すだろう? あの気高く美しい陰陽師対決を・・・』
「俺は令和に生きてる。平安なんて知るかよ」
『つれないな。君ほどの力がある者がくすぶってるとは』
「あまり長く話すな。殺すぞ」
吐き捨てるように言う。
『荒星さ・・・・ま・・・」
『あ、鎖妬、腕を作ってやるよ』
『あ・・・・・』
サアァァァァ
『ありがとうございます!!!』
『次はやられるなよ』
「!?」
荒星が手をかざすと、鎖妬の腕が戻っていった。
手に持っていた腕が砂となって落ちていく。
『面白いことをしようとしてるんだ。下地は完成に近づいてる。君も、元はこっちの霊力だ。どうだ? 一緒に暴れないか?』
「邪神は金がないだろ?」
『ん? 金?』
剣を数珠に変えて、ため息をつく。
『金ねぇ・・・・』
荒星は鼻筋の通った精悍な顔つきをしていた。
邪神は基本的に美しい容姿を持つ者が多い。
人目を惹く容姿を、自分で創れるからだ。
「金がないやつには用がない。俺は金のあるものに従うからな」
『クククク、やっぱり、そうこなくちゃね。金か。考えておくよ』
『荒星様?』
『鎖妬は邪神になって、まだ浅いしね。まだわからなくていいよ。ただ、阿仁三タケルはいつか俺たちの側に来る。いつかね』
目じりを下げて、ほほ笑んでいた。
ガタン
日本武尊がくる気配がすると、2体の邪神が薄れていった。
『じゃあね。阿仁三タケル』
荒星が足元に陣を展開し、鎖妬と共に消えていった。
あれは、陰陽師の陣だな。
盗んだのか? それとも・・・・。
朱雀がぱたぱたと駆け寄ってくる。
『タケル様、お怪我はありませんか?』
「全然ないって。それより、朱雀、今の話は日本武尊には言うなよ」
『ど、どうしてですか?』
「言えば今から痕跡を追い、戦闘になる。俺は面倒なことはごめんだ。金が発生しないならな」
『・・・・承知しました。仰せのままに』
朱雀が肩に残った邪神の痕跡を浄化して消していた。
「タケルくん! 悪鬼は全部倒してきたぞ!!」
タケヒコさんがこっちに向かって手を振っていた。
「タケヒコがあそこまで張り切るとはな」
「戦闘ってなんだか久しぶりなんで。でも、企画として成り立ちませんね。こんなに晴れやかになってしまったら・・・」
日本武尊さんとタケヒコさんが話しながら戻ってくる。
割れた窓から、清々しい風が吹き込んでいた。
「演出はしたくない。ありのままの俺たちで勝負してるからな」
「んー、悩みますね。そうだ、タケルくんが一番怖そうな式神を出して、それに俺たちが怯える構図とかどうでしょう?」
「それ、やらせって言わないか?」
黒蝶が日差しに影を作って飛んでいく。
荒星の痕跡を追うように指示していた。
一応、な。




