14 熱い男
『ふぁっ・・・私ってば・・・・』
朱雀が目を覚ます。
「大丈夫か?」
『は、はい、タケル様。えっと、ここは・・・』
「ホテルタイタン2の、ロビーだった場所か?」
周囲を見渡して、砂埃を払う。
落ちて埃のかぶったシャンデリア、崩れかけた柱、割れた窓。
日が差し込むことはなく、植物さえ育たない。
時折、ネズミが通過していくのが見えた。
壁には書きなぐったような呪いの言葉が書かれている。
俺は何ともないが、神々にとってはしんどい場所だ。
リヒメを連れてこなくて正解だな。
「ハハハハハハ、さっき建てていたテントは吹き飛んでしまったんだ」
「悪鬼のせいでな。邪神は出てきてないよ。朱雀も気をつけろ」
日本武尊さんもタケヒコさんも珍しく弱っている。
ネットからの誹謗中傷で、穢れをため込んでいるのだろう。
ネットは名のある神でも浄化できないくらいの穢れが漂ってるからな。
『タケル様・・・ここは、穢れが強いですね』
「あぁ」
この廃墟には邪神がいる。
強い恨みに満ちていた。おそらく、人間から邪神になった者だろう。
いや、もう一体・・・何か・・・。
「まぁまぁ、ちょっと気を抜いてただけだだけだ。なんといっても武神だからな。ごほっごほ・・・」
「そうですよね」
日本武尊さんの顔色がどんどん悪くなっていく。
「じゃ、ちょっと休憩したら行きましょうか。ここから配信でしたよね。うっ・・・」
「大丈夫ですか?」
「嘔吐恐怖症だ。簡単には吐かない」
「そ、そうじゃなくて」
タケヒコが割れた手摺に掴まって、吐きそうになり、口を押えていた。
この神々は、ガチで配信に命賭けてるよな。
『悪鬼が多いですね。武神の様子を伺い、身を隠しているようですが・・・』
「朱雀、この2人を浄化できるか?」
『神を? ですか?』
「そうだ」
『承知しました』
朱雀が下がって、赤い鳥に変化する。
2人の周りに浄化の炎を放った。
ゴオォォォォォォォオ
一瞬にして、穢れが消えていく。
「おぉ・・・タケルくん・・・ありがとう」
「朱雀の炎か。ふぅ、体が澄み渡っていくようだな」
日本武尊さんとタケヒコさんが瓦礫に座りながら、息をついていた。
タケヒコさんの脂汗が引いていく。
「礼なら朱雀に。朱雀、ありがとな」
朱雀がくるっと回って、人の姿に戻った。
『タケル様のお役に立てて嬉しいです』
朱雀がくっついてくる。
「タケルくん、さすが九頭龍の婿なだけあって、霊力がすごいな」
「そもそも、神がそこまで弱るなんて、相当ですよ。本当はこんな廃墟にこもるような企画なんて辞めておけばよかったのに」
「逆境こそ、燃えるタイプなんだ」
「知ってますけど・・・」
『神なのに穢れるの? だって、日本武尊は武神でしょ? どうしてこんなに霊力が弱まってるの?』
朱雀が俺の服をつまみながら聞いていた。
「これだよ」
日本武尊さんがスマホを出して、こちらに見せる。
動画と、そこについた感想が書かれていた。
他のYoutuberを批判したと勘違いされて、炎上した動画だ。
ストレスのはけ口にしているような批判がほとんどだ。
批判している奴らは、自分が正義だとは限らないのに。
ネットは、人が思うよりもずっと、悪鬼がくすぶっている。
邪神の指示かもしれないけどな。
『すごい・・・これじゃ、矢を受けるようなものですね』
朱雀が口に手を当てた。
「全くだ。ネットに自分の名前が書かれて、誹謗中傷を受けると穢れていくんだ。もう、巫女の浄化も追いつかない。巫女がやられてしまうから、自分で浄化してるんだ」
「そこまでしなくても、Youtuberなんて辞めちゃえばいいじゃないですか」
壁に寄りかかって、紙に黒蝶を描く。
指先に止めた。
「目立つから注目を浴びて、批判する人が出てくるんですよ。神って知ってたら手のひら返すんでしょうけど、まぁ、正直に言えばさらに馬鹿にされるかもしれませんね。神を信仰する人も少なくなってきてますから」
「タケルくんの言うことはもっともだ」
タケヒコが腕を組んで同意していた。
「でも、俺は自分に関わったすべての人の、穢れを祓いたい。批判を言ってる者たちの穢れも祓ってやりたい。それくらい、今の世は生きにくくなっているんだ」
日本武尊さんが立ち上がる。
「こいつら・・・相手は顔も見えないし声も聞こえない」
「ん?」
「俺にはここに載ってる呪いの言葉を発する奴らが、全員、人間ではなく悪鬼に見えます。日本武尊さんにはそう見えませんか?」
ふっと息を吹きかけて、黒蝶を飛ばす。
「邪神を使役する陰陽師としては、選び放題ですけどね」
「それが事実であったとしても俺は諦めないよ」
日本武尊さんが強い口調で言う。
「ネットでも、顔が見えなくても、人間の魂は元々美しいものだ。穢れを祓い、どうにかしてやりたいと思うのが神だ」
「・・・・・・・・・・」
「邪神と戦うのが武神だ。な、タケヒコ」
「そうですね。俺たちは日本で登録者No2のYoutuberだから、穢れを一身に受けるよ。でも、ヤマトさんがこんな感じだから自分もやらなきゃいけないって思えてくるんだ。タケル君もなんだかんだ人を救い、穢れを祓ってるんじゃないか?」
「俺は別に・・・」
人を救った覚えなんてない。
悪鬼や邪神は、邪魔だから使役するよう伏せてきただけだ。
「おぉ、話してたら熱くなってきたな。今なら、ここにいる邪神も一瞬で一掃できそうだ!!」
草薙剣を出して、天に掲げる。
「あ、ちょっと待ってください。趣旨を忘れてますよ! 俺たちここで配信をやるんですよ」
「はははははは、この地は淀んでる。邪神がいるはずだ。そいつを倒してから、廃墟散策するぞ!」
「浄化されちゃったら、変な事象も起こらなくなっちゃいますよ! 企画に支障が・・・日本武尊さん!!!」
「タケヒコ! 俺に続け!!!」
ドッドッドッド
ものすごい勢いで、今にも崩れそうな階段を駆け上がっていく。
2人がいなくなったら、一気に涼しくなった。
「はぁ・・・」
『タケル様、どうして神々となんか関わるようになったのですか? 神々はあんなに嫌ってたじゃないですか』
「いろいろと心境の変化があって・・・」
『タケル様がこんなに動くなんて・・・お金ですね』
朱雀がじっとこちらを見ながら言う。
『私の目は誤魔化せませんよ』
「!」
鋭い。
さすが、四神は付き合いが長いだけあるな。
「・・・生きてくには金が必要なんだよ。仕方ないだろ」
『じゃあ、いいのです!』
朱雀が抱きついてくる。
「っと・・・朱雀・・・」
『ふぅ・・・タケル様が、私以外の人を好きになってしまったと思って、焦ってしまいました。そうゆう事情なら大丈夫です』
「別に、朱雀たちの許可をもらう必要ないだろ」
『そうなのですけど。私はタケル様がすべてなので』
黒蝶が戻ってきていた。
「あ、そ・・・・・・」
黒蝶が耳元を通り過ぎる。
リヒメのところは、猿田彦さんがいるから大丈夫と伝えてきた。
指を動かして、黒蝶を消す。
『タケル様、私、最近のタケル様の様子を知りたいのです。どんなことをされてましたか? 高校は楽しいのですか? バイトは何をされてるのでしょうか? 私に、何か手伝えることはございますか?』
「え?」
朱雀が目を輝かせて聞いてきた。
『私はいつ呼ばれてもいいように準備をしておりました。この着物も新調したのです。綺麗な紫陽花の模様は自分で入れたのですよ。綺麗ですか?』
「あぁ、つか、落ち着けって。しばらく、日本武尊さんたちも戻ってこない。一つずつ答えるから」
『はい!』
片腕に、朱雀の羽根が落ちてきていた。




