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十九の夏  作者: 海凪 悠晴
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祭りのあとで(二)

 ここまで来たところで、花火大会の会場エリアから出て、河川敷の通路から道路へ上る堤防の階段に差し掛かる。陽菜子がちょっととぎまぎしながら言う。

「もう辺り……、暗い……よね……。だから……」

「うん」

「……手を繋いで歩いて……くれる? 夜道の階段は危ないから手を繋いで歩こっ?」

 陽菜子からそう提案してきた。夏樹は急に恥じらいを感じた。ふたつの意味で。ひとつは女の子と花火大会に来ておきながらも、相手へのせめてものエスコートとして手すら繋いであげようとしなかったこと。もうひとつは幼馴染の女の子とはいえど改めて手を繋いで歩くことへの気恥ずかしさを感じてしまったこと。折原夏樹、今日でちょうど十九歳。本当に初な十九歳男子である。さっきは名前の呼び方とかどうでもいいことをやたら気にしちゃっていたなぁ、と思うとみっつめの意味で気恥ずかしくなってくる。手を繋いだ二人は足並みを揃えつつ階段をゆっくりと登っていく。

 階段を登り終えて道路上に出てからも手を繋いで夜道を帰っていく夏樹と陽菜子。夏樹の右の手と陽菜子の左の手がひとつになっているので、さしずめ二人三手といったところだろうか。夏樹の左手方向にある車道にはまばらながらも車の通りがある。車が通るたびにそのヘッドライトが眩しく感じる。

「なっちゃんのおてて……、あったかいね」

 陽菜子はそう言ってくれた。一時はココロのブレーカーのヒューズが飛びそうなくらいだった夏樹も少し落ち着きを取り戻している。だが、まだその余熱を残しているからこそ手があったかいのかもしれない。夏樹が思い出ばなしついでに持ちかけてみる。

「……高校一年のときの飯泉先生の言葉、覚えてる?」

「何? 炎色反応のことで?」

「ううん、それとは違うことで……」

「というか、あの先生、名言メーカーだったからね。いろんな面白いこと言ってきたよね。今はもういっさいがっさい忘れちゃってるけど」

「手の冷たい人はかえって心があたたかくて、手のあたたかい人は実は心は冷たい人、だそうです、って話があった……よ」

 夏樹は敢えて機械的な棒読みっぽくそう言ってみた。それに対して陽菜子が自分の過去の記憶をたどり始める。

「あっ……、あはは、思い出した、思い出した。あの発言以来しばらくそのことクラスで話題になってたよね!」

「うん、ちょうど二学期の始まる九月。体育祭を控えた時期だったよね」

「そう、そう。でも、そんなこと迷信だってあたしにはその日のうちに判った」

「うん、理科の先生なのに根拠もないようなこと言うなよって僕も思ったよ」

「あたしは次の時間の合同体育でフォークダンスの練習のとき握ったなっちゃんの手。他の男子の誰の手よりもあたたかかったから、飯泉先生の言ったことは迷信だって判ったんだけどなー」

 これまた初な夏樹のことだから、高校の体育としてのフォークダンスで女子生徒の手を次々に握っていく、ただそれだけのことでも今日みたいにヒューズが飛びそうなくらい緊張していて、手も熱くなっていたのだろう。自らもそう思いながら、夏樹は答える。

「え……、高校時代の僕、ひなちゃんからの挨拶も返さなかった、冷たい奴だったのに?」

「高校で初めて知り合ったわけでもないし。それどころか、幼稚園からずっと一緒だったからなっちゃんのほんとのあたたかさ、お見通しだよ。だいたい、あたしたちビニールプールに一緒に入って水遊びしてたくらいの仲なんだからねー」

 陽菜子が放ったその台詞で、ようやく落ち着いてきたはずの夏樹のヒューズはまた突然飛んでしまう直前にまでなった。

「やっぱり、なっちゃんのおてて、あったかーい!」

 陽菜子も夏樹に負けず天然なところがあるのだろうか。夏樹のほうがもう十九歳という年齢にしては、まだ十九歳という年齢にしても、あまりにも初過ぎるだけであろうか。


 とまぁ、夏樹は動揺したりなんだりで忙しそうだったが、陽菜子はそれよりは落ち着いているようだった。幼馴染同士手を繋ぎながらのしばしの歩みの末にやがて、ふたりの分岐点であるコンビニの角に着いていた。夏樹と陽菜子のそれぞれの家への方角をわける分岐点だ。


「じゃあ、またね。今日はたのしかったよ。おやすみなさい、なっちゃん」

「うん……、北村さんもおやすみなさい」

「ひなちゃん」

 陽菜子は夏樹に名前の呼び方の言い直しを迫った。夏樹はそれに応じる。

「……もとい、ひなちゃんもおやすみ。勉強がんばってね」

「なっちゃんもね。大学の勉強もむずかしいんでしょう。あと、車の教習もね」

「あはは。そうそう、自動車教習がいちばん心配なんだ」

「あたしも心配。なっちゃん、むかしっからトロいからね」

「まぁ、教習中には事故らないよ。先生隣りにいるからね」

「そのかわり怒られるんだろうけどね。それでもメゲないでね、なっちゃん」

 陽菜子は夏樹を励ますようにそう言った。


「うん、今日はいろいろありがとう。ひなちゃん、おやすみ、ね」

「こちらこそ、ありがとね。なっちゃん、おやすみぃー」

 そうして、改めてのおやすみの挨拶を交わすと、ふたりはそれぞれの家の方向に向かってY字路の左右に別れて行った。


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