スナメリ魔王様、復活?
短いです。ご勘弁を。
しん、と静まり返る教室。啓太は血の気が引く、という状態がどういうものか、初めて理解した。
あれは、逆らってはいけないものだ。理性よりも、感情よりももっと深い、根源的な何かが警告を発している。
「良いものだな。失ったものを取り戻すというのは。何かを手に入れようと足掻く人間の想いが、少し理解できた」
感想を述べる黒いスナメリに、誰も言葉を挟まない。いや、挟むとすればそれは、一人だけ。
「な、何を恰好つけてんのよ! どうせまた今朝のような、見かけ倒しでしょ!」
氷川直美だけが、その存在を軽視し、否定する。自らが呼び出したが故に。
「天誅!」
物騒な言葉と共に、再び直美の拳が魔王へと放たれる。それはほんの数分前の、再現。
バンッ!
だが、響いたのは、ぬいぐるみを捉える柔らかい音ではなく、何か固いものを叩いた音だった。
「いったあー!」
直美が、右手を押さえてうずくまる。
「少女は召喚者だからな。殺しはせん。だが、少し黙っていろ」
言葉と共に、魔王の赤い瞳が光る。一瞬で、直美の身体が石になった。
「え……!」
誰かが声を上げた。具体的な恐怖に、思わず漏れる声。
魔王は気にした様子もなく、告げる。
「さて、貴様ら……」
逃げても無駄なことがわかっているのか、あるいは恐怖に動けないのか、啓太が不思議なほど、誰も動かない。
魔王は、告げる。
ゆっくりと、もったいつけるように。
支配者としての、命令を。
「お菓子をすべて出せ」
一瞬、時間が止まった。表現で言えば、カラーが一瞬で白黒に切り替わった。
ああ、こいつは、本質的に意地汚い。
誰もがそう思いながら、しかし口に出せない。
理由は、紛れもない恐怖……っぽいもの。
いまいちよくわからないそれが背中を押し、魔王の欲望を満たすために動けと命じられた生徒たちが、一斉に堰を切ったように動き出す。率先してお菓子を供給していた女子生徒だけでなく、男子生徒までもが、隠し持っていたお菓子を差し出す。
魔王は供物に満足したように頷いて、がつがつとチョコレートだけを選んで、食べ始めた。
――数分後、小さなお腹をパンパンにし、さらにチョコレート色を深くした魔王は、とろん、とした眼で周りを見回した。
「うむ、余は満足じゃ」
「ははぁー!」
一斉にクラス中が土下座したのを見て、魔王はかっかっかっ、と笑い声を上げた。
和洋折衷の悪い見本のようであった。
(なんか、怖いを通り越して不気味になってきたな)
(つか、電波みたいじゃねえ?)
それでもぼそぼそと状況に慣れたように、小声で会話を始めるクラスメイトに、啓太は笑みを浮かべた。
それが魔王のカンに障ったらしい。じろり、と啓太を睨みつける。
「何が、おかし……ひっく」
魔王の言葉の最後がひきつったように途切れ、啓太は気づいた。
チョコレート色の中で、頬には朱が差していることを。
「ん? 何だ? うひっく」
加えて、魔王自身、自らの状態に戸惑うような声を上げ始めたことで、啓太は、いやクラス中が確信した。
――こいつ、酔ってやがる。
「ん? ひっく。うわははははははは……ひっく」
怪しげな声をあげながら、千鳥足でふらつく魔王を見て、全員が思った。
酔っ払いって、最悪だ、と。クラスのほぼ全員が、お酒を飲み過ぎてはいけない理由を理解した。
そういった感想をよそに、魔王はふらふらしながら、発光し始めた。
「ぴっ、ぴっ、ぴいっ……」
「その叫びはダメー!」
叫ぶ魔王に、啓太が必死で止めるが、その努力も無駄に終わる。
「ぴっかあああああああ!」
危険過ぎる叫びと共に、魔王の身体が激しく光る。それはさながら、太陽のように。
誰もが眼を開けていられない、強過ぎる光に包まれたまま――
「光が、広がっていく……」
完全に飛んでしまうことになる言葉をはいて、魔王はぽてん、と倒れた。
ほどなく光が収まると、誰もがリアクションに困る中、啓太は魔王へと近づいた。
白色に戻った魔王は、渦巻模様で眼を回していた。
「あ、あれ……?」
ほぼ同時に、直美の声が聞こえた。魔王の力が解けたらしい。
「一体、なんだったんだ?」
誰かが上げた疑問に、答えられる人間は誰もいなかったが。
とりあえず、誰もが心に決めたことがあった。すなわち――
『チョコレート、むやみに与えるべからず』
全員で作り上げていく魔王取扱説明書の、これが記念すべき第一条であった。
魔王:ばたんきゅー
啓太:それも危ないと思うんですよねえ。
直美:〇天堂と〇EGAだとどっちがやばいのかしらね
石原:黒スナメリの雷。まさにブラックサンダー
啓太:食べさせたら一発で酔いそうだね
魔王:二日酔いには迎えチョコ♪