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スナメリ魔王様、ブラック化!

 大騒ぎのせいで、気がつけば昼休みはほとんど終わり、各自が慌てて昼食を片づける。

 直美にも各地からの救援物資――つまりは、おすそ分け――が届き、何とか飢餓の危機は回避された。

 一方で魔王は、直美の鞄の中から、教室の後ろにある棚の上へと移動し、窓際の日当たりがいい場所で、誰はばかることなく午睡を楽しんでいた。


「きゅぴー、きゅぴー」


 寝息はごく小さく、授業の邪魔にはなりそうもない。

 啓太はそう判断して、授業に集中しようと努める。

 その努力が功を奏したのか、魔王は何のトラブルも起こさずに、帰りのホームルームが、無事に終わった。

 しかし、一日は無事には終わらない。

 最後の礼を終え、普段ならば我先にと教室をでる生徒たちが、動かない。

 教師が出て行くとすぐに、視線はそこへと集中する。

 すなわち、眠るスナメリ魔王へと。

 それはさながら、悪魔に魅入られた魔女の如く。

 ――あるいは、愛くるしいマスコットに萌える、大きなお友達の如く。

 女子を中心に、じわりじわり、と眠る魔王へと近づいていく。


「もふー、もふー」


 毛皮もないくせに謎の擬音を発しながら、魔王は眠り続けている。

 その微妙な声ですらツボらしい、何人かの女子の目がハートの形になった。

 一方の男子たちは首を微妙にひねりつつも、その不思議な存在から好奇の視線をそらせないらしく、こちらもやや遠巻きに眺めている。

 不意に、音がやんだ。場が水を打ったように静まり返る。

 ゆっくりと魔王が瞼を開いていき――


「長い! 早く起きなさい!」


 容赦なく直美の罵声が飛んだ。

 反射的に、魔王がびくっ! と飛び跳ねて、寝起きにしては綺麗に空中で一回転してから、着地する。


「ずいぶんと無粋な起こし方だな」

「今朝のよりましでしょ」


 魔王の至極まっとうな抗議を、直美は一蹴した。


「そんなことより、帰るわよ」


 その言葉に、魔王ではなく周囲からブーイングが上がる。


「えー!」

「氷川さん、横暴だよ!」

「この専制君主!」

「カエサル!」

「ブルータス、お前もか!」


 意味のわからないものを混ぜつつも、強くなるブーイングに、直美は顔をしかめた。


「まあ待て」


 直美のクラス全員斬りが炸裂するよりも早く、割って入ったのは魔王だった。


「民衆よ、貴様らの気持ちは嬉しい」


 重く、威厳のある声で、彼は諭す。


「だが、無為な犠牲は私の望むところではない」


 そこで、彼は両手を広げた。天を羽ばたく、翼のように。


「争いを、おやめなさい」

「どこの教祖様ですか……」


 即座に啓太は突っ込むが、誰も聞いていない。女子はきゃあきゃあとスナメリの仕草に騒ぐだけであり、

「は、はいっ!」

「ぼ、僕が……僕が間違っていました!」

「全財産を寄付します! 家族も入信させます!」


 男子はなぜか数人が洗脳されていた。

 混乱の坩堝と化した、放課後の教室で、


「明日は晴れるかなあ……」


 啓太は窓から空を眺め始めた。青い鳥を探し始めていた。

 直美も次のタイミングを見逃さないようにか、シャドーボクシングを始めている。

 止める者のいない、原初のカオス。その中で、

 きゅるるるるう~。

 という、音が響き――


「まだ食いたりんのか! お前はあっ!」


 怒りの声もそのままに、正に疾風迅雷、直美の拳がスナメリの小さな身体を的確に捉えた。


「へべれっ!」


 悲鳴とともに何故かスローモーションで壁に叩きつけられ、跳ね返ってぽてん、と床に落ちる魔王。そこに、いち早く近づいたのは、昼休みと同じく、酒井だった。


「あ、あの、スナメリさん。お腹空いているなら……これ、食べる?」


 おずおずと少女が差し出したのは――

 一つだけ渡せばいいのに、優しさがあふれるかのようにパンパンに詰まった、お徳用チョコレートだった。




「お、おお……」


 砂漠で一滴の水を乞うかのように、魔王が震える手を、それへと伸ばす。酒井はふわり、と見事な笑みを浮かべて、一つを取り出し、包装を解いてから、魔王の口へと優しく放り込んだ。


「きゅ、きゅぴぃ……」


 明らかに媚びた声を出し、魔王がそれを、飲みこむ。


「可愛い!」

「スナメリ君、あたしもあげる!」

「あたしも! タケノコに似たチョコクッキーだけど!」

「あんた、きのこの何なのさ!」


 女子が黄色い歓声と共に、それぞれが持ち込んでいるチョコレートを鞄から取り出し、魔王へと差し出す。魔王は遠慮もせずに次々に口へと入れていく。

 酒井もわんこそばよろしく、お徳用チョコレートをどんどんと渡していく。

 その小さな身体のどこに入るのか、と疑問しか出ない量のチョコを接種した魔王は、たいそう満足そうな表情で頷いた。

 その頷きに合わせるかのように、啓太の耳に、どくん、と音が響いた。

 それは、何かの鼓動だった。音はやむことなく、どくん、どくん、と一定のリズムを打つ。


「啓太!」


 直美も同じ音を聞いたらしく、叫びを上げて、啓太の隣へと並ぶ。


「これ、何だと思う?」


 直美の質問に、啓太は首を横に振った。


「わからない。けれど、普通じゃないよ」


 言いながら、ポッコリとしたお腹をさする魔王と、そのしぐさにすら、きゃあきゃあと騒ぐ女子。ちょっとつまらなさそうな顔になってきた男子たちを指差した。


「僕たち以外には、聞こえていない」


 どくん! どくん!

 次第に大きくなる音に、啓太と直美はそろって顔をしかめる。

 頭痛を覚えながらも、魔王の方を見ると、特に変わった様子はない。一心不乱にお菓子を食い散らかしている。特に、チョコレートには眼を輝かせている。

 そして、何の前触れもなく、音が止んだ。

 急に訪れた静けさにこそ、不気味なものを感じ、啓太は思わず叫んだ。


「魔王さん!」

「む?」


 ないはずの頬袋でもついているかのように、顔をパンパンにした魔王が反応する。


(特に変わったことはない……って思うけど)


 不安を拭うかのように、啓太は尋ねる。


「さっき、なにか鼓動のような音が」

「ああ」


 魔王は、頷いた。すべてを知っているかのような様子に、啓太は頼もしいものを感じて、期待する。

 ――大したことではない、と否定してもらえることを。

 だが、彼ですら、忘れている事実がある。

 この愛くるしいスナメリの中にいるものが、何かということを。

 胡散臭い本に胡散臭い儀式で召喚され、不完全な身体で過ごし、何度も直美の餌食になった挙句に割と食べ物に意地汚いこの存在は。

 紛れもなく、常識では量れない。そして、誰はばかることなく、自らを、そう呼ぶ存在。

 魔王である、ということを。


「聞こえたのか。少年も契約者に準ずる存在だからな。無理もない」


 余裕たっぷりに魔王は笑みを浮かべた。

 それは愛くるしくなどない。見てはいけない、笑み。


「少女は少女の狙いがあって、私を学校へ連れてきたようだが、感謝するぞ」


 そこで、クラスの全員が気づいた。

 スナメリの色が、変わり始めていることに。白から、黒へ。


「ぶ、ブラックスナメリ……」


 誰かがそう呟いたが、誰も茶化さない。茶化すことができない。

 正確には、チョコレート色に体色を変え、黒く小さな瞳は濁った赤に転じている。

 誰もが、禍々しさを感じずにはいられないその存在。


「私は今、魔力を充分に補給した」


 魔王の、降臨だった。

啓太:ねえどうしてそんな大袋持ってきてるの?

酒井:わたし甘党だから

直美:限度があるでしょ


ブラックスナメリ:きたぞきたぞ!

直美:白黒ゲームのアポロンみたいね

啓太:それ自滅するじゃん

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