表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

名試合

作者: 雉白書屋

 とある居酒屋。席に座る二人の男女。彼らは恋人同士。しかし、楽げな様子というよりも……


「はぁ……」


「……なぁ」


「なに?」


「今ので四度目だぞ」


「なにが」


「溜息だよ溜息。この店に入る前もだ。なんなん? 俺といるのがつまらないわけ?」


「別にそういうんじゃ……」


「じゃあ、ちょっとは愛想を良くしたらどうなんだよ。萎えるなぁ」


「なに、その言い方……。こっちは今日、具合悪いのに来たんだけど!」


「な……でもそれはそっちの体調管理の――」


『0(ラブ)-15(フィフティーン)!』


「は?」


「は? ってなに? 言いたいことあるなら言えば?」


「い、いや、え? こいつ、お、おい、あんた誰だ?」


「なに話逸らしてんの? はぁ、ホント、嫌になるなぁもおぉぉ」


「な、なんだよ。じゃあ帰ればいいだろ……無理してくる必要だってなかったんだ」


「またそういう言い方を……」


「いや、べつに今のは思いやりだよ……まあ、いいや。ほら、ここ奢ってやるから機嫌直せよ」


「え……うん」


「さ、変なのもいるし、もう店を出……あれ?」


「どうしたの?」


「いや、さ、財布、落としたかも……」


「……は!? じゃあどうするの? 偉そうに奢ってやるとか言っておいてホントなんなの! 安い居酒屋だし!」


「い、いや、お、俺は別に……」


『0(ラブ)-30(サーティー)!』


「しまった!」


「ホント、だらしない。けっこー忘れ物だってするし、私、お金ないよ! はぁー、もうはぁぁーあ!」


「い、いや、事情を話せば別に警察を呼ばれることも……てかさ、お前、人の金で飯食う気満々だったんだな。

さっきも『え? 奢って当然でしょ?』って顔してたもんなぁ!」


「なっ!」


『15(フィフティーン)-30(サーティー)!』


「よし!」


「よしってなによ! それにいつもそっちが払ってるじゃん! 習慣よ習慣!」


「いやいや、それが当たり前になっているのが図々しいっていうかさ、そういえばお前、最近は財布出す振りもしなくなったなぁ」


「しょうがないでしょ! 女の子はね、美容代とか、色々お金がかかるの!」


「の、割りには髪とか顔とかに手抜きが見られますなぁ」


「な、なによその言い方! ひどい……」


「おいおい、泣けば許されると思っているのか?」


「……どうしてそんな言い方するの? いつもはそんなんじゃないのに!」


「俺も我慢してたってことだよ!」


「そう……なの」


『30-30(サーティーオール)!』


 よしよし、と男はニヤッと笑う。

 やはり相手が言い返せなかったり、言い淀んだ時にポイントが入るようだ。ラリーを続けつつ、相手の隙を窺いそして……と俺は何真面目に考察してるんだ。

 それにしても、この審判みたいな男。彼女には見えていないのか? 幻覚? 飲みすぎ? まさかな。何にせよ、こんなことやめて仲直りを……


「まぁまぁにいちゃんたち、痴話喧嘩はその辺で……」


『レット!』


「部外者は引っ込んでてくれ! 大事な局面なんだ!」


「す、すまん……」

 

 と、声をかけてきた他の客を一喝。マナーのなっていない観客だなと睨み、再び身構えサーブ権は今どちらにあるのかと審判を横目に見る彼。が、それこそが隙であった。


「……じゃあ、別れて欲しいの?」


「え? いや、俺は、別に、そんな……い、いやまあ、その選択肢はなくはない!」


「妊娠してるの……」


「え……」


『30(サーティー)-40(フォーティー)!』


「しまっ、い、いや、ほ、本当に?」


「うん」


「じゃ、じゃあ具合が悪いって言うのも」


「うん、そうなの……ごめんね、当たり散らしちゃって。でもほら、あなたにはもっとしっかりして欲しくて。おなかのこの子のためにも……」


「い、いや、いいんだよ。そんなの」


「でも別れたいんだよね……?」


「い、いや、その、まずい」


「まずい?」


「いや、審判が、いや、あ、お、俺と結婚しよう!」


「え、ほ、本当に?」


「ああ!」


「そんなすぐ決断してくれるなんて嬉しい! 私のこと本当に愛してくれてるのね!」


「え、あ、まあ、その、それは、まあ、えっと……あ」


『ゲエエェェームセット!』


 ゲームの終わりを告げる、咆哮にも似た審判の高らかな声。肩落とす彼、しかし、体を包むその熱き歓声と拍手に、いい試合をしたという、満足感が込み上げてくる。

 彼は彼女と手を取りあい、そして観客たちの祝福に耳を傷めてしまうな、と困ったように片目をつぶりつつ、手を振り笑顔で応える。


「おめでとう!」

「男だぜにいちゃん!」

「おめでとー!」

「いいぞー!」

『ウォンバイ! 托卵女!』

「おめでとう!」

「おめでとー!」

「幸せになー!」

「おめでとおおおおう!」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] そんなことだろうと思いましたよ。 男の方もなかなかアレですから、お似合いといえばお似合いですね。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ