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09話

 アスベルの目の前で倒木に座り込んだ少女は、自身の身の振り方に葛藤しているようだった。


「どうしよう……。せっかく助かったから大丈夫だと思ったのに、お母様、きっと私を心配して倒れてしまうわ」


「そ、そうなんだ……。じゃあさ、このままさっさと王都に戻って、信頼できる人のところまで君を送り届けたいんだけど……。このままじゃ俺、犯罪者になっちゃうだろうし……」


「あぁ、でも……」


 スピカは目の前にある河を見て先ほど魚を捕まえた時のことを思い出す――それと同時に、ベランダから城の外壁を駆け下りた時のこと、アスベルと一緒に馬に乗って風のように町や平原を駆け抜けたことを思い返す。どれも、今までの生活では体験できなかった、新鮮で、刺激的で、かけがえのない時間だったと思える。


 そして何より、明日の夜には流星群がやってくる――


 城に戻れば、安心した王妃の体調は戻るかもしれないが、ジェレミーに襲われたという事実があるため、今まで通り、囚われの生活を強いられ続けるだろう――むしろ、今までよりも厳しい拘束が待ち受けているかもしれない。


 そうすれば、さっきまでのような体験をすることはもう――ましてや、マーテルの言っていた本当の流れ星を見ることなどもう、到底叶えられる夢ではなくなってしまう。


「やっぱり……帰れないわ」


「いやいや、お母さん……だからつまり王妃様、が心配なんでしょ? 早いとこ帰ってあげないと……」


「私、星が見たいの……明日の夜、お城じゃない場所で――」


「星……? 流星群ってこと? そんなの、別にお城からだって……」


「違うの。お城は明日も、きっと明るいから……。どこか暗い、お城よりずっと綺麗に星が見える場所で……」


「じゃあ……一度帰って、王妃様にそうお願いすれば……」


「無理よ――もう何年もそう……。何度拒まれたか分からない。一体何度、あの小さな窓に手を伸ばしたか……」


――小さな窓……?


 頭の中でスピカの言葉を復唱したアスベルは、自分が窓拭きを担当していた際に不思議に思った天窓しかない部屋のことを思い出す。ユーリの言葉からも、そこに住んでいるのは王女――今アスベルの目の前にいる少女であることは間違いないだろう。


――もう何年もって……


 倒木の上に座り、母のところへ戻りたい自分と、自由になりたいと自分との狭間で葛藤し膝を抱えている少女を見ながら、アスベルは何だかやるせない気持ちになる。


 先ほどまではしゃいでいた彼女の姿に嘘はないのだろうが、今縮こまっている彼女の姿もまた真実なのだろう。


――でもなぁ、このままだと俺も結構やばいんだけども……


 王都からほど近い小さな村から単身王都へ出てきたアスベルは、そこでの生活がようやく安定してきたところだった。それにも関わらず、今回の件で安定した生活が崩れるどころか、あっという間に牢獄行きになるリスクが高まりつつある――元を辿れば、自分の能力を過信して命綱を使わずに城壁を移動していたのが原因ではあるのだが。


――ヒィィーン


 二人が頭を抱えていると、それまで地面に座り込んでいたスピカの白馬が突然立ち上がり鳴き声を上げる。何事かと思い二人が馬を見ると、二人が来た王都の方向を見ながら警戒したように(いなな)いた。


「まさか……!」


 嫌な予感がしたスピカも立ち上がり白馬が見ている方向を注視する。上手に乗りこなすことこそできないものの、長年の付き合いである白馬が迫りくる何かに対して向ける警戒心をスピカは感じ取ることができた。


 何事かとアスベルもそちらに目をやると、少し離れた森の奥に、馬に乗った人間の影が見えた。


「まさか……もう追手が……!?」


 敵に悟られないようアスベルが小声で呟く。


「どうかしら……せめてジェレミーの味方じゃないことを祈るしかないけど……」


――ジェレミーってのは、俺が踏みつけた奴の名前か?とアスベルが考えていると、向こうもこちらに気づいたようで急速に距離を縮めてきた。


 一瞬の出来事で、二人は何もすることができず、ただ目の前に現れた馬を呆然と眺めてしまう。


「見つけたぞ! アスベル!」


「お前……ユーリか!」


 なんと、馬に乗って表れたのは、見慣れない兜を付けていたため一目では分からなかったが、城の門番をしているユーリだった。


「知り合い……?」


「まぁ、知り合いと言えば……」


 二人が小声で話していると、ユーリは長剣を抜きアスベルに対して構える。


「お、王女様、どうかご安心ください。すぐにこの悪党を私が成敗いたします故……。アスベル――貴様、とうとう本性を現したな!」


「おいおい、俺はいつだってありのままで生きているんだが?」


「黙れ! 王女様を誘拐した罪、その身をもって償ってもらうぞ!」


「ったく、門番風情が何を言ってんだよ。そもそもお前、城の警備はどうしたんだよ? こんなところまで追いかけてきて油売ってないで、さっさと持ち場に戻れよ」


「ふん。残念だが、今は国王様直々に王女様の捜索命令が出されているからなぁ。これもれっきとした門番の仕事なのさ」


――捜索命令……


 アスベルはユーリに悟られないように心の中で舌打ちをした。本来捜索を担当するような役割でない門番すら駆り出され、それがここまで辿り着いているとなると、状況が芳しくないのは明らかだった。


――こりゃあさっさとお姫様をお家に帰さないと、どんどん大事になって罪が重くなるだけだ……。くそっ……! 後で散々嫌味を言われるだろうからこいつに捕まるのだけは勘弁してぇけど……


 頼みの綱は、隣にいる金髪の王女様である――彼女に事の顛末を説明してもらえば、どこまで信じてもらえるかは分からないが、少なくとも多少罪は軽くなるかもしれない。


――どうにかお姫様を説得して……


 アスベルがまだ幼さの残る王女の顔を横目で窺っていると、突然彼女の奥から白馬が飛び出し、ユーリに襲い掛かった。


――ヒヒィーン


「うああああ」


 白馬に威嚇されたことでユーリの乗っていた馬は大きく態勢を崩し、乗馬の機会が少なく慣れていないユーリは落馬してしまう。


「なんだ!? 悲鳴が聞こえたぞ!」


 ユーリが来た方向から、別の人間の声がした――どうやら、彼と同じ捜索隊の人間がこちらに気づいてしまったようだ。


「おいおいおい……」


「アスベル! お願い!」


「へ……?」


「今は捕まるわけにはいかないの! 明日、お城の外で星を見るまでは! だから乗って! ……というより、乗せて!」


「なっ……くそっ……! もうなるようになりやがれ!」


 自分で馬に乗ることもできないスピカは、アスベルに早く白馬に乗るように促してくる。


――あぁ、どうなっちゃうんだ俺……


 心の中で嘆くアスベルだったが、迫りくる捜索隊から何とか逃れようとするスピカに強引に腕を捕まれ、結局その場から森のさらに奥へと逃走することになってしまうのだった。

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