表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

1/5

1-1 ツイホーってなあに!? おいしい!?!

次こそ完走できるはず、と思いながら書きっ放しの作品ばかり増えていく。

生暖かく見守っていてください。

「きゃう~ん!」

「ひゃい~ん!」


 人の背丈の半分ほどをした獣人達が石ころだらけのガレ場をボヒンボヒンと跳ね飛んで、乾いたザレ場をモフンモフンと転がっていく。

 崖の上からワイバーンが巨大な翼をはためかせ、耳障りな雄叫びを上げた。


「きゃわ~ん!」

「く~んく~ん」


 丸々とした獣人達は、もう尻尾を股に巻き込んで怯えっぱなしだ。服従ポーズで降伏する者さえいる。

 そんな中、誰よりも早く下へ下へと駆け抜ける唐毛がいた。


「あわわわ~!」


 おっす! オラ渡辺! 気軽にベッチャンって呼んでくれよな!

 突然だけど、どうしておれ達が逃げ回ってるかって? それはね、おれ達のナワバリに巣を作ったワイバーンから、おれが卵を盗もうとしたからさ!

 なんでって、だって――おいしそうだったんだもの!!


 



(U^ω^)わんわんお!

~生まれ変わったら金持ちの御家庭の御犬様になりたいって言ったんであって異世界のコボルトはこれっぽっちもカスってねえよ!!~





「追放じゃ!!!」

「なんで!!!!」


 ノコギリ山における食物連鎖の頂点に立つ王者ワイバーン様に多大なる狼藉を働いた底抜けのアホことベッチャン・ワヌヌに対し、チョーロー・ワホンが金切り声を上げる。

 ベッチャン・ワヌヌは何一つ悪びれる様子もなく驚愕の顔でなぜだと切り返した。


「当然じゃろうが! もう堪忍袋の緒が切れたんじゃ!」


 チョーロー・ワホンは短いマズルをクワクワと怒らせ、目の前でちょこんと座って『ぼくわ、いいこですよっ』とでも言い出しそうなクソアホ尻尾ブンブン丸の罪状を一つ一つ陳べてやる事にした。


「まずな、ベッチャン」

「はいっ!」


 この元気っぷりである。チョーローは内心で溜息をつく。ただ元気なだけならいいが、コヤツの元気は傍迷惑なのだ。


「オヌシ、生まれて三ヶ月で、降りてはならんと言い聞かせた下の森へ降りたのぅ?」

「別種のコボルトを、見てみたかったんです!」


 短い前足を突き出して答えるベッチャン。別種のコボルトとは『ヤアヤア我等こそは竜の末裔』と信じる爬虫類型の人型生物であり、正確には彼らが本種である。

 確かに、お目々は円らで小さくて、お鼻は太く厳つくて、お耳のように見える感知ヒレがある。

 チョーローを始めとする年嵩達が若いフサフサどもに「森へ降りてはいけない」と口酸っぱく注意をするのは、自らが生存競争から逃げた亜種だと知っているからだ。

 本種の竜っぽい連中は、血筋を笠に着て横柄で、尊大で、とっても怖い。彼らのナワバリにちょろっと足を踏み入れるだけでメチャクチャ威嚇される。硬い石とか尖った槍とか飛んでくる。若かりし頃のチョーロー達はそれで何度もぴいぴい泣かされたものだ。誰にも内緒のヤンチャな思い出であった。


「……ほいでな?」

「はいっ!」


 去来する青春時代にうっかりほっこりしかけたチョーローは、寒さと日差しから肌を守るために生えたフカフカの毛を前足の爪でカリカリし、ムムゥと険しい表情を作った。ベッチャンは相変わらずクソアホ尻尾ブンブン丸である。


「生まれて半年で、触れてはならんと厳命したマンドラゴラを掘り起こしたのぅ?」

「ほんとに鳴くのか、気になったんです!」


 マンドラゴラはナス科の植物で、釣鐘状の紫色をした綺麗な花が咲き、熟すと真っ赤になる実をつける。赤い実を石を潰し、煎じて飲むと、夫婦はハッスルして子供がいっぱいできるのだ。だから一人で飲んだらいけないし、同性と一緒にもだめ。非生産的なハッスルしちゃうかもしんないから。

 主な生息域は森や沼地であれど、時折山岳地帯にも群生から逸れたマンドラゴラが発生する。生存競争に敗れた亜種のフサフサコボルトにとって、それはすっごく、すっごく、すっごぉおく、貴重だ。

 問題は根っこである。引っこ抜くと「キサンクラァナンバシヨットー!!」と鳴くのである。「ヒエットジャロウガァー! ボテクリコカスッドゴラァアー!!」と身も世もなく鳴き叫ぶのである。


 昔々、日陰に咲いていたハグレマンドラゴラを日当たりのいい快適な場所へ植え移してやろうとした親切なムクチャン・ワヌヌは、お耳がキーンとなって治らなくなり、ムクチャンの近くにいたみんなも、亜種に特有の寒さゆえに垂れた感知ヒレがビリリーンと痺れてしまう悲劇に襲われた。

 お耳やヒレを前足で抑えてぴいぴい泣くみんなを尻目に、「シャーシカァー! ホンナコツー!」とマンドラゴラが自ら土に潜るまで悲劇は続いた。

 類似の伝承は様々な地方に偏在し、可愛いお花とハッスルの実をつける不思議な草の根っこは漏れなく恐ろしい声でおっかない事を叫ぶし時と場合によっては実際にぼてくりこかされてしまうので、現在ではこの世界に生きとし生けるもの全てが、耳栓やヒレ当てなどの保護具を装着しない限りは近寄らないのが不文律だ。


「で、じゃ」

「はいっ!」


 先程の、ワイバーン騒動である。

 事の始まりは随分と腹の大きなワイバーンが飛翔して来たその日からだった。ワイバーンは一抱えもある大きな卵を二つ産み、卵は休火山のてっぺんの火口に収まった。巣の周囲は山のガレ場から裾野の草原までの全体が、食物連鎖の頂点に突如として現れた強者の猟場になった。

 コボルトのみならず、小鳥やワーム、お馬さんや、猪そっくりなオーク、角と牙と筋肉が自慢のオーガに至るまで、上を下への大騒ぎ。


 本種の爬虫類型コボルトは「竜様だ!」「ありがたや~!」とこれを有難がってトンテンカンと祭壇を作り供物の木の実と果物を捧げたが、如何せん、ワイバーンは肉食であった。

 身を清めて鮮やかなオレンジ色の鱗を一片の曇りもなく磨き上げた神官は、哀れ平伏す巫女の目の前で、「はわわ~! おいしく食べてくらしゃ~!」の声を最後にぺろんと一飲み。

 お肉を食べると知った爬虫類型コボルト達は、一生懸命狩りをしては捧げては「足りない」ぺろんと一飲み、それならばと大きなリザードを捧げては「ついでに」ぺろんと一飲み。


 逃げも隠れもしている亜種の毛むくじゃらコボルトは、普段偉そうに威張った彼らが慌てふためいては食べられる様子を物陰から覗い、すっかり怯えきってしまった。

 毛むくじゃら達は夜闇に紛れてあっちへこそこそ、こっちへこそこそと乏しい獲物を漁ったが、ご飯なんて満足に食べられず、そこらでぐうぐうお腹の鳴る音ばかりが響く。

 そんな最中の卵泥棒。しかも理由は「おいしそうだったからです!」である。チョーローのたるたるの皮は、脱力やら怒りやらがてんでに入り乱れてシワシワだ。もうこれはダメなやつ。

 もうダメすぎてダメすぎて、呑気にベロ出してる目の前のアホ・オブ・ザ・アホにゲンコ食らわせてやる事すら惜しい。

 事態はベッチャンの両前足から転げ落ちた卵をワイバーンが鋭い鉤爪で抱えて戻った事で収束したが、罪が消えた訳ではない。


 故に「追放じゃ!!!」なのである。なのであるが、まさかの「なんで!!!!」だ。むしろこっちが「なんで!?!?」と叫びたい。

 ベッチャンが生まれてから一年ちょっとの年月。それを連日のように大小拘わらずアホをやらかすものだから、チョーローの空っぽな胃はシクシク痛みっぱなしだ。やめて。寿命縮まっちゃう。チョーロー老い先短いの。

 だのに、なぜ、ベッチャンは反省のはの字もなく、「あっ、へび!」とニョロニョロ尻尾を捕まえてチョーローの家の内壁にバーンしますか。「皮ぴーって剥いて焚火に焼べましょ!」じゃないのよ! 見なさい壁を! ばっちくなってる壁!!


「もぉおー! もおー! オヌシはー! いくら可愛いからって許されんぞオヌシー!!!」


 チョーローの堪忍袋は緒どころか袋ごと爆発四散した。

 犬歯を剝き出しにクソアホ尻尾ブンブン丸へと襲い掛かる。


「あああーっ! 怖い顔で噛まないでくださいー! 首の後ろ振り回さないでくださいー!」


 怒号と悲鳴の壮絶なセッションに、ベッチャンを心配して家の外でウロウロしていたワヌヌ一族のみんながぴいぴい泣きながらチョーロー宅へと乱入する。


「チョーローごめんなさーい!」

「ボクも悪いんですー! 一緒に行ったからぁー!」

「お腹が空いたんですー!」

「みんなでいっぱい食べれると思ったのー!」


 ノコギリ山の谷の途中、斜面を横に掘って拵えた小さな家々。その家の一つでは、ワンワンヒャンヒャンの大合唱だ。

 ベッチャンは底板がぶち抜けたアホの極みであるが、アホの愚かな行動は、切実な空腹ゆえにである。空腹は集落中の誰もが抱えている。

 空を悠々と舞うワイバーンの大きな卵は二つある。そのうち一つを盗めたら、お腹も十分口食(くちく)なろう。

 訴えを受けたチョーローは溜息一つ、口を離す。離されたベッチャンのお鼻がぴーと鳴る。


 いちばん大きなチビチャン・ワヌヌとにばんめに大きなチコチャン・ワヌヌの陰から、ボッチャン・ワヌヌが細々と歩み出た。


「息子のベッチャンが申し訳ない事をした、チョーロー」


 言って、ボッチャンはぺたんと伏せをする。本当はお腹を見せたいが、近頃は節々がジリジリと痛くて、ひっくり返るのが辛いのだ。

 他のみんなも自宅には子供や、老いた親や幼い弟妹がいる。被毛の内側は一様にガリガリで、硬い涙は流れるそばからボサボサの毛並みに染みていく。


「息子かわいさに恩赦をせがみに来たか、ボッチャンよ」

「いいや、チョーロー。ベッチャンは心配だが、それだけではない。ムクチャン・ワヌヌが呼んでおる」

「なに?」

「むしろ息子はムクチャンのついで(・・・)よ」

「えっ、ひどくない!?」


 親世代が喋る隙に皮を剥いたヘビの身を串に刺していたベッチャンが、案外冷たかった親の応答にショックを受ける。


「なにシレっと調理進めとんじゃ。反省せえ反省を」


 朗らかだった口の端をだらんと垂らすベッチャンに、すっかり怒る気も失せたチョーローがぞんざいにツッコミを入れる。それから、ベッチャンに首輪を嵌めて紐をかけ、玄関脇の杭に縛り付けると、尾っぽでピシッと地面を叩いた。


「ワシらはムクチャンの話を聞いてくる。オヌシはそこで大人しく反省するんじゃぞ」

「息子よ。皆の衆はお前と違い、考え抜いた末に決死の覚悟でお前に付き従う事にしたのだ。その意味をよっく考えい」


 悲壮さの欠片もないベッチャンも、父の叱責にはションボリーヌだ。

 行動範囲を制限される罰を食らったクソアホシオシオ丸に、大人になりたての双子コロチャン・ワヌヌとマロチャン・ワヌヌがへてへてと寄ってヘビの串を指さした。


「ねえねえ、へびちょうだい?」

「だめ」


 ベッチャンは白毛に覆われたコロチャンのおねだりをすげなく断る。


「へび食べたらいけないの?」

「生はだめ」


 麻呂眉のマロチャンのおねだりも一刀両断だ。

 双子は「えー」と残念そうにハモりながらすごすご引き下がる。

 同世代とはいえ幾らか下の子のあまりの可哀想っぷりに、ベッチャンは感知ヒレをソワソワさせながら口を開いた。


「あのね、でもね。焼けたら、いいよ」

「わー! やったー!」

「おー! ありがとー!」


 三匹の尻尾ブンブン丸が一丁上がり。

 些事は落着し、杭に繋がれたベッチャンと、チョーロー率いるワヌヌ達は「またねぇー!」と平和に分かれる。


「さて、行くかの」


 天元突破アホ息子に背を向けて、ボッチャン・ワヌヌはマズルをヒクつかせた。

 自らと祖母を同じくし、親切心からマンドラゴラを抜いた過去を持つムクチャン・ワヌヌは、久しく耳鳴りと幻聴の世界に住んでいた。彼の家へ訪れるとその異常性がよくわかる。世話話の端々に、妄言の類いが混ざるのだ。

 年老いたムクチャンは娘のモコチャン・ワヌヌの献身的な看護によって、どうにか暮らしこれている。それももう、長くはないだろう。


「話とは何じゃろうのぅ?」


 チョーロー・ワホンは上空に気を配りつつ、空惚けた風を装って独りごちる。

 経験から、妄言混じりのムクチャン・ワヌヌが発する忠告はよく当たる事を知っているのだ。

   (※アホのベッチャンは羽虫を目で追いかけながらソワソワしています※)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ