盾の魔術使いの物語
そびえ立つ冷たいビル群の足元を踏みながら歩く。
3月とは思えないくらいの冷たい風が肌を掠めるが、それにぴくりともせず歩みを進める。
上下ジャージに背中に剣道の鞘のような黒い細いものを下げている彼(もしくは彼女、またはそれ以外)は、人通りが盛んな道をふらふらと、しかししっかりとした足取りで進む。うなだれたように歩くが、足元に彼(以下略)を導くものがありそれを一歩たりとも踏み違えぬように丁寧に、まっすぐに歩いていく。
しばらくそのように歩き、コンビニを通り過ぎたあたりで、ふと、彼(略)は何かに引き寄せられるように路地に足を進めた。路地は先ほどの通りとは違い、湿っぽい匂いが漂っている。
路地を歩いた突き当りで曲がり、少し開けた場所に出て止まった彼は背中の鞘に手をかける。すっと背中から離れ彼の手に収まったそれをゆっくりとカバーから外す。
その時だった。
路地の暗さに当てられていたビルの壁が一瞬曇ったかと思うとどうだろう。その曇りは壁を纏って丸みを帯び、更には地面に控えめに音を立てて落ちたではないか。
それだけでも奇妙で、ひどく非日常的な光景だが曇りだったものは一瞬うごめいたかと思うと、その動きをさらに強くしながら変形していく。
まず、頭、次に身体と徐々に形を成していき、最終的には一般的な男性の身長くらいの人型に姿を変えた。
その異様としか言いようがない一連の光景を目の当たりした彼は、悲鳴をあげるわけでも、逃げるわけでもなく、ただ静観していた。
人型は甲高い音とうなっているような低い音を同時に出し、彼に対して威嚇のような咆哮を浴びせる。
そのこの世のものとは思えないような咆哮が出されたと同時に。
彼の持っていた鞘から出されたものがーーーーーー紅く輝き、肥大化していく。
竹刀ほどの長さだったものはゆっくりとしかし着実に大きくなり…。
鮮やかな、紅い、盾となった。